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誰が為  作者: 月鳴
他視点
1/15

美しきもの

見えていることだけが全てだとは限らないという話。

※ゲームヒロイン(主人公の姉)の従者視点。

 



 彼女は、真実を掴ませない方だった。


 まるで仮面を被っているような、心が二つ存在するかのような、はっきり言って不気味な方だった。

 我が主、レイチェル様の二つ下の妹君、セイラ様。

 歳下であるはずの彼女が私はずっと怖かった。読めない視線や感情を出さない顔、主の顔色を伺うよう躾けられた私たち従者にも悟らせない鉄壁の能面が私の矜持〈従者としてのプライド〉を傷付けると同時に何故か怖かったのだ。

 その深い色の瞳が深淵の闇にも見えたからかもしれない。


 私は幼いころよりクルーゲル家に勤めるための訓練を受けていた。私の家が代々伯爵家の家令を務めてきていたからだ。頭の回転が早く持ち前の器用さで早々に頭角を現した私はレイチェル様の従者として彼女が五歳のときに召し抱えられた。

 屋敷に入りまず思ったのはその異様な空気だった。

 明るく暖かい燭台の火があちこちに灯され穏やかに見えるのに、時折突き刺すようや寒さを感じる。すぐにはわからなかった。その寒さの原因がセイラ様だということに。

 クルーゲル家は一見仲の良い親子に見えていたからだ。彼らはよくよく見れば不自然だが、とても巧妙に演じていた。でも私はそれがおかしいこととは思わなかった。なぜなら政略婚の多い貴族社会で真に仲睦まじい家族などほとんどないと訓練時に教わっていたから。だから、ああこんなものか、と私はそれ以上見ることを止めた。必要ないと判断した。我が主に不都合さえなければそれで良い。それが従者の勤めだと。


 レイチェル様は美しく成長された。夜会に訪れた男たちの視線を一身に受けるほどに。

 17になられた主は、聡明で優しく穏やかだが気高い心を持ち合わせる素晴らしい淑女になられた。そんな主が注目されるのは必然と言えよう。そして、当たり前のように比べられる彼女がいることも最早、必然だった。

 夜会にて王太子殿下に見初められたレイチェル様。〈殿下は大変見る目のある方だ〉嬉しそうにご両親に報告されている姿をセイラ様は忌々しく思ったのか、鋭い目で睨みつけていた。

 普段は能面と見紛う彼女の意外な一面に少しの驚きと妙な違和感を覚えた。しかし私に見られていることに気づいても忌々しさを隠そうとしない彼女にその些細な感覚は嫌悪に塗り潰され、それ以上考えることはなかった。私がしたのは我が主を睨んでいる彼女へ同じように睨み返しただけ。

 ──これが私の、最大の過ちなのかもしれない。このときの違和感をよく考えていれば、何か変わっていただろうか?……なんて詮無きことは少なくとも思わなかっただろう。


 レイチェル様の影として生きていたセイラ様。今思えば自ら影に甘んじていたのではないのか。振り返ってみれば、そう考えてもおかしくないことがいくつかあった。

 白金色で光り輝く眩さをレイチェル様は持っているが、セイラ様は濡れたように艶めく髪を持っていた。それは太陽と月のようで。どちらも独特の美しさがあったのだ。しかし彼女はそれを誇るようなことは一度もなかったし、いつの間にか悪感情に囚われた私は気づきもしなかったが。

 またセイラ様は跡取りとして教育されていたレイチェル様と同じ家庭教師につきレイチェル様が学問を修められたころ家庭教師を止めている。単に学力が追いつかず嫌になって止めたのだと思っていたがそうではなく、二つ歳下にも関わらずレイチェル様と同じときに同じように学問を修めたのではないか。

 彼女の部屋に残された優秀さの滲む書付を見る限りこの推察は当たらずといえども遠からずだろう。


 主人のいなくなった部屋の整理を命令され、その主人の影が掠めるたびに私は多大な思い違いをしていたのだと教えられた。


 ──そしてそれは我が主によって意図的に齎されたものだということも。


 セイラ様のお部屋には、雑に放置された一冊の厚いノートがあった。日記というには簡素かつ乱暴で、感じたことをその都度書き殴っていたらしいそのノートには、今まで知ることのなかった真実がたくさん記されていた。

 セイラ様が意図的に出奔されたこと、レイチェル様の思惑、そのきっかけになった何か。

 何かの部分は切り取られており確認することはできなかったが、残された部分だけでも物凄い衝撃だった。自分の信じていたものを土台から壊されたようだった。


 ノートの最後にはこう記されていた。


 ──もし、誰かがこの本を手に取り読むことがあれば、持っていくことも自ら捨てることもできなかった私に代わり燃やしてほしい。と。

 他人の日記を無断で読んだ代償だとも書かれていた。




 パチパチパチ


 乾いた音を立て本が焼けていく。すべての真実が灰になるのを、青い空に立つ黒い煙を、私はぼんやりと見送った。



 何もかも、すべては、終わったのだ。




全きに美しいものはない。それでも全きに美しいと思うのは、目が眩んでいるからだろう。それもまた真実。

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