その9
二話連続投稿になります。
シナリオという、この世界のルールに与えられた孤独と。
追加ルートによって施された救済と。
全ては望んだものではなく、半ば強制的に与えられた人生。
でも。それがなんだというのだろう。
私として目覚めてからは、私は私の意志で道を決め選択してきた。ゲームからの完全な乖離は出来なかったけれど、考えてみれば世界からの完全な乖離なんて出来るわけがなかったのだから、この現状は色々な擦り合わせの中で最も良い結果と言えるはずだ。
私には私が必要だった。私には私が必要だった。
でも私がいなくても。セイラを見ていた人がいた。
そして、セイラではなく。私を見てくれる人がいた。
私は知っている。誰の目にも留まらない人生というのは、不幸だ。
「…………そうね、私は孤独だったわ」
夕日はもう一息で水平線に消える。あれが消えれば、きっとすぐにここは闇に包まれて星たちの宴が始まるだろう。
ノヴァも私も闇に紛れてしまうから、早く帰った方がいい。
「あの時、俺がもっと大きければ……」
遠い目で過去を見つめていたノヴァは声を漏らした。
「……連れ去ってくれた?」
「きっとそうしただろう」
そんなもしもに意味はない。けど、もしそんな未来があったとしたら、それはそれで素敵なことだと思った。本編のゲームにあった盗賊ルートのように波瀾万丈で退屈しなさそうな毎日になったはず。
「それはいいわね」
想像して、私は笑った。ノヴァもつられるように笑って、すぐに真剣な顔をした。
「……今からでも遅くないと、俺は思う」
「え?」
「俺と一緒に、世界を見て回らないか」
私は、言われたことの意味を計りかねて、言葉を失った。
「これまでは親父と一緒に経験してきたことを、これからは君と一緒に見ていきたいと思ったんだ。辛い思いをさせるかもしれない。大変なこともきっと多くある。だけどその分、君に世界の素晴らしいものや美しいものを見せたい」
いつの間にか握り込まれた掌は熱く痛いほどに力強く覆われていてノヴァの思いが伝わってくるようだ。
こちらを見る瞳は陽炎のように朧に揺らめいている。私は縫い付けられたみたいに顔を動かすことができなかった。
「寂しい目をしていた君を救えなかった贖罪だと思われるかもしれないし、確かにそれを否定はできないところもある」
──ただ。俺は、君に、笑っていてほしいんだ。
かすれた声が脳髄へと入り込んでいく。決してはぐらかしたり誤魔化したりさせまいと言わんばかりに。
深く、深く。
私の中に染み込んでいく。
「返事は今じゃなくていい」
だから今日はもう帰ろう。パッと手を離しそう言って立ち上がったノヴァは何のてらいもなく私にその手を差し伸べる。促されるまま手を取ると私の体はふわりと持ち上がり、そのことに驚く間もなく手を引かれ、帰路についたのだった。
***
一人になり、ベットに仰向けに倒れこむ。どさっと音を立ててそこは優しく私を受け止めてくれた。
気がつくと私はノヴァの触れていた手を見つめていた。大きくて固いけど暖かくて優しい手だった。
彼の言葉はどこまでがシナリオ通りなのだろう。ファンディスクの内容なんてこれっぽっちも知らない私に判断するすべはない。
あの表情、声、熱情が、全て作り物だったとして。それにこんなにも心を揺さぶられているなんて、私は一体どうしてしまったのか。
生まれ変わってからこれまで、一度も感じたことのない高鳴り。若死してしまった前世を鑑みてもこんな思いは初めてで、何が正解なのかわからない。
少女めいた恋情か、初めての異性との親愛か、それとも単に美形の男に口説かれたからか。
ただ、そのどれだったとしても、私は確かに喜びを覚えている。
作り物か、贖罪の気持ちか、ノヴァの思いがどこから来るものかもわからないけれど、私を思ってくれた、その事実がどうしようもなく嬉しかった。
「でも……、それとこれとは話が別よね……」
ノヴァは職業柄どこかに定住することはない。常に必要とされる場所へ訪れ危険を顧みず依頼を達成する。それは国を問わず行われるため決まった住居を持たないのだ。
つまり、ノヴァに着いていくと言うことはこの地を離れるのと同意義だった。
私の愛すべき国。私だけの居場所。私を認めて受け入れてくれたこの地。
……離れることなど、どうして出来
ようか。
悩んでも時は進み、日は昇る。止まない雨はないように、昇らない太陽もまたない。
清々しい朝にはちょっと似合わない隈を携えて、私は今日も働き出す。息を吸って、吐いて。ここにいると言う存在証明のために。