幸せな時間(下)
「不思議な、力……?」
「変な奴って思わないで!妄想なんかじゃないの!」
訴えかけるように、心からの叫びのように、サヨネは声を荒らげた。
「……ごめん。このこと、ずっと誰にも信じてもらえなかったから」
逆に初めて会った、ついさっきまでの態度に戻ってしまったようなサヨネ。
――――急に打ち解けたと思ったら、また戻ってしまう。
きっと、彼女があまり人と接したことがないからそうなんだろう。
それなら、僕が彼女の心を温めてあげよう――――
「ううん。信じるよ、僕は」
「……ありがとう」
頬を少しだけ染めて、サヨネは頷いた。
「その不思議な力っていうのは、私だけじゃなくって、絶望の淵に立たされた人が絶望から脱出するために生まれる力で……。私の場合は、戦争で兵隊に殺されそうになったときに発動したの」
「まさか、戦争って『カッシア狩り』の?」
あたりに沈黙が訪れた。
「その白い髪に碧の瞳……。カッシア一族だよね?」
カッシア一族とは、優れた学者の多い一族で、遺伝子的に頭が良いといわれている。そのせいで、人口のほとんどがカッシアの国『フェンネル』は他の国や一族に疎まれ、実際にカッシア一族を実験に使おうとしたのが隣国、『レウィシア』だった。
「私はあの戦争で、すべてをなくした。兵隊に髪を掴まれて、もう死んでもいいって思ったとき、頭の中で歌が流れたの」
「歌……?」
サヨネはスウっと息と大きく吸うと、歌い始めた。
その歌はさっき二人が歌った歌と同じだったが、何も違いは感じなかった。
歌い終わり、サヨネはほっとしたように笑った。
「良かった……」
「何が?」
「私の不思議な力はね、人を殺したことがある人に向けて歌うと、その人は力を失うの」
「……じゃあ君は、僕が人殺しか試したわけか」
拗ねたようにカイウが言うと、サヨネは笑った。
「念のために……ね」
「それにしても、すごい力だね。【罪人を裁く歌姫】って感じでかっこいいし」
「……そうでもないの」
「え?」
「私の力は、私が殺意を込めると発動する。殺意の量を間違えれば、相手は最悪死ぬ」
カイウは、背筋が凍ったような気がした。
「それって、つまり」
「私は、人を殺した。奴隷商人を。……ついカッとなって、殺意の量が多くなったの」
「でも、それは……」
「理由がなんであろうと、私は人を殺した! 目に焼き付いてるの……。目の前で、人が光に包まれて、チリみたいになって、消えていくのを……」
一筋の涙が、サヨネの頬を伝った。
「この研究室は声が反響するでしょう? だから、私は歌ったの。殺意を込めて、自分を殺そうとした。でも……」
サヨネはまっすぐにカイウを見た。
「死ぬことはできなかった。何回も、何回も歌った。でも、何も起きなかった。そしたら、あなたが、来たっ……」
そこまで言うと、サヨネは嗚咽をあげて泣いた。
カイウは彼女を子供のように泣きじゃくるそっと抱き寄せた。
――――彼女だけには、絶対に知られてはいけない秘密があった。
彼もまた、絶望の淵に立たされ、不思議な力を得ていたことを。
後に、破壊する者【ブレイカー】と呼ばれる力を。――――
読んでいただき、ありがとうございます。
(上)はほとんどほのぼのだったのに、(下)はシリアスっていうか……。
説明多くてすみません。あと『殺』って字多すぎて怖いです。
書いているうちにできた設定があったり、登場人物の性格が不安定だったりと、思い立ったら即ダッシュ!!…はいけませんね。
ではでは、鬼灯コハクでした。続きをお楽しみに~。




