私のあれからそれから
※セイラ視点で後日談です。
見切り発車のため終点までいけるかとても不安です。続くつもりですが読み切りになるかもしれません。申し訳ありません。
「やーっと、見つけた」
日に照らされキラキラ光りを増す金の髪、歯並びの綺麗な白い歯、透き通る空のような瞳を細めて私を見やる美しいひとがそこにはいた。
──が、誰だ、お前。
恐らく初対面のはずだけど……見つけたとはいったい何事?
いい予感がまったくしないのは何故だろう。よく見ると目が笑っていない笑顔を前に、背筋に流れる汗を感じながら私は固まっていた。
***
私、セイラ・クルーゲルは伯爵家の元ご令嬢だ。少々訳ありで国外退去の命のもと自国を去り、現在はちょっとした縁を頼りとある国の港町にある宿屋で住み込みで働いている。家を放逐〈個人的には出奔〉されたのでもう家名は名乗れないため今はただのセイラだ。
宿屋の仕事は初めは慣れないこともありたくさん失敗したが、数ヶ月経った今ではありがたいことに看板娘として主人やお客さんに可愛がってもらえている……はず。
自分からそう仕向けていたとはいえ、誰にも見向きもされなかったあの頃とは大違いの毎日だ。それはとても嬉しくて幸せで時々涙しそうになるくらい平和な日々。だから、私はこの生活をなんとしても守っていこうと決意していた。
────ずっと同じ幸せが続く訳じゃないと心のどこかで感じていたとしても。それでも、出来る限り、ようやく手に入れた平穏を私は最大限守るつもりだった。
誰にも邪魔はさせない。一番邪魔だったものは全部捨ててきた。……つもりなのに、思わぬところに死角はあったらしい。
いつも通り、泊まりのお客さんへ夕食を出したあと宿帳をつけていた。今日は三組、新規のお客さんがいる。
一組目は背の高い黒髪の一人客。背丈に見合うほどの大振りの剣を持っていたので狩人か何かだろう。二組目は軽装の男女二人組、この港町は貿易や物流、人の交通拠点でもあるので旅行客も珍しくない。最後は、たぶん貴族のお忍び客だ。物々しい護衛と思わしき人たちと華奢な出で立ちの金髪が一人。
正直、貴族にいい思い出はないのであまり関わりたくないが、お客さんなので致し方ない。お客様は神様です! 前世で聞いたフレーズがリフレインする。こんなところで元日本人気質を発揮しなくてもいいのに、と少しだけ思った。
「セイラ、今日はもう上がっていいよ」
宿帳をまとめ終えたところで宿屋のおかみさんが声をかけてくれた。ご主人と二人で切り盛りしてきたここで私を働かせてくれる優しい人だ。どちらにもとても感謝している。こんな訳ありの娘を雇ってくれて。詳しいことは話していないが自国には戻れない元貴族の子だということは知っているからか、自分たちの娘のように可愛がってくれる。
生まれ変わってから初めて知る愛情を私は失くしたくないと強く思う。どうしても失いたくないものがこの世界でやっと、できたのだ。
「ありがとうございます。じゃあ今日はもう休ませてもらいますね、おやすみなさい」
「おやすみ、セイラ」
庶民の間では、生まれ変わる前では、当たり前だった就寝前の挨拶もここにきて初めて言うことができたのだ。普通のことへ感じる幸福はきっと私にしかわからないだろう……。
翌日、日が出る少し前に起きる。お客さんたちの朝食を作るためだ。事前に尋ねておいた分の朝食を手早く作り、徐々に起き出した人へ配る。だいたい回し終えると各々の部屋を巡り洗濯物を回収して洗濯し、空いた部屋から掃除をして、ようやく自分の食事をとる。慣れない頃はお昼ご飯になってしまうこともしばしばだった。午後はおかみさんと受付を代わり、夕方になると宿帳をまとめて私の仕事は終わり。夕食はご主人が作って私が配膳する。
ご主人は貴族の元料理人だったのでとても美味しいご飯にありつけるのだ。これを目当てに泊まりにくるお客さんもいるくらいだから評判は折り紙付き。
朝は食べる人がまばらだから私が簡単に作り、昼は各自でとってもらい、夕食はシェフの料理と、そんな感じになっている。
「今日はいい天気だから洗濯物も早く乾きそうね」
「ああ、いたいた。セイラ!」
んーっと伸びをしていると裏口からおかみさんが出てきた。気が抜けているところを見られてしまってちょっと恥ずかしい。
「おかみさん。どうしました?」
「悪いんだけど夕食の材料が少し足りなくてね、お使いに行ってほしいの」
すごく申し訳なさそうな顔をされたけれど、それくらいのことよろこんでやる。少しでももらった恩を返したい。
「そんなことなら全然構いませんよ。何を買ってくれば?」
「ここにメモしておいたから、持っていってちょうだい」
「わかりました」
「よろしく頼むね」
エプロンをつけたままだったので、それを外しカウンターの裏側に押し込むと、買い物かごを持って私は商店街に向かった。
貿易と共に発展したこの港町の商店街は大変賑わっている。活気のある明るいこの街が私は大好きだ。改めてこの場所にして良かったと思う。
前世、海の町で育った私があの鳥籠を出た後、一番最初に見たかったもの。
それが海だった。
地平線を見渡せる一面の青。鏡写しのような空と海が見えるこの街の丘に登った時、私はここにしようと決めた。前世の町の面影なんて全然なかったけど、それでもこの潮の匂いと鳥の声、さざ波の音は世界が違っても変わらなくて。
哀愁というよりは望郷、それもネガティブなものじゃなく、前世の自分がいて、今があることを思わせてくれるこの海の街で新たに生きたいと思った。
そして、その選択は正解だった。
なぜなら私は今とても幸せだから。
……だったのに。どうしてこうなる!!
あと少しで商店街に着くというところで、前日泊まりに来た金髪の青年が私の腕を掴んだのだ。そして、冒頭に戻る。
動揺して今までのこと走馬灯のように振り返っていたのだけど、青年の鋭い眼差しで現実に戻ってきた。
「何を考えているのかな? セイラ・クルーゲル元伯爵令嬢殿?」
こいつ……私のこと知ってる?
あの国からはだいぶ離れた場所なのに……。忌々しく思いながら顔は能面を意識する。大丈夫、ここに来る前はずっとこうしていた。今更表情を読ませる真似なんてさせない。
目の前の見目麗しい青年は笑顔を作っているけれど体から出される異様なオーラが全部無意味にしている。
こんなところまで私を探してくるなんて、どういうつもりなのかしら。
令嬢の仮面は被るけど、心の猫はかき捨て問い掛ける。
「あなたこそ何をお考えで? 自分の名も名乗らないなんて礼儀しらずではなくて」
聞くと何故か嬉しそうな顔をしてきた。さっきの禍々しいオーラは一瞬で消える。ほんとなんなの、こいつ。
「これは失礼。私はエリオット・ラビ・オールディントン、以後お見知りを「しないわ」」
思わず反射的に遮ってしまった。
っていうかオールディントンってあの国の王子ってこと!?
私の知らない王子がいたなんて……攻略キャラにはいなかったはずだ。
あの国の記憶はもはや黒歴史、私の鬼門と言ってもおかしくない。国外退去になりたいがために形振り構わず行動したことを忘れたわけではない。
平和な国で生まれ育った倫理観を、鳥籠から出たい一心で、かなぐり捨てて色々やってきたのだ。あの頃を知ってる人間なんてもう二度と会うつもりもなく、ましてや会うこともないだろうと思っていたのに!
それをこいつはわざわざ私を探してやってくるなんて、何が目的なの!?
良いことだとはちっとも思えないわ。
とりあえず要件を聞いて、いざとなったら奥の手を出してとっとと帰ってもらいましょう。
「かの国の王子様が今更私に何の用かしら? まさかとは思うけど、こんなところまであの人のために復讐しに来たとか言わないわよね」
じっと睨みつけると、オウジサマは頬を赤くした。意味不明。なんでそこで笑顔になる。笑うところなんてどこにもなかったはずだ!
「ははは、そこまで私は暇じゃない。
君を迎えに来たんだよ、セイラ」
───私と結婚してもらうために、ね?
まっったく意味がわからない。いつから母国語が聞き取れなくなったんだろう。それだけこの街に馴染んだってことかな。
あまりの衝撃に現実逃避した私はそれでも、平穏な生活が崩される音を確かに聞いたような気がしたのだった。
出そうかと思っているキャラが何名かいるので、展開が見えましたら続きます。