その男、愚直につき
※割り込み投稿しております。
※書き足りない感があるので書き足し書き直しするかもしれないし、このままかもしれません。書き直した場合はお知らせさせていただきます。
セイラ付き従者視点です。
何も言わずに消えてしまったあの人を、俺はきっと忘れないだろう。
それが恋慕か憎悪か、判断するすべはもうないけれど、たったひとつわかるのは、そのどちらかだけではないという、唯それだけだ。
愛も思慕も尊敬も、
憎悪も嫌悪もなにもかも。
あの人は何一つ残さないまま、俺の目の前からあっという間に消えていった。
初めて出会った時、あの人は俺に居場所を与えた。最初で、──最後の贈り物。
孤児の俺は物心がつくまで捨てられていた教会で育てられ、5つか6つになる頃ある家に引き取られた。代々従者の家系のそこには俺よりも上の息子がいたが他に子供がなく、しかし支える家には二人の娘がいるという。一人息子を生んで以降身籠れなくなった妻に、当主は悩んだ末、孤児を引き取ることにしたんだそうだ。
どこの馬ともしれない俺を主家の娘につけていいのかと大きくなってから気づいたが、その主家の伯爵サマは下の娘にはほとんど関心がないようで家名に関わるような失態さえ起こさなければどこの者でも構わないと言ったらしい。
数年かけ従者としてそこそこ技術を身につけた辺りで俺はついにその人と会うことになった。
──セイラお嬢様。
闇のような暗い瞳だと思った。ただ目を合わせているだけなのに飲み込まれるような錯覚。不意に感じる〈同族〉という意識。立場も位も全然違うのに、なぜか自分とシンクロする不思議な気持ち。温かいようで寂しくて、苦しいようで穏やかな、相反する複雑な感情を抱かせる。
その根源はすぐにわかった。
あの人にはどこにも居場所がないのだ。うちにも外にも。それは数合わせに引き取られた俺とよく似ていた。
それからは、あの人が俺の居場所で、俺があの人の居場所だと、そう思っていた。
あのときまでは。
「さようなら、お姉様」
珍しく真っ赤な口紅をひいたあの人は蠱惑的に笑って、俺の前からいなくなってしまった。一度も振り返ることなく。
─絶望?─裏切り?──俺の存在はその程度のものだったのだろうか?
貴方は俺に居場所をくれたのではなかったのか。
自分でもよくわからない黒くて重たい感情が身体全てを埋め尽くしていく。
あの人が望んだから、
俺は何でもやったのに。
あの人が少しずつ変わり始めたのは気づいていた。ずっとそばにいるのだ、気づかないほうが嘘だ。
あの人の姉についている義兄…のように主を崇拝しているわけじゃないが、これでも従者の訓練はきちんと受けた。──それはただ単に食い扶持のためであって生きるためだったが。それでも、それなりのプライドを持って働いていた。
俺に妙な命令をし出したのは、一際盛大に行われた夜会の後からだ。レイチェル様と王太子殿下が出会われたあの、夜会。
今まで誰の目にも止まらぬよう、まるで空気のように淡々と過ごされていたあの人が水を得た魚のように自分から動き、しかし俺以外の人間には気取られぬよう巧妙にレイチェル様へ攻撃をしていた。
「あなたは、私の従者よね? …私には逆らえないわよね、だってあなたはどこにも行く場所なんてないのだから」
高圧的に脅しをかけて、俺は悪事に身を染めた。……もっとも今思えばあれはあの人なりの優しさだったのだと思う。
事が公になり糾弾されたあの人が颯爽と国を去ったあと、俺ももちろん槍玉に上がった。当然だ、実行犯はほぼ俺なのだから。
でも従者で孤児という立場の弱い俺にレイチェル様が同情してくださり、王太子殿下や驚いたことに俺のことなど空気以下にしか思っていないはずの義兄が庇い立てしてくれた。
結局、大きなお咎めはなかったが支える主をなくした俺はまだ若いこともあり鍛え直すという名目のもと騎士団の寄宿舎に身を寄せることになった。
このまま行けば従騎士、うまくいけば騎士になれるだろう。例えなれずとも厩番やどこか別の家の従者になってもいい。
俺の未来は、あの人のいない場所で確かに切り開かれたのだ。
それを、どうして、俺は、
憎らしいと思ってしまうのか、
……その答えはまだ持ち合わせていない。