愛しいあなたへ
ある朝目覚めると不思議で温かな記憶があった、それは自分の前世の記憶だとするりと心に染み込んだ。
カリーナ・ラグラスは伯爵家の一人娘である、仲の良い両親の元に生まれ周りの人々にも恵まれすくすく育った。
そんなカリーナが六歳のとき婚約者が決まった、シルヴィオ・セレストというカリーナの二つ年上の少年だ。
シルヴィオは前公爵の後妻の子どもで現公爵である彼の兄とは十六歳差、前公爵夫妻が事故で亡くなったことで兄が当主になり家の中では微妙な立場となったシルヴィオはラグラス家に婿入りし次期伯爵として学ぶという名目で厄介払いされるようにラグラス家に預けられることになった。
そんな大人の事情など知らないカリーナは婚約者が一緒に住むことがとても嬉しく浮かれて、現世と前世でたくさん愛されてきたように自分も婚約者を目一杯愛そうと意気込んでいた。
そしてシルヴィオはラグラス家にやって来た。
青みがかった灰色の髪に黒の瞳、前世でカリーナを愛してくれた人達と似た懐かしさと安心感を覚える色合いに綺麗な顔立ち、カリーナはたちまちシルヴィオを気に入った。
しかしシルヴィオはとても不安そうにしていた、それはカリーナにも身に覚えのあるものだった。
カリーナの前世は幼い頃に親と引き離され、何度かの引越しを経て新しい家族の元へ引き取られた子だった。慣れない場所も知らない人もはじめはとっても怖かったし緊張した、でも家族になった人は優しく撫でて声を掛けてくれ、だんだんと慣れていった。
今までよりも広い場所で知らない所を探検するのが楽しくて、優しい人が撫でてくれるのは気持ち良くて嬉しくて、美味しいごはんも食べられて、いっぱい褒めてもらえる、新しいおうちが大好きになった。
だからシルヴィオも最初は不安でも、私たちのことも家や領地のことも大好きになってもらいたかった。
そのためにカリーナは屋敷の中も庭も幼い2人が入っていい場所は全て案内した、お気に入りの場所も秘密の隠れ家も色々な場所に二人で行った。
さらにシルヴィオの見た目や言動の好きな所、すごい所、格好いい所を見つけては度々褒めたし、美味しいごはんやおやつも一緒に食べ、彼の好きなものを聞き出して料理長に彼の好きなものとついでに自分の好物を色々作ってもらったりもした。
そんなこんなで最初は緊張や不安が感じられたシルヴィオも少しずつ慣れて、楽しそうに嬉しそうに笑顔を見せてくれるようになった。
そうして月日は経ち、二人は時々けんかもするけれど辛い事や悔しい事があっても励まし合って、いつからかお互いに愛を伝え合うことが日常になり、仲良く楽しくやってきた。
今日は二人の結婚式、きっとこれからもずっと愛するあなたとともに幸せに暮らしていくのだ。
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シルヴィオの妻はとても可愛い人だ。
初対面のときカリーナはとてもそわそわニコニコしていたが、僕はとても緊張していた。
生家ではとても窮屈に過ごしていた。
異母兄は実母が亡くなった後に自分と歳が近い後妻を娶った父に嫌悪感を覚えていて、そんな二人の子どもであるシルヴィオとも距離を置き結婚を機に敷地内の別邸へ移った。
そんな中、両親はシルヴィオが四つの時に亡くなり異母兄が年若くして当主となる、シルヴィオは両親が亡くなったことを受け止め切れず塞ぎ込んだが、異母兄も当主としても忙しい上に自身の子が生まれたばかりで余裕が無く、公爵家に相応しい衣食住と年齢に合った教育を与えるのみで、兄の家族と関わる事もほぼ無くシルヴィオは寂しく過ごしていた。両親の死から四年経ち突然婚約の話と婚約者の家に預けられることを伝えられ、当時は兄の気持ちもよく分からず捨てられたのだと思って人間不信気味だった。
ラグラス家に来て不安でいっぱいの僕をカリーナはとても嬉しそうに話しかけ手を繋ぎ色々な所へ連れ回した。
キラキラした目で何度も褒められ、好きだと言われ、何故かたくさん撫でられた。幼い頃過ぎて記憶は朧げだが両親にだってこんなに褒められたことはないはずだ。
なんでこの子はこんなにも愛してくれるのだろうか。こんなに全身で愛を伝えられて、いつの間にかカリーナが大好きになっていた。
カリーナは子犬のように走り回り、楽しそうにお喋りするのは小鳥のようで、大きな音が苦手なところはうさぎみたいで、寒くなると猫のようにくっついてくる、そんな女の子だった。
何年か経ち僕はラグラスの家にもすっかり馴染み家族の一員となった。生家ではしたことのなかった喧嘩をしたり、
家族でもカリーナと二人でも色々な事をして色々な場所へ行った。カリーナのことは昔から大好きではあったけど少しずつ異性として意識し合うようになり、こちらが距離を詰めようとすると普段はなんの遠慮も無くくっついてくる癖に恥ずかしがって逃げようとするカリーナはやっぱりとても可愛い。
そして僕たちは結婚して本当の家族になり、時には大変な事もあったけど幸せに幸せに暮らした。
歳をとり可愛いお婆ちゃんになった彼女はある日家族を呼び集めた、子ども達や孫に囲まれて穏やかに息を引き取った。先立たれる辛さよりも、寂しがりな愛しいあなたを見送ることができて良かったと思えた。
ある時、こっそり教えてもらった二人だけの秘密は彼女の前世は人間ではないけれど優しい飼い主のもと幸せに暮らしていたという話。夢なのかもしれないと言っていたけど、案外本当だったりして。
これは愛おしいあなたへの祈りでありはなむけ
いつも私を癒して笑顔にしてくれた小さなあなたへ
可愛くて面白くて、賢くてお利口だけど時々いたずらっ子で、美味しそうに食べるところも、楽しそうに遊ぶ姿も、たまに甘えてくるところも、無防備に安心して眠るところも、全部全部愛おしい。
私のこと好きでいてくれたかな、一緒に過ごす日々があなたにとっても幸福であったらいいな。
もしも本当に転生があるなら、どうか健やかに幸せで大切な人達に囲まれて天寿を全うできますように。
ありがとう、さようなら、ずっとずっと大好きだよ




