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プロローグ すべてのはじまり

本編開始よりも数十年前の出来事です。

 ここは、どこかで何かが起こりそこねている世界。




 フィエナ国・元宮廷専属魔道士長、ダノン・チェスナットは非常に苦悩していた。


 魔道士とは何か?

 どこかの国の陰陽師のようなものと考えて、当たらずとも遠からず。

 天文の観察や吉凶の判断などを通して世の中の安定に貢献していた…はずだった。


 しかし、時代は変わった。この国の政治体制ががらっと変わってしまった。


 それと共に政治の表舞台から彼らは追放され、訳の分からない術を用いて人々を惑わす存在として、新しい政府から弾劾される身となってしまった。

 だいたい、革命のせいで、主要な活動場所だった王室がもうなくなってしまったんだから、もうどうしようもない。

 今、危険人物と目される彼らを助けてくれるものは、だれもいない。


 ダノンは覚悟を決めると、侍女のチェリー・スカイを自室に呼び寄せた。

「旦那さま、お呼びでございますか?」

 ダノンは特に何も言わず、彼女を自分の脇に座らせた。


 灰色の大きな瞳をしたチェリーは、ダノンにとって、今現在もっとも心安らぐ存在。

 なにしろ人知れず子どもを産ませてしまったのだから…


「チェリー、今日の新聞にこんなことがかいてあったぞ。」

「なんでしょうか?」

「“王制時代に使われた占い・呪術の類に関する知識を公にすることを禁止する”らしい。

まったく、占術だの、呪術だのというものを信じる時代は終わったらしいな。」


 ダノンは寂しそうに言った。彼とその先祖たちが、代々家業として受け継いできた知識は、無用のものであるばかりか、罰せられる対象となってしまったのだから。


「そんなことはございません。今まで旦那さま方がいかに大切な役割を果たしてこられたのか、今に世間も思い直しましょう!」

「いや、時代はもう、元には戻らない。もうこの家も、我々も、終わりだ。葬り去られるしかない…」

 動揺して叫ぶチェリーに対し、ダノンは静かに事実を告げた。


 どうしてこうなってしまったのか?そして、これからどうやって生きていけばいいのか?

 そもそも、生きていくことを許されるのであろうか?

 2人とも、ややもすればじっと黙りこんでしまいそうになる。


「そこでだな、チェリー。お前のために1つ提案がある。」ダノンは気力を振り絞って言った。

「なんでございましょう?」

「ジャスパーを連れて、どこへなりとも逃げろ!」

「それは…どういうことでございますか!?」

 ジャスパーとは、チェリーとダノンの5歳になる息子。使用人小屋で、世間に知られずに育てられている。


「お前たちの存在は、まだ世に広く知れ渡っているわけではないからの、今ならまだなんとかなる。だから、生きのびて欲しい。」

 チェリーは、正式に結婚した相手ではないから、彼女とその子の存在を知っている人はまだあまりいない。

 今ならまだ、きっと間に合う。逃げ切れる。


「そんな…」チェリーは泣き出してしまった。

金子きんすも、服も、お前が望むだけ持っていけばよい。それで、ジャスパーを、普通の立派な人間として育ててやれ。分かったな?」

 ダノンは必死だった。自分の血をひく人間を残す方法が、これ以外にあるとは思えない!


「はい…はい!」そこで、チェリーはやっと顔をあげることができた。

「きっと、きっと、あの子と生き抜いてみせます!どうか、お守りください。どんな目に遭おうとも…」




 チェリーは、ある決意をしてダノンの屋敷を出た。

 ほとぼりがさめたら、この子には、いつか、チェスナットの名字を名乗らせてやりたい。

 重要な位置を占めた一族の血を、ちゃんとひいているんだということを、なんとかして、子孫にまで伝えてあげたい。


 それには一体、どうすればいいんだろう…




 それから数日後のことであった。

 新政府のもとに、ダノン・チェスナット邸から、ダノンとその家族たちが自害しているという連絡が入った。

 

 新政府の対応は苛烈を極めた。

 チェスナットの屋敷は、住人達とともに、すっかり焼き払われてしまったという。


 それは、怪しげな術で人々を惑わし、国を惑わす者が、再び現れないようにするため…





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