その7
長かった一日がようやく終わる。仕事も済んで今は就寝前だ。明日も早いけれど眠る前に少しだけこれからのことを考えようと自室にある机の上に紙とペンを広げた。
とりあえず、一番の問題だった王子様の件はなんとか回避できたと思う。また来る可能性がないとは言わないけれど、もうあんな突拍子もないことは言わないだろう。
それにしても私はエリオットなんていう王子がいたことも知らなかったのに、どうして個人的に全く関わりのない私のことを知っていたのだろう?
いや彼は王子だし、私と姉それから王太子の間にあったことを知っててもおかしくはないんだけど。むしろ知ってたから私に共感を覚えたんだろうし。
ということは逆になんで私が知らなかったのだろう。ここは乙女ゲームの世界という概念が前提にありすぎたせいか。周りを見ているつもりで全然見ていなかったのは私の方かも知れないな……。
そうだ。ゲームの世界といえば、ここ(というかこの国?)はラブラビのファンディスクの世界らしいけれど、それって一体どういうことなんだ。ファンディスクって言ったら大抵本編のおまけストーリーか本編で攻略できなかったキャラが攻略できるようになったとかそういうものだったと思うんだけど……。
それらのプレーヤーキャラは当然本編と同じ、つまり私の姉ってことで。
……まさかここに来て再会フラグなの? 嘘でしょ……。
現状はゲームとはちょっと違う感じがするけど、どうなるかなんてわかったもんじゃない。うわあ……。
それ以上深く考えるのが嫌になったので、明日この件について唯一知り得るだろう相手にもっと詳しく聞いて、その上でまた考えることにした。決して問題を先送りにしたわけではない。これは戦略的撤退です!
***
翌朝。エリオット殿下ならびに家臣の皆様はこの国を出るそうだ。元々遊学の途中だったらしく、またすぐに別の国へと向かうらしい。ここへ寄ったのはどうやら私がいるというのを風の噂に聞いたからだそうな。
遊学の目的は私を探すのことだったのか、ただ国外を見て回りたかったのか、一体どっちだったんだろう……。
それはともかくあの王子は、私の作った簡素な朝食をご馳走のように食べてから「また会おう、セイラ」なんて語尾にハートでも付いていそうな声音で言い、爽やかに去っていった。
まるで嵐のごとくガッと現れザッといなくなったな。
あの国並びに黒歴史を思い出すので出来ればもう会いたくないけれど、彼に同情を覚えてしまった人間としては見捨てるのも気が咎める。もし本当に逃げ出してきたのなら居場所くらいにはなってあげてもいいかもしれないと思い始めていた。会わずに済むのならそれが一番だけどね。
昼下がり、少し時間が出来たのでおかみさんに声をかけてから私はユーグに会いに行った。
ユーグが部屋にいることは確認済みだったので、扉のノックして声をかける。
「ユーグ、私、セイラよ。ちょっと聞きたいことがあって。今時間あるかしら?」
すると部屋の中からガタンと物音がしてそれが静かになると扉がそろりと開かれた。
「貴女がセイラね、マスターの探し人。会いたかったわ」
オレンジがかった朱色の綺麗な髪を持つ美人さんが私を出迎えてくれたのだった。
勝手知ったる他人の部屋、とはいえそこに泊まる人によって雰囲気は変わる。出迎えてくれた女性に招かれて入ったユーグの部屋には魔法陣が描かれた紙だとか、いかにもなローブ、魔法薬の材料と思わしきものが乱雑に並んでいた。
来た時は荷物なんてほとんど持っていないように見えたのにこんなにたくさんどこに隠し持っていたのだろう。辺りを見回しながらそんなことを考えていると部屋の奥に訪ね人はいた。
「えっと、ちゃんと会うのは昨日ぶりね」
「そうだね。あ、美味しい朝食ありがとう」
「そう言ってもらえて光栄だわ。朝は時間がなくて話せなかったから来たのよ。今、大丈夫?」
「大丈夫だよ。あ、先に紹介しておくね、彼女が僕の契約妖精のフィアマだ」
フィアマさんは蝋燭の灯りのような暖かい色の髪と目に、艶めいた褐色肌の美女。宿に来た時にはローブのフードを深くかぶっていたからわからなかった。さっきも思ったけどやっぱり何度見ても綺麗な人……じゃなくて妖精さんだ。
「改めて。初めまして、セイラ」
「初めましてフィアマさん……で、いいかしら」
「フィアマでいいわよ。そんなにかしこまらないで」
「ありがとう」
うふふと笑うフィアマはとっても色っぽい。私にはとてもじゃないが永遠にあの色気は出せないだろうなぁ。正直羨ましい限りだ。
「さて紹介も済んだところで。話ってなんだい?」
そうだ、無い物ねだりをしに来たのではなかったんだ。私は早速本題を切り出そうとする。
──が、その前に。
「ユーグ……その、フィアマはどこまで知っているのかしら……」
「ああ、彼女は全部知ってるよ。セイラが前世の友ってこともね」
「……そう。それなら気兼ねなく聞けるわ。話っていうのは昨日言ってた『ファンディスク』のことなの」
ユーグはやっぱりといった表情で頷いた。たぶん私がここに来ることは想定していたんだろう。もちろん前世関連だとか、ユーグとしての今まで道程なんかも聞きたかったけれど、もし再会フラグが立っているとしたら一刻も早く折らなくてはならないのだ。
なんとか王子ルート(?)は回避したものの、それで終わりってことはないはすだ。
少し神妙な顔をしてユーグは話し出す。
「実はね、あれは……──」