その6
お久しぶりでございます。
あらすじみたいなものが偶然本編に入れられたので久々に読んでいただく方にもわかりやすいかな…?
お待たせいたしましたこと、ここにお詫びいたします。申し訳ございません。
「遅くなってしまってごめんなさい」
「いいや大丈夫だよ、おかえり」
「ただいま戻りました」
宿に着き、頼まれていたものをご主人に渡すと一緒に帰ってきた二人に声をかけて私は仕事に戻った。
裏庭に出て干していた洗濯物を取り込みながらこのたった数時間の間に起こったことを思い返す。
まずおかみさんに買い物を頼まれて出かけたら謎の自称王子が出てきて、いきなり求婚された。かなりしつこく迫られたと思ったら赤い髪の男に助けられて、ホッとする間もなくそのひとは自分はここが乙女ゲームの世界だと知っているなんて言い出して、よくよく話を聞けば私の前世の友人が|性転換転生(TS)した姿というではないか。
再会できたことを喜んだらいいのか、前世の友人が死んでしまったことを悲しんだらいいのか。わけがわからなかった。……結局再会できたことを喜んだんだけども。
さてそれじゃあ目的を果たそうと商店街に赴くと街の人に前世の友人もといユーグと恋人同士だなんて揶揄されて。恥ずかしがっていたらば、何年も会っていなかった幼馴染に偶然再会し、それを見ていたユーグがここは『ラブラビリンス』のファンディスクの世界だとか言うもんだ。
終わったと思っていたゲームの呪縛はこんなところまでやってくるのかと思わず心の中で絶叫した。今ここ。という感じ。
「はあ……これからどうしたらいいの」
取り込んだシーツを握り込んでため息を吐く。お先真っ暗、とは大げさだけれど急に問題が沸きすぎてどこから手をつけたらいいものかわからなかった。そもそもまだ心は事態に追いつけていない。
「簡単だよ、僕と一緒に国に戻ろう」
ビクッ。突然耳元に甘ったるい声が掛かる。完全に気を抜いていた私は背後に、ましてやそんなすぐそばに人がいたのに全く気づかなかった。
「……いたずらに人の背後に立たないで頂けますか、エリオット殿下」
「もう名前を覚えてくれたのかい? 嬉しいよセイラ」
「……あの、離れてください」
「ああ、つれないところも可愛いね」
会話にならない。
「殿下、あなたは一体何を企んでいるのですか。……まあ、あなたが何を企んでいたとしても私はあの国には帰れませんし、帰りません」
「帰れるよ。君に家名はもうない。ただのセイラとして旅先で出会った僕と恋に落ちて婚約者になってしまえば何の問題もない!」
いや問題あるでしょう。王子ということは社交の場に出る。パートナーになるならば私も一緒に出なければならない。王子が出るパーティなら王太子だって、その妻の姉だって当然出る。姉と私は被害者と加害者であって顔を合わすことなど起きてはいけない関係。そのための国外追放とも言えるのだから。それが鉢合わせしてしまう。
これだけでも大問題だというのに仮にも王子、の婚約者が市井の者ですなんて誰が納得するものか。
問題が山積しまくりでなぜ大丈夫などと言えるのか……。この王子、脳みそお花畑なの?
「ふふ、いろいろ思うところがあるみたいだけれど本当に何の問題もないんだ」
「…………一応聞いておきます。どうして大丈夫だと言い張れるので?」
摘みたてのバラ如く赤い口唇が妖しい笑みを刷く。あまりの艶めかしさに思わず背筋が震えた。なんだか飲まれてしまいそうな深い闇をその笑みに見た気がする。
「君を閉じ込めて誰にも見せないようにするからさ」
ろ く な 理 由 じ ゃ な か っ た ! !
馬鹿だ! この王子馬鹿だ! 大事なことなので二回(以下略)
「僕はね、必要のない王子なんだ。誰も僕のことなんか気にしていない。第三王子だからね……スペアにもならないんだよ。その僕が誰と結婚しようが周りは興味の欠片もない。それなら好きな人と結婚したいじゃないか。この願いはそんなにダメなことかな?」
わ、語り出したぞこいつ……なんて初めは引き気味に聞いていたけれど。その言葉は私にとっても身に覚えのあるもので。わかる、と少しだけ同情してしまった。私も誰からも必要とされず、代わりにもなれなかった過去があるから。
──生憎、私はそういう柵から抜け出すことができたけれど、一貴族の娘と違って『王子』ではそうもいかないだろう。必要ともされないのに、逃げ出すこともできないのは不幸と言えるかもしれない。
その中で少しでも幸せになりたい、好きな人と結ばれたい、と思うのは理解できる。
が、何故私なんだ。その相手に選んだのがよりにもよって。…………いや、だから、なのかも。
ほんと、この王子様は馬鹿だ。
「……殿下、」
「なあに、セイラ」
「私は、あなたのお気持ちに答えることはできません」
「…………どうして?」
「私たちの闇があまりにも似過ぎているから」
たぶんこのまま結ばれたとして。私とこの王子ではお互いの傷を舐め合うことしかできない。確かに私は王子にとってこの上ない理解者になれると思う。でもだからこそ、その闇から逃れることができず囚われ続けてしまう。そんな未来が容易に想像できてしまった。
生温い湯に浸るような未来、私はまっぴらごめんだし、この王子のためにもならない。
それに。私だからわかることもある。
「あなたはあなたが思うより、孤独じゃないわ」
「え?」
「だってあなたにはこんなところまで付いてきてくれる臣下がいるじゃない」
「それは僕が王子だから……」
「必要のない王子にあんなにたくさんの家来がついてくる?」
「でも」
「……なんて。会ったばかりの私に言われても説得力ないわよね。でもたぶん私の考えは間違ってないと思うわ。あなたを必要としてくれる人はもっとそばにいるはずよ。
あなたがそれを見ようとしていないだけで」
私が言えたことじゃないのだけれどね。ただ。もし私にこんなことを言う人がいたなら、未来は変わっていたのかもしれない。そう思うと、伝えずにはいられなかった。
王子は思う当たるところでもあったのか、考え込むように黙ってしまった。俯いた瞳にはさっきまでの昏さはない。それが答えなんじゃないだろうか。
「そうね、私の言うことが間違っていたら……その時はまたここに来てもいいわ。ここが私の家で、生きる場所だもの。あの国はもう私の居場所ではない。だからあなたと一緒に戻ることはできない」
王子の金の髪が夕日に照らされて赤く燃えているようだ。最早懐かしい故国の色。二度と戻らない色。こうなったのは私の望みであり、追放されたことを後悔したりしてはいないけれど、もっと他の道もあったのではないかと思わないでもないのだ。
今となってはどうにもならないし、これが最善の結果だったとも思っているけれど。それでも。
王子はまだ他の選択肢を選べる場所にいる。ならこんな博打をすることもない。
「…………わかった。セイラがそこまで言うのなら、もう少し考えてみるよ。それでも見つからなかったら僕はもう一度、君に会いに来る」
「あら、馴れ合うだけの関係ならお断りですよ?」
「はは本当にセイラはつれないな」
この王子が一体どんな生い立ちで、どんなん風に育ってきたのか。私はこれぽっちも知らないけれど、あの仄暗い闇の匂いが少しだけ教えてくれた。きっと私と近しい思いを抱いて生きてきたことを。それ故、私に光を見てしまったのだと思う。
誰かに理解されたい。自分を知ってほしい、見てほしい。そういう思いが積み重なって溢れて、歪んで。
「ねえ、エリオット殿下」
「なんだい、セイラ」
「あなたはきっと幸せになれますわ」
大丈夫、私も大丈夫だったから。私と似た者同士のあなたも、あなたの幸せがちゃんと見つかります。
続きもぼちぼち…。