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男爵令嬢(庶子)は言われた通り素直に述べた

作者: 月森香苗

※台詞多めです

 王立学園では最近少しどころか割と大きな意味で問題が生じている。それが、平民から貴族になった令嬢が婚約者の有無を問わず様々な令息を誑かそうとし、それに引っかかるというものであった。

 件の令嬢は平民から貴族になったから貴族の礼儀がまだわからない、とか、平民ではこれが普通だったとかそういう事を言って、異性への身体的接触を躊躇わないのだ。


 正直言って、私はそれを聞いた時に思い切り不愉快になった。沢山理由はある。そしてその理由があるからこそ、私は教師も立ち合いの会議室に呼ばれていた。


「それではこれより、デンツァ男爵家のフェデリカさんに質疑応答を行います。これらは全て王宮より派遣された書記官により記録されます事を承知の上、嘘偽りなく真実のみを語って下さい」

「畏まりました」


 取り仕切るのは学園の教師の中でも実家の爵位が最も高いベニート先生で、王弟だ。とは言ってもベニート先生は正妃の子供ではなく、沢山いた側妃の一人から生まれた異母弟で、王位継承権は幼い頃に放棄している。


「昨今学園内では風紀が著しく乱れる出来事が生じているが、それは知っているかな?」

「はい。存じ上げております」

「その件で君はどう思っているか、素直に述べてくれるかな?」

「畏まりました」


 風紀が乱れる出来事。それはバドリオ子爵が愛人に産ませた庶子を引き取りこの学園に入れた事に端を発している。


「まず、私はデンツァ男爵の妾の子供です。即ち庶子です。私も三年前まで平民として暮らしていました。ですが、デンツァ男爵の夫人には子が出来ませんでした。ただ、私の母は夫人公認の妾と言いますか、何と言えばいいのか。私の家の事情は話した方が宜しいですか?」

「差し支えなければ」

「わかりました。まず、母は元々父の婚約者でした。結婚まで後少しと言う所でしたが、母の実家の領地は十数年前の災害により壊滅状態で復興出来ず、爵位の返上となりました。爵位の返上に伴い平民になった母でもデンツァ男爵家は受け入れようとしましたが母がそれを断り、正しく領地の為になる夫人をという事で、伝手を頼って現夫人との縁繋ぎを行いました。ただ、はしたない話ですが両親は結婚があと少しと言う事もあり、婚前交渉を行っておりまして、妊娠が発覚しました。夫人は体が弱く、幼い頃に大病を患い薬を飲む生活をしていたのもあって子が出来るかわからないという不安を抱えていましたので、万が一にもと言う事で私の出産を認めました。それどころか、不祥事ではなく自然災害による没落ですので、本来であれば男爵家の子として産まれる筈だった私が庶子になるのは忍びないという事で、父の妾として生活の援助をしてくれるという話になりました。私がその時に養子にならなかったのは夫人が子を生んだ時に先に私がいるという事が問題になると思われたからです」


 婚前交渉の是非については色々あるだろうが、私を取り巻くものに関しては一般的な貴族社会の中では例外的だと理解している。

 私の母が弁えていたのもある。現夫人とは友人関係で夫人の体の事を知っている事も大きかった。両親は本当に仲が良くて夫人からも祝福されていたけれど、まさかの自然災害による没落は誰もが想像してなかった事だろう。何よりも夫人は母が妊娠している状態で別の女が妻となった場合、母娘揃って消される可能性を考えてならば自分がと受け入れてくれたという。

 まあそんなわけだから夫人と母の間にわだかまりはない。ただ、男爵家で暮らすのは母が遠慮したので、領邸に行ける程度には近い町で私達は暮らしていたし、月に一度は顔を見せにも行っていた。私にとって夫人は第二の母である。


「貴族としての教育は受けていませんでした。母は何時か夫人が子を成せることを願っていたのもありましたので。本当に最低限のテーブルマナー位でしょうか。それだけは役に立つからと言われたので教えられましたが、後は普通に平民として生きていました。ですが十二歳の時に、夫人から子が出来るとはもう思えないしこれ以上は頑張れる気がしない。なので私を養子にしたいと母に申し出がありました。母は悩みましたが、私の意思を確認した上で私も夫人の切実な願いを叶えたいと思い養子になりました。そこから三年間をかけて貴族としての勉強をし、この王立学園に入学しました」


 ここまで一気に話した後、用意されたお茶を少しだけ飲ませてもらう。

 ベニート先生以外にもこの部屋にはそれなりの人数がいて視線を感じるけれど、喉が渇くのだから仕方ない。

 カップを戻すと私は続きを語り始めた。


「風紀の乱れについてですが、私が知る限り、平民から貴族になったのでマナーが分からない。平民だったら身体接触は普通である。というのが私の耳には届いています。この件に関してですが、平民に対して大変失礼です。というのも、平民とて異性との距離は適切に保っています。恋人でないのに腕を組むなど言語道断です。友人でしかない女が自分の恋人にくっついていたら殴り合いの喧嘩に発展します。そういう女は基本的に嫌われますし、そう言う女に引っかかった男は女を見る目が無いとして一気に町中に広まり肩身の狭い思いをします。婚約者でも恋人でもない女が胸を押し付けるなんて娼婦のやる事です。高級娼婦ではありません。平民が通える程度の娼婦です。ですが彼女たちはお金をもらっているので商売の一環でしています。つまり、無銭でそんなことをするのは商売女以下です」


 こういう時はきっと顔を作らなくていい、と判断した私はものすごく嫌悪感に満ちた表情をしている事だろう。町で暮らしている時に浮気をした男はぶん殴られていたし、浮気相手の女も殴られていた。あの時のお姉さんの顔は怖かった。


「平民から貴族になったのが確か三年ほど前でしたか。私も三年前に貴族になりましたが、きちんと勉強すれば最低限は出来ます。実際に礼儀作法の授業でも合格点は取得しています。寧ろ、男爵家よりも子爵家の方がお金に余裕があるでしょうに、三年間の猶予があって何故学んでいないのかが不思議でなりません」


 ちらりと視線を向けたのは件の問題児である子爵家の令嬢。うるうるとした目で傍にいる令息に抱き付こうとしたが、私が言った「商売女以下」という言葉に思う所があるのかすっと体を引いていた。

 彼らの対面には彼らの婚約者である令嬢達が座っているけれど綺麗な笑みを浮かべたままである。うん、淑女の微笑みは完璧です。


「ころころ変わる表情が愛らしい、とか何とか。はっきり申し上げまして、それこそ貴族として何も学んでいないという証拠です。私も平民として生活していた時はころころと表情が変わっていましたが、貴族社会、特に淑女教育では淑女の微笑みこそ真っ先に体得せねばならない義務があると教わりました。直ぐ泣く女、貴方だけしか頼れないのと言う女、私だけには弱音を吐いてねと何度も言う女は信用ならない女である、とも教わりました」


 心当たりがある令息達の顔色が悪くなっていく。

 子爵令嬢は何時でもどこでもよく泣きます。子供でもそう泣かない程にぼろぼろぼろぼろとよく泣くのですが、体内の水分が無くならないのか本当に不思議で仕方ない。


「これは平民男性が言っていたので貴族男性に当てはまるかは分かりませんが。『普段ツンツンしている女が自分の前だけでは素直になってくれるっていうのが最高に良いんだよ。そう言う態度や表情を引き出せるってのが男としての甲斐性なんだ。それが出来ないのは男としての度量が無いって事だろ。ちゃんと大事にしてれば女は自分に心を開いてくれるし可愛い顔を見せてくれるんだよ』と。隙を見せてはいけないのが貴族だと学びました。婚約者の方に不満を抱いているという事ですが、そもそも隙を見せてもらえない自分の不甲斐なさを棚に上げて責め立てるのは実に滑稽だなと思っていました」

「痛烈ですね」

「そうですか?少なくとも、女性の友人を作らず男性ばかりに囲まれて悦に入っている女よりも、たった一人の男性以外には肌を許さない貞淑な女性の方が女として素晴らしくありません?仮にですよ、多くの男性に囲まれている事を自分のステータスだと思っていても、この学園を卒業すれば社交界と言う大きな世界が待ち受けています。男性には男性の、女性には女性の社交がありますが、今この時点で女性の友人がいない女が社交界を渡り歩けるわけないのです。本当に愛されている人と言うのは女性の友人がいる事が大前提ですよ」


 私は男爵家の庶子と言う立場ですが、友人はそれなりに出来ました。家庭の事情が事情ですし、下位貴族であれば知る人は知るというものだからね。

 ああ、令息達の顔がもう真っ青とか土気色とか、とにかく酷いものだ。子爵令嬢だけが喚いていますが無視です無視。


「そちらの令嬢がお茶会に招かれないのは当たり前です。まず、礼儀作法の授業に合格していないのですから。サロンで開かれる個人主催のお茶会への参加条件は礼儀作法の授業に合格している事です。何度も補講を受けるようにと言われていたはずですが、皆様が何かと連れて行くので先生も困っていましたよ。まあ、受けずにいるのは構いませんが、このままですと退学処分になるだけですし。ええ、そうですよ。礼儀作法は一年生の時しか受講できません。そしてこれに一年終わりの進級試験の時に合格していなければ強制退学であるというのは通達されています。貴族ですから合格出来て当たり前ですし、補講だってありますのに」


 ああ、また喉が渇いた。

 室内は完全に別れている。

 子爵令嬢に誑かされた令息達はもう瀕死の状態です。後少し突けば死んじゃいそうな雰囲気だ。

 令嬢達は完璧な笑みを崩していませんが、私を見る目は柔らかい。ここで何を言っても令嬢達が守って下さるという言質を取っているのでね。彼女たちに不利にならないように、ただ真実だけを語るのが私のお役目であることに間違いはない。


「平民でもドン引きの振舞いをする令嬢に、生まれながらに貞淑であれと育てられた令嬢達が近寄らないようにするのは当然の事です。理解しがたい存在なのですから。皆様方に忠告を最初はしていたのに最近ではそれも無かったと思います。その理由は簡単です。商売女以下の女をもてはやす男性が理解出来ないし汚らわしい存在に成り下がっているからです。一人の女を複数で共有する男性と言うだけで気持ち悪いのです。今でこそまだ成人前だから清い関係でしょうが、成人になってもなおその関係が続く場合、体の関係込みで共有し続けるのですか?同時進行でそれをして皆様平気なのですか?少なくとも私が知る限り、そう言う女は貴方だけ、と言いながら他の男達とも繋がり続けていますよ。子供が出来たとして誰の子かわからず、その中で一番地位が高い男を父親にしますよ。不特定多数の男と行動する女というのは最終的にそうなるという事です。血を大事にする貴族が婚姻相手の女性に純潔を求めるのは誰の子供かを明確にする為です」

「随分と生々しい話にまで言及するんですね、君は」

「はい。このまま進んで行くと必ずこの問題にぶつかりますので。ならばここで現実を見せておかなければ、絶対に今以上の問題に発展します」

「私もそう思うよ。他にもまだ言いたいことはあるかな?」


 私は頷いた。

 既にダメージを受けすぎて瀕死の彼等にとどめを刺すのに申し訳なさはない。だって彼らの所為でそこの子爵令嬢よりも爵位が低いけど大体同じ立場の私だって同じようなことをするのではという疑惑を抱かれたのだから。


「これは他者より聞いた話ですが、皆様が集まっている時に話の中心となるのはそちらの御令嬢で、その内容は主にドレスの話、宝石の話、最近出来たカフェの話、流行の演劇の話ばかりと聞いていますがお間違いないですか?」

「あ、ああ」

「ご回答ありがとうございます。お伺いしたいのですが、男性にとってその会話、楽しいですか?例えば宝石の話。国内有数の産地となる領地に絡めた話をされましたか?その宝石をもし手に入れる事が出来たとして、ならば領地の為にどのように役に立てる事が出来るか、などの話はされましたか?ただ、この宝石綺麗ね。憧れちゃうわ。良いなぁ。と強請るような事を言われたのではありませんか?そして誰かしらプレゼントされたのでは?知っていますか?それ、娼婦の手口ですよ。同じような装飾品やドレスをプレゼントさせて売り払うんです。一つを残して。そうしてお金を得るんです。普通なら大事な人から貰った物は大事にしますけれど、皆様が大事じゃないから売り払うんです。因みにそちらの御令嬢が売り払ったというのはきちんと確認をとっています。これは国王陛下のご命令で確認されている事ですので誤りはございません」


 王立学園と言うのは王家が管理運営している。だから、学園内での問題は最終的に国王陛下が絶対的な権力で調査などを命じてくれる。

 実は今回の騒動に関して、ここにいるご令息の内の数名が王太子殿下の側近の弟達。そして王子殿下はいませんが王女殿下が一つ上の学年に在籍している。

 王女殿下は大変不愉快に思われてこの度の件に関して「二度とこのような事が起きないように徹底的に叩き潰して未来の脳内花畑女達に可能性というものが無いという事例にするように」と言った感じの事を言われている。

 入学して半年も経たずに風紀の乱れに発展しているのですからすごいと思う。


「中身のない会話を楽しむのは結構です。知っていますか?会話が面白いと感じるのは同じ知識レベルの人同士らしいですよ」

「興味深いね。どういう事か詳しく教えてもらえるかな?」


 ベニート先生がちょっと興味深げになったので私は「わかりました」と頷いた。


「例えば、一つの演劇を見たとしましょう。『とても素敵だった』と言う感想が出てくるまでは共通です。そこからは知識の有無が出て来ます。『あの俳優さんかっこよくて素敵だった』で終わるのか、それとも『今回の脚本は隣国出身の誰々が手掛けたものだからか、途中のあの部分にはあちらの伝統である何々が表現されていたね』『ええ。それに伴って衣装も当時のを踏襲しているのが分かりましたわ。途中の歌ではあちらの言葉で自然を賛美している所がありましたわね』なんてちょっと高尚な会話になるか。知識があるかないかでこんなにも違うのです。絵画やワインでも同じような事が起きるでしょう。これが知識レベルによる会話の面白さの違いです」


 ぶっちゃけて、馬鹿相手に会話するのも苦痛であれば天才相手と会話するのも苦痛と言うのはあるあるの話。


「彼女にプレゼントを贈った人は家から与えられている予算の中から捻出しているとは思いますが、こういうタイプの女性と言うのは特定の一人を決めずに貴方が一番大事なの、特別なの、と言いながら関係を維持しつつ貴方達から搾取し続けますよ。そしてお金が無くなり貢ぐ物が無くなれば簡単に捨てます。心当たりがあるのではないですか?とある子爵家の令息は早々にプレゼントを贈れなくなってからは見向きもされなくなったと嘆いていました。皆様はそれを知っているから彼女の関心を引きたくて贈り続けていますよね、競い合うように。風紀の乱れという事ですが、私からすればその年で男を手玉に取るような女の手練手管に騙された哀れな若い男の喜劇としか思えません。まあ、ハニートラップに弱いというのがご家族に露呈して今後の進退に影響が出ているのではないかなとは思いますが」


 この間も子爵令嬢は色々叫んでいたけれど、私はこれまでの鬱憤を晴らすかのようにとにかく色々とぶちまけた。この中で最も立場の低い私だけど遠慮なく言っていいよ、とは前もって言われたので全力だった。


「以上を持ちまして私の素直な考えとなります」

「ありがとう。さて、この場に呼ばれた君達は理解出来たかな?」


 ベニート先生が視線を向けたのは当然令息の方である。令嬢達はすっかり冷めてしまった紅茶を飲んでいるけれど温かくないけどいいのかな、とちょっと気になる。

 なんというか、最後の最後はもう死体蹴りになっていた気がするけれど、もう二度と同じ目には遭わないのではないだろうか。というか下手したら女性不信になっても可笑しくはないけど、ちゃんと婚約者である女性を大事にしておけばよかった話だ。


 私はこの話をする為に呼ばれただけなのでもう帰っていいよ、と言われたので遠慮なく会議室を出て行った。後がどうなるかは分からない。

 少しは学園が落ち着くと良いな、と思いながら教室に向かった私には、一週間後に子爵令嬢が退学する事とか、数名の家で跡取りが代わったりする事は想定出来なかった。想定は一か月後くらいだったので随分と早くに処理されたんだな、と言うものだけど。

またもやリハビリ作品。


なろうでは低位貴族の庶子が逆ハーレム作る話はよくあるけど、別に庶子って一人だけじゃないだろうなぁ、と思ったのと、敢えて逆ハーレム作った女よりも爵位的に下の子を主人公にして「平民上がりだからって一緒にすんな」っていうのをやりたかっただけの話。

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自分の意思で逆ハーレム作ったんならそれはすごいな。 アパートに鍵かけてたのに無理やり入ってきた元婚約者とは全然違う話だ
どこの世界も、貴賤を問わずに道徳は一緒だから、平民だからと言って異性にベタベタするのは常識外な存在です。 平民でも「男女七歳にして異性と同衾せず」は、洋の東西を問わずに共通して当たり前な道徳観なんです…
平民のハーレム女は物理で制裁受けるけど貴族は社会的に制裁の方を受けるからなあ
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