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第4話

(お客様が来ているならまだしも、一人でこんなの…)


衣装を着替えて1階にある食堂に降りたティナは、食後のデザートである桃のパイを口に運ぶ。

甘酸っぱい桃をゆっくりと味わいながら目だけをぐるりと回して室内を見渡し、小さく嘆息した。

ティナは左右に10人ずつ、そして端と端に1人ずつ。合計22人が座れる仕様の艶のある木造の机を前にしている。

上を向くときっと名のある職人が手掛けたのだろう精巧な天井絵。

そう言えばこの部屋に来る前に通った廊下も、煌びやかな調度品が所狭しと飾られていた。

さすが国王陛下の片腕をも務める侯爵家の本邸。

田舎育ちの小貴族には圧迫感さえあたえる豪華さだ。


広く豪奢な食堂に、小柄なティナが一人腰かけている状態はひどく寂しく映るだろう。

無言のままで壁際にずらりと並ぶ給仕も、食事の気分を無くさせる要因だ。どうしても落ち着かない。

家人が2人の侯爵家にこの人数は人件費の無駄使いではないだろうか。

それに知らない人ばかりの空間は気おくれしてしまう。


パイと一緒に出された紅茶はやはり苦味が強くて、砂糖とミルクをたっぷり入れた。

ティースプーンで混ぜながら、横目に広がる大きな窓へ視線を移すと青々とした緑が広がっている。


(給仕役より、庭師に力をいれるべきだと思うわ)


食堂から庭へと続く窓は天井から床まで一面大きな窓で作られていて、まるで庭の中で食事をしているかのような解放感を作ろうと設計されたのだろう。

丁寧に整えられた中庭。

でも自然の中で育ったティナには、この庭が『手抜き』であると分かってしまう。


(水やりだけで良い丈夫な木に、放って置いても増える野草)


見栄えはいいけれど、『手抜き』だ。

3ヶ月に一度程度ハサミで伸びた分を切って整えれば十分なほど。

季節ごとに花を植え替えることも、土を入れ替えることもする必要のない、最低限の世話だけでいいような植物ばかり。

庭師が手抜きなのか、リカルドが面倒くさがったのか、分からないけれど。

花々に囲まれて育ったティナには、どうしても違和感があった。

まるでうっそうと緑が生い茂る森の奥へ迷い込んでしまったみたいに、孤独感を強めさせられてしまう。


(広くて日当たりもいいのだから、色とりどりの季節の花を植えればきっと素敵な庭園になるのに)


「---触ってはいけないかしら」


沢山の人が部屋にいるけれど、その独り言に答える人はいない。

彼らは背筋を正して立ち、きびきびとした動作で給仕をするだけだ。

部屋付きの侍女であるロザリーが食事に付き添うこともありはしないから、一層孤独感を強くさせた。


(私にこの庭を触ることは、許される?)


普通の妻ならば、家の調度品や装飾品、庭のデザインや食器にいたるまで自分好みに作ることが役目のようなものだ。

訪れる客人にどれだけセンスが良い妻かを見せることで、貴族たちは見る目を変えるくらい。

家を作ることは妻にとって重要な仕事と言える。

けれど、ティナにその役割が当てはまるのだろうか。


(…聞いてみようかしら)



----そう思ったけれど、結局リカルドは夜になっても屋敷に戻って来なかった。

ベッドメイクを整えに来た若い侍女に訪ねると、やはり「マリアンヌ様のもとへ…」と返されてしまった。

ならばと。ティナはベッドに入る前に紙辺にメッセージを書いた。

庭を触っても良いかを訪ねる、数行だけの短い文章。

鬱陶しがられるのが怖くて、本当に必要事項だけしかない簡素なものになってしまった。

余りにも内容が薄すぎて、他に何か書かなければと迷い悩み、ペン先が紙の上とインク壺の間を何度も往復する。


「……これくらいしか、言えないわ」


結局『おやすみなさい』とだけ、付け加えて。

リカルドが帰って来たらまず向かうだろう彼の仕事部屋の扉の隙間に、紙辺をそっと差し入れた。


「今夜…は無理でしょうね。2・3日以内に気付いて下さると良いのだけれど」



----------翌朝。


目を覚ますと、予想はしていたけれど広いベッドにはやはりティナしかいなかった。

横になった体制のままで部屋を見渡しても、やはり誰かがいたような形跡はいっさい見当たらない。

帰って来なかったのだと俯いて、ため息を漏らす。


無意識にもしかするとティナの元へ帰ってきてくれるかもしれないと。

ロザリーの説明が嘘なのでは無いかと。 期待してしてしまっていたようだ。


起きぬけから重い気分だった。

でもいつまでも寝てるわけにはいかないから、ティナは起き上がろうと寝返りを打つ。


「え、何…?」


耳にかすかに不自然な音が、届いた。

もう一度、反対側に寝返りをうってみると同じような音がして、それが枕の下でしているのだと分かった。

不思議に思いながら枕を持ち上げてみる。


「あ」


ティナの薄茶色の瞳が驚きに見開かれる。

枕の下に、2つ折りの白いメッセージカードが置かれていた。


「っ……」


手に取って、おそるおそる開く。


黒いインクで描かれた筆跡は几帳面そうな美しい文字は、荒々しい彼の見た目には似合わない。

でもその内容からリカルドからだと簡単に推測できた。


内容はティナの書いた手紙以上に簡素だった。

カードに描かれているのは、二言だけ。


『勝手にすればいい。おはよう。』


ティナは何度も何度も、メッセージカードに穴が開いてしまうほどに文章を読み返す。

勝手にしろと言う、突き放したような台詞。

やはりティナからの手紙は迷惑だったのかもしれない。


「おはようございます。リカルド様」


泣き笑いのような表情で、手の中の白いメッセージカードにティナは小さく囁く。



**********************************


夜になるとティナはまた、リカルドに手紙を書く。

だって彼とのとの繋がりはこれしかないのだ。

せめて手紙でくらいは彼の様子を知りたくて、そっけない2・3言の返信しかないと分かっていてもペンを手に取ってしまう。

黒いインクを付けたペンで要件を綴っていく。


今日あった出来事。…とは言っても、庭仕事をはじめたことくらい。

他は空いた時間に編み物をする程度しかこの館でティナがすることはなかった。

籍さえ入っていれば、あとは大人しく従順であればれでよいのだろう。

ティナはリカルドに何も求められていないのだ。


本当は会って直接話したい。

声を聴きたい。

出来れば触って温もりだって感じたい。

恋しくて恋しくてたまらなかった。

けれど当の本人とは次にいつ会えるのかも分からないから。

いや、もしかするとティナに会わないようにと、ティナの生活時間とずらしているのかも。


「…だめね」


考えると泣いてしまいそうで、横へ首を振ってそんな思いをかき消した。


「庭師の増員のお願いと…あとは…」


勝手にしろ。と以前のメッセージで書いていたし、ロザリーも大丈夫と言ったのだから、訪ねる必要性はないのかもしれない。

でも、ほんの少しでも彼とつながっていたくて、こうして用事を見つけて手紙を書く自分が浅ましいと思う。

面倒くさい女だと呆れられるろうかと不安に思いながら。


「おやすみなさい」


今度の手紙でも最後に、そう付け加えて。


こっそりと部屋を出たティナは、またリカルドの仕事部屋の扉にそっと差し入れた。


まだ眠るにはかなり早い時間だけれど。

一人でいると変なことを考えてしまいそうで、早々にベッドにもぐることにする。

ティナは横になると、あっという間に眠りに落ちていった。


------こうしてティナは、毎晩眠る前にリカルドに充てて手紙を書くのが日課になった。




そのリカルドが自宅であるグランメリエ邸に帰ったのは、日付も超えた深夜だった。


「おかえりなさいませ、旦那様」


使用人たちもほとんどが寝静まっており、出迎えるのは2人の門番と夜勤の侍従のみ。

円状の玄関ホールの壁際にそって駆けられたランプが、煌々とオレンジ色の光で白石造りの館を照らしている。


「ティナは?」


上着を侍従に預けながら、開口一番にリカルドは新妻の所在を尋ねる。

朝早くから夜遅くまで激務にあたっていたのか、表情には疲れの色がみてとれた。


「ずいぶん早くにお休みになられております。本日はお庭で色々動かれてお疲れになられたのかもしれません」

「そうか」


そっけなく呟いて、玄関ホールの中央に設けられた階段から2階にある部屋にあがっていく。

書斎兼仕事部屋として使っている部屋には、重要な書類なども保管しているため、使用人たちの出入りを禁じていた。

だから扉に紙片が挟まれていることに、誰ひとり気づいていなかった。


「…ん」


扉に挟まれていた紙片がひらひらと床に落ちていく。

ゴミかと思った侍従が屈んで拾おうとしたのを片手で制し、リカルドはそれを自分で拾った。

侍従は怪訝な顔で紙片とリカルドを交互に見ている。

リカルドがよほど珍しい表情をしているのか、その侍従の顔は驚きで呆けていた。


「旦那様、それは?」

「何でもない。今日はもう下がっていい、ご苦労だった」

「…は。かしこましました」


昨夜にも同じように扉に挟まれている紙切れ。

本当に当たり障りのない、必要事項のみの簡単な手紙。

開くと庭師の増員の許可を求めるものだった。


「勝手にしろと、言ったのにな」


リカルドは苛立たしげに眉を潜めて小さくため息を吐き、返事を書くために執務机の引き出しを開くのだった。



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