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焔流剣術

 2日歩き通し、晴奈はようやく街道を進んでいた雪乃に追いついた。

「えっ……!?」

 あちこち土で汚れ、擦り傷だらけになった晴奈を見て、彼女はとても驚いた目を向けた。

「えっと、……晴奈ちゃん、……だったわよね?」

「はい!」

「どうしてここに?」

「柊さん。私を、……私を、弟子にしてください!」

 晴奈はいきなり雪乃の前に座り込み、深々と頭を下げた。

「ちょ、ちょっと、晴奈ちゃん。あの、困るわ。私も、修行中の身だから」

「お願いします!」

「いや、あの、うーん……。あ、そうだ、お家の方と相談して……」「縁を切りました」「え!?」

 晴奈の言動に雪乃はまた目を丸くし、絶句してしまった。


 その後、雪乃から思い直すように長々と説得を受けたが、晴奈がまったく折れようとしなかったため、ついに彼女は諦めた様子を見せた。

「熱意は……まあ……分かったわ。でもね、私はまだ修行中の身であるし、私が稽古を付けることはできない。それは理解してほしいの。だからともかく、私の師匠の所へ一緒に行きましょう。その人なら晴奈ちゃんが十分納得するよう、修行を付けてくれるはずだから」

「……分かりました」

 晴奈は渋々とこの条件を呑み、彼女と共に、その師匠のところへ向かうこととなった。




 そして街道をひたすら南へ1週間下り続け、2人は岩場に建つ巨大な要塞の前に到着した。

「ここが私の属する剣術一派、焔流(ほむらりゅう)の総本山であり、央南各地の剣士が修行の場にしている場所、通称『紅蓮塞(ぐれんさい)』よ」

「ここ、が……」

 その建物を見上げ、晴奈は思わず息を呑む。建物全体から、ビリビリと迫力が伝わってくるように感じたからだ。そこはまさに、霊場と呼ぶにふさわしい場所だった。

「さ、入るわよ」「あ、は、はい!」

 雰囲気に圧倒されながらも、晴奈は勇気を奮い立たせて彼女に付いて行く。塞の中には修行場やお堂があちこちにあり、どこを見ても剣士たちがたむろしている。その光景に晴奈は強い威圧感を覚え、たちまち不安が湧き上がった。

「あ、あの」「ん?」「……いえ、何でも」

 喉元までせり上がっていた不安をその一言で押し留め、晴奈は精一杯の笑顔を作る。

(言っちゃったら柊さん、『やっぱり無理よ』って言うかも知れない。……ここまで来て、帰るなんてできないでしょ、晴奈!)

 晴奈はぐっと我慢し、彼女の後をひたすら付いて行く。やがて雪乃はある部屋の前で立ち止まり、晴奈に振り返った。

「ここが私の師匠――現焔流の家元、焔重蔵先生のお部屋よ。気さくな方だけど礼儀には厳しいから、気を付けてね」

「はい」

 雪乃は「失礼します」とふすま越しに声をかける。ややあって「開けてよいぞ」と、ひょうひょうとした老人の声が返ってきた。

「ご無沙汰しておりました、家元」

 雪乃がふすまを開けると、部屋の奥に短耳の、好々爺(こうこうや)然とした老人が正座して本を読んでいる姿が晴奈の目に映った。

「おお、久しぶりじゃな雪さん。……うん? そちらの『猫』さんは?」

 老人と晴奈の目が合う。瞬間、晴奈の背筋に汗がつつ、と流れた。

()()……!? 何だろう、この人? まるで燃え盛る炎が、すぐ近くにあるみたい)

「おう、失礼。幼子に向ける視線ではなかったな。どうも近頃、老眼がきつくての」

 老人は眼鏡を外し、晴奈ににっこりと笑いかけた。

「わしは焔重蔵、見ての通りのじいさんじゃ。名前を教えてくれるかの、お嬢さん」

 やんわり尋ねられるが、晴奈は姿勢を正してはきはきと挨拶する。

「はっ、はい! 黄晴奈と申します!」

「おう、おう、そんな大仰にせんでもいい。それで晴ちゃん、わしに何の用事かの?」

 促されるまま、晴奈は自分の要望を伝えようとしたが――。

「あ、あの、私、柊さんに憧れて、あの、えっと、柊さんみたいになりたくて」

 緊張のため、晴奈の口からは要領を得ない言葉の羅列が続く。やむなく雪乃が代わりに、彼女が焔流への入門を希望している旨を説明した。

 話を聞き終えた重蔵はあごを撫でながら空を見つめ、「ふむ……」とうなる。

「どうでしょうか、家元」

 雪乃に尋ねられ、重蔵は何度か短くうなずきつつ答える。

「まずは試験を受けさせて見なければ、何とも言えんな。何をおいても、まず資質がなければ、うちの剣術の真髄を身に付けることはできんからのう」

 重蔵はそう言って立ち上がり、背後に飾っていた刀を手に取った。

「とは言え魔力が高いと言われておる『猫』さんじゃったら、その資質も申し分ないじゃろうが……そうは言っても『これ』は、最初に説明しておかなければのう」

 重蔵はそこで言葉を切り、晴奈と雪乃を部屋の中央に来るように手招きする。促されるまま座り直したところで、重蔵は説明を続ける。

「うちの流派は、その名も『焔流剣術』――読んで字のごとく(ほむら)、つまり火を操る剣術なのじゃ。このようにな」

 途端に重蔵の構えた刀の切っ先にポン、と火が灯る。

「……!?」

 初めて見る光景に、晴奈は声も出せないほど驚いた。その間にも刀に灯った火はそのままするすると刃先を走っていき、やがて刀全体が火に包まれる。そこで重蔵は上段に剣を構え、振り下ろした。

「やあッ!」

 振り下ろされた刀から火が飛び、そのまま床を走る。ジュッと床が焦げる音がし、壁際まで火が走り、しかし燃え広がることもなく、すぐに消えた。

「あわわ……」

 目を白黒させる晴奈を面白がるような顔ぶりで、重蔵はこう続けた。

「これこそが焔流剣術の真髄。刀に火を灯し、剣閃に炎を乗せて敵を焼く。火術の知識と技量はもちろん、本来の剣術の腕も不可欠。

 剣を極め、焔を極める。晴ちゃん、自分にその覚悟と資質はあるかな?」

 重蔵は刀を納め、晴奈に笑いかけながら問いかける。

 晴奈はまだ動揺していたが――口を開いたところで、出るのは先程と同様のめちゃくちゃな言葉の羅列だろうことは分かっていたので――黙ったまま、コクリとうなずいた。

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