episode1
今までの作品から少し風変わりな作品になる予定です。同時更新していけるよう努力いたします。
「おい、リリアナ。何をしている?」
「――――何って、閣下宛の手紙を燃やしていますが・・・何か?」
冥界、王宮内最奥に位置する玉座の間。冥王とも魔王とも呼ばれるその方は私の手元で燃える灰になった残骸を見て問うた。
「燃やし・・・え、燃やしたのかお前。それは俺にあてた手紙だろう。なぜ勝手に燃やした!」
黄金に輝く、その玉座から勢いよく立ち上がり私に詰め寄ってくる閣下を見て、昔の私ならば閣下の顔を見ただけで怯えていたのに今では表情を変えることもなく閣下をガン見できるようになったんだとしみじみ考えてしまった。
「おい、聞いているのか?」
「近いですよ閣下。閣下の麗しい唇が卑しい私の頬にくっついてしまうほど近いです。」
そんなに近寄らなくてもいいのに、とか。なんでこのタイミングで私に触ってくるのだろうとか・・・とにかく最近になってうちの閣下はボディタッチが酷くなった。
「いっそ、そんな生意気を言うようになったお前の唇を塞いでしまおうか」
徐々に唇を近づけてくる。逃げないようにと閣下の左手が私の頭部に回りつかむようにやや強引に視線を合わせようとしてきた。
「――――閣下、その台詞を言っていいのは見目麗しい美形と呼ばれる方々だけと相場が決まっております。やめてください気持ち悪い」
「最近本当に風当り厳しくなったよな。なんでだ?」
私から離れ、首をかしげる姿は誰もが認めるであろう。見目麗しい美形と呼ばれる部類に入る。確かに美しい容姿をした方だ閣下は。だが如何せん、性格に問題がある、ありすぎる。
私だって元はそれはそれは多種多様の顔を持っていた。しかし、何故か閣下の前ではそれも剥がされ・・・必要なかったのかもしれないが。今では自他ともに認める毒舌キャラだ。なんだそれ、全然嬉しくない。
私と同じ、漆黒の髪。この薄暗い冥界の闇に溶ける暗い色。私と違うのはその瞳の色。髪はどこまでも黒いのに、その瞳は闇夜も照らす黄金色。一度あの瞳に睨まれれば動くことすら容易ではないだろう。
「なんだよ」
ふと、私の視線に気が付いた閣下が私を見る。黄金の瞳に見つめられているにもかかわらず、その瞳の奥に感じる暖かさを私は知っているから、堂々と見つめ返すことができる。
「いえ別に。嗚呼、閣下の手紙を燃やした件でしたね。」
「そうだ、いくらお前が俺の側近だからといってあまり勝手な行動は慎んでもらいたいところだが」
閣下の白い手が私の頤を掴む。長く骨ばった指が私に触れる・・・その手を私は無造作に払いのけた。
「ちょ、だから触らないでくださいって気持ち悪い。しつこいですね、嫌われますよ気持ち悪い」
「なんだと。お前二回言ったな。俺の心を粉々にする言葉を二度も言ったな。ふざけるなお仕置きするぞ」
「学ばない脳ですね。お仕置きだなんて言葉、少しアブノーマルな気配漂わせてドキッとすると思っているんですか気持ち悪いですね。まあ少し私も胸の動悸が収まりませんが」
危険な香りを漂わせる閣下の言葉に、何故か胸が一瞬高鳴ってしまったのは気のせいに違いない。ダメだこれでは話が進まない。そう思って燃え屑の灰を手に取り閣下へ渡した。
「なんだよこのゴミ」
そう言って閣下はその屑を一瞬にして消し飛ばした。魔法は一切使っていない、魔力をほんの少し込めただけだ。簡単に思えて、それは膨大な魔力を実は必要としている。そんなことを軽々とやってのけるのだから、閣下は凄い。伊達に冥界神に後を託された王なだけある。
「何って、閣下への手紙です。内容はどれも同じものですよ。ハイラック公爵家、マリアンヌ令嬢からのお手紙です」
「なんだ、嫉妬したのか」
急にご機嫌になってにやにやし始める閣下。マリアンヌ公爵令嬢は、閣下の従妹にあたる。ハイラック公爵は閣下の叔父にあたる存在だ。このお方も、閣下同様冥界の神ルテスが消滅したのちも、この世界で生き続けている方だ。
ハイラック公爵は、淫魔と呼ばれる一族で魔族の中でもとりわけ強い力を持つ種族だ。ちなみに閣下は、魔王という種族だ。ちなみに同族はいないらしい、ここら辺の成り立ちは冥界の住人になって日の浅い私には分かりかねる所だ。
そのマリアンヌ嬢だが、勿論淫魔の血を色濃く受け継ぐ純血なのでそれはそれは可愛らしい容姿をなさっている。桃色の艶やかな髪と薄紫色の瞳は、一見危ない色に思われがちだが、可愛い子なら全然映えてしまうのだから恐ろしい。美形とは、罪づくりだ。
「ここに書かれている内容は、すべて同じような文章ですが。改めて読み上げましょうか、既に記憶済みですので」
「記憶済みなのね、流石前世は――」
「過去は忘れる主義ですので。―――親愛なる魔王閣下。挨拶文は省略いたします、どうせ読まないのでしょうから。さっそく本題に移りますが・・・閣下の側近であるリリアナをいい加減貸してくださらないかしら。そろそろ勇者を名乗った人間が邪魔で仕方がありません。このようなお手紙を出してから季節が二度ほど移り変わりました。いい加減、その風変わりな魔族を傍に置くことはお勧めいたしません。閣下がお優しいことはわかりますが、体裁というものを――――」
「いい、もうその先は言うな」
「はあ、そうですか」
閣下が、眉間にしわを寄せて何かを考えるそぶりをした。それを見て、私は思う。知っているのだと。私は生前魔族と契約したわけでもなければ元々冥界の住人だったわけでもない。私がここにいることは完全に異質なのだ。
私を見る、冥界の住人の目は殆どが歓迎されたものではないということを。マリアンヌ嬢とて、私を快く思ってはいない。だからこそこうして毎度毎度手紙で訴えているのだ。そして閣下が読まないことを見越して、手紙の最後に必ず書かれている、≪いい加減離れなさい≫という一言。
誰から、とは勿論私が閣下から離れろということだ。こればっかりは仕方がない、私は閣下から命を分け与えられた存在。月に一度の儀式を行わなければ私は消滅してしまう。
私は、まだ生きなければならない。閣下は何を思ってか、こんなに不敬をはたらいても何も咎めることはない。むしろ以前のように閣下に対して怯えていた時の方が閣下からの視線は厳しかった。
「お前はどうしたい」
先程までの、緩やかな空気から一遍、肌を突き刺すようなビリビリとした緊張感漂う空気へと変わる。それは、閣下から発せられる気によるもの。
「私は・・・私は、閣下の侍女紛いな仕事をするのは性に合わないようです。私は血を浴びてこそ存在意義を保つことのできる異質の存在。そろそろ本来の仕事をさせてくださいませ」
つい先日、死にかけの魂を刈り取りに行った際、地界と天界の境界線だったため、天界の住人に出くわしてしまった。そこで受けた傷を心配した閣下が暫くの間私に休養と称して侍女の仕事を押し付けてきた。
既に傷は癒えている。私の鎌は、一刻も早く血をすすりたいと蠢いている。
「仕方がないか。こちらへ来い」
閣下は左手で印を結んだ。月に一度の儀式を私に施すつもりなのだ。けれど、先日怪我を負った際に既に儀式は終えたはずだ。
「閣下、既に儀式は―――」
「黙れ。いいから来い」
腕を強く引かれ、先程と同じように頤を掴む。しかし今回は払いのけることなどできはしなかった。儀式のときはいつもこうだ。閣下は有無を言わせない拘束の魔法を一瞬で使ってしまう。背の高い、閣下を見上げるような形で私の血に濡れたような瞳と黄金の瞳が交わる。
儀式は簡単。閣下と視線を合わせた状態で、結んだ印を私の背中に当てるだけ。ほら、閣下の左手が私の背を撫でる。
カッと一瞬触れた部分が熱くなる。でも、それは本当に一瞬で。なぜか閣下はふっと目を細めて笑った。
「よし、これでまたひと月は余計な虫が付くこともないな。次は気をつけろよ、仕事だからって残業行為は許さないからな。ちゃんと定刻には帰ってくるように」
「―――御前、失礼します」
――――――――――
―――――
余計な虫ってなんだ。しかも残業とか定時とか・・・この仕事に時間の配分があったことを今知ったのだが。
王宮最奥の部屋から、今は立派な廊下を出口に向かって足早に歩いている。時折魔族とすれ違うが互いに牽制の視線をぶつけ通り過ぎる。
たまにそれでも血の気の多い奴は絡んでくることがあるが・・・その時は、私の武器をチラつかせれば大概引っ込んでくれる。茶化したいだけなのだろうから私も深追いはしないが。
「さて、と。久々の仕事は腕が鳴るなぁ・・・彷徨える魂を、今日はいったいいつく刈れるだろうか。邪魔な魔物を刈ってもいいな、ついでに天界の好かした態度の奴らを刈るのもいいかもしれない」
地界へ行く大きな扉の前に立つ。左手には、愛用の鎌。
私の名前はリリアナ。紅き死神と呼ばれる異質の死神。私の鎌はあらゆる命を刈り取る。異質が故の、異質な能力。
同胞からも、畏怖の念を込めて呼ばれる紅き死神。天界の清浄な者も闇に落とし、地界の無垢な魂を吸収し、冥界の闇ですら滅するこの鎌。
私は、久方ぶりの仕事に胸を躍らせ、鎌を一振り。地界へと続く扉をくぐった。
ここまで読んでくださってありがとうございました