第四章59話『襲撃と再会』
体をどうしようもない疲労感に襲われ腰を下ろしていたアンの元に、腰に黒い剣をさした青髪の少年が馬に乗って駆けつけた。
「アンー! 倒したのか!?」
「うん。なんとかね」
レックスと話して謎の安心感を得ていたところ、瓦礫だらけの地下牢の入り口から、シュテルニスと、着替えて首輪もついていない百人の囚人たちが出てきた。
「アンの旦那! それにレックスの旦那! ご無事で何よりでありやす。ーーされども、ここにも旦那の首輪の鍵はありやせんでした」
「ここにもないのか……分かった。ありがとう。ところで、シュバイスはーー」
どうしたんだ、とレックスが言えなかったのには理由がある。ーー地区庁舎の南門が、激しい爆発と共に破られ、二人の男の影がレックスたちの前に姿を現したのだ。
「我、東区の区長、スーホ•トラムである」
「私は、北区の区長、フォンド•クロムと申しマス。以後、お見知り置きを」
後者の黒いローブを纏い、右手に茶色の長い杖を握っているフォンド•クロムと名乗った男は、普通のニンゲンだった。
一方前者の刀を所持している男は、上半身は老人の容姿をしたニンゲン。しかし、下半身は馬のような四本足だった。
「おやおや、そちらに倒れているのは、南区の区長であるスタン•ガーオではありませんか?」
「ええ、そうよ。私が倒したわ」
「なんと! それは素晴らしいことなのデス!」
ここで二人の区長を相手にするのはまずい。それなら、こいつを人質にとって大人しく帰ってもらうしかない。
人質をとるというのには、少し抵抗があるが、そんな綺麗事言ってられない。
「ーーこ、こいつを殺されたくなければ、大人しく帰って!」
「ん? あー、そういうことデスか。別に、殺したきゃ勝手に殺してくれて結構デスよ。私には関係ないので」
全く予想していなかった答えが返ってきた。人質にしておきながら言うのも嫌だが、仮にも仲間だというのに、やつの脳内には仲間に対する情というものが存在しないのだろうか?
「ーー仲間じゃ、ないの?」
「はい、仲間デスよ。しかし、彼の身を重んじてスローン様の作戦に支障をきたすのは言語道断というものデス。それならば、ここで死んでもらう方がいいデスね」
あり得ないほどの忠誠心。ーー違う。奴は、あり得ないほど狂人なのだ。
普通に生きているニンゲンでさえ理解に苦しむ狂気。それこそが、フォンド•クロムなのだ。
そんな狂人とは裏腹に、隣にいた馬男が先まで開いていなかった口を、ようやくを開いた。
「ーーできれば我は彼奴を助けたいのだが、それはダメか? クロム」
「んー、そうデスね……それでは、こうしましょう」
「なんだ?」
すると突然、狂人が手に握っていた茶色の杖をこちらへ向けて、赤の粒子が集った。ーー魔法攻撃、それも大規模のものを放とうとしている。
「ーー全員、私たちが始末するのデス。もちろん、ジュリアス•レックスとネイレス•アンは、必ず生捕りデス」
「ほう、名案だな。ーーよかろう。我もそれに賛成だ」
そうして言い終わった途端、アンたちに向けて、狂人の杖から灼熱の爆炎が繰り出された。
それに対して馬男の方は、腰にさしていた刀を抜き、放たれた爆炎の跡を追っていた。
「ーーっ、いけない!」
「アルナイル!!」
繰り出された爆炎がアンたちを飲み込む刹那前、果たさない炎を星の輝きが断ち切り、青い星の輝きを纏った刀身が爆炎と共に現れた黒い刃と火花を立て合っていた。
「ーー力が尽きてしやいやした……お二人方、よければ某がお相手を務めやしょう」
「私はよろしいのデスが、そんな時間が、果たしてあなたにあるのデスか?」
「それは、いかなる意味で?」
「言葉の通りデスよ。現在北門に向けて千人の兵士が進行中デス。北門には確か、まだあなたたちの仲間がいたのでは?」
シュテルニスは目を大きく見開き、そして長い瞬きをして悩んだ。
アンは戦える状況ではない。
首輪が付いているレックスには、この二人の相手は厳しい。
解放した囚人にも、この二人の相手はおそらく務まらない。ーーシュテルニスみたいな逸材がいれば別だが、見た感じいなかった。
このままここに留まれば、『シュテルニス部隊』が全滅する。
だがここを離れれば、レックスたちがやられてしまう。
ーー背負うものが、多すぎる。取捨選択など、できるはずがない。
悩めば悩むほど、敵の思うツボだ。だが、どちらを選んでも片方を失う。
「某は、一体どうすれば……」
「迷うな、シュテルニス! 俺たちを信じろ。俺たちは、お前がいなくても負けねぇ!」
「ーーっ、旦那……」
根拠のない自信。人聞きは悪いが、今のシュテルニスかま一番与えて欲しかったモノだ。
だが、首輪という制限を背負ったレックスが、この二人を相手に戦えるとは思えないーー、
「だから、胸張ってシュテルニスを助けに行ってくれ!!」
できるかできないかじゃなくて、やると決めたならやる。信じると決めたのなら、難しくても信じる。それが、再び『星斬り』の名を冠すると決めた際に自分に刻みつけた刻印であるのだから。
「ーー分かりやした、旦那。それではご武運を!」
そう決意したシュテルニスは、刀を交えていたスーホ•トラムの体を力いっぱい蹴り倒し、そして北の方角へと駆けていった。
その背中をしばらく眺め、やがてこちらに振り向いた狂人が杖を天に掲げながら口を開く。
「ーーさてさて。一番厄介なのがどこかに行ってくれたことデスし、早く終わらせてしまいましょう」
「やってみろよ。やれるもんならなぁ!」
レックスは鞘から抜いた『魔剣』を振りかぶり、フォンド•クロムに斬りかかった。ーー斬れたのは、狂人魔法使いではなく空気だったが。
どこへ消えたのだと思い上を見上げると、そこには空を舞う黒いローブがあった。
「ーー『ブレイク冒険団』団長、ジュリアス•レックス」
「『爆裂術師』フォンド•クロム。それでは始めるのデス」
互いの名乗り合いが終わった直後、空を舞う杖の先端から無数の火の玉が放たれた。
なんとか全部避けたものの、こんどはそれらが地面とぶつかり、結果、空気を焦がすような巨大な火柱を立てて、爆裂そのものを世界に生みだした。
「あ、あっぶねぇ……ぶつかってたら、やべぇとこだったな」
レックスが生み出された火柱を眺めて胸を撫で下ろしていると、狂人の声がレックスに話しかけてきた。
「あなた、その剣はもしや『魔剣』では?」
「あぁ、そうだぞ」
「な、な、な、なんと! これは素晴らしいものを目にすることができました!」
空中ではしゃぎまくる狂人に、レックスが「そんなにいいのか?」と尋ねると、彼は半ギレでレックスの『魔剣』を指差した。
「『魔剣』、すなわちそれは魔王の証なのデス! もしやあなた、魔王なのでは?」
「俺が魔王だぁ? 馬鹿言ってんじゃねぇよ。むしろ俺は、その魔王の首を狙ってんだ。俺が魔王なわけねぇだろ!」
『魔剣』の剣先を、群青の瞳に映す狂人ーーいや、『爆裂術師』に向けて猛抗議するレックス。その答えを聞いて、フォンド•クロムは小さくため息をついた。
「そうデスか……それは残念なのデス。ーーそれでは、続けるとしましょうか。ーーあ、そういえばトラム。手出しは無用ですよ」
「フン。我の手出しが無用なことぐらい、分かっている」
どこか食えない表情を顔に浮かべるスーホ•トラムであったが、大人しくその黒い刀をカチッという音を鳴らして鞘にしまうのであった。
そんな音とは裏腹に、レックスの耳の中で透き通るような、しかし疲労し切った声が響き渡った。
「レックス……私も、たた、かう……」
なんとか体を起こそうとするアンにレックスが駆け寄り、剣を鞘にしまって、慌てて倒れそうな体を支えた。
「大丈夫だ、アン。後のことは、この俺に任せろ」
「レックス……分かっ、た……」
そうしてアンは、安心したように眠りへと誘われた。
眠りについたアンを抱き抱え、少し離れたところに寝かしつけ、それから再び『魔剣』の刀身を鞘から引き抜き、空に立つ『爆裂術師』の方を向いた。
「ーーありがとよ。待っててくれて」
「いいデスよ。それに私も、彼女を殺せば命がないところデスから。巻き添えで死んだなんて、報告できませんしね」
「ーーそんじゃ、再開といこうぜ」
「ーーフランメ!」
その瞬間、先と同じように、フォンド•クロムの杖から空気を焦がす灼熱の炎がレックスを襲う形で生み出された。
「ーーっ、よっと! あっぶねぇ……」
なんとか横に飛び込んで避けたものの、振り返れば先いた場所が火柱に包まれていた。
「まだまだいきマスよ! フランメ、フランメ、フランメ!!」
炎の球が三つ。それぞれ軌道も動き方も違うので、避けるのが超大変だ。ほんと、この首輪さえ取ることができれば、こんな奴一瞬で倒せるというのに。ーーいや、それは無理か。
「でもっ! このままじゃっ! 埒がっ! 開かねぇ!」
なんとか弾幕を避けながら対抗策を練ることを試みるも、どれだけ考えても今のレックスには、空中に居座っているフォンド•クロムに剣を突き立てる方法がないという結論に至ってしまう。
「アンは戦えない。というか、戦わせたくねぇ……やっぱり、ここは俺がどうにかするしかーーっ!」
打開策を考えてるうちに上で空気が軋むような音が聞こえたので見上げてみると、『爆裂術師』が杖をこちらへ向けており、その先端には見たことのない規模の赤い魔法陣が形成されていた。
「私の爆裂魔法の前に、ひれ伏すがいいのデスッ! ーーフランメ•ヘル!!」
直後、赤い魔法陣から世界を焦がす灼熱の爆炎そのものが放たれた。
あまりに規模が大きすぎて、避けようにも逃げ場などまるでない。斬るにしても、今のレックスにそんな力はない。
ジュリアス•レックスの冒険が始まって以来、初めて絶体絶命という言葉が似合う状況だ。
「くそっ、どうすりゃいいんだ……!」
「あなたたちはもう、終わりなのデスッ!」
ーー何をするにしても、もう遅すぎる。時間を巻き戻すことができれば、どれだけいいことか。
上手く『魔剣』を使ってあの爆炎を断ち切ることができるのではないか。あの爆炎がもし地面に触れて爆発すればこのあたりは全て吹き飛ぶのか。そもそもあれを喰らえば確実に倒されてしまうのか。この首輪をあの爆炎で破壊することができるのではないかかかかかかーーあー、こりゃだめだ。頭が上手く回らない。
『ーー約束だよ。レックス。いつか、このお花を持って私を迎えに来てね」
こんな有様じゃ、約束を果たすことなど叶わない。あー、くそっ! どうにかしなければ。
「ーーここで終わって、たまるかぁぁぁ!!」
「よう、待たせたな!」
聞こえたのは、実家に帰った時みたいな安心感をくれる声。親父みたいな声。それのどれとも言い難い声。だがしかし、それのどれとも言うことのできる声。
それこそが、『地下都市奪還作戦』の首謀者、そしてレックスとの再会を果たしたハンディル•グレイの声だ。
ーーそしてその声を聞いた瞬間こそが、頭上を占めていた爆炎が全て消し炭へと成り果てた瞬間であった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
時は数日前、ちょうどレックスとアンが誘拐され、グレイの家中が大騒ぎになっていた時に遡る。
「う、嘘だろーーーぉ!!」
このタイミングでレックスとアンの姿が行方不明。自分たちがやろうとしていることが、スローンたちに筒抜けだったとでもいうのか。
だが仮にそうだとすれば、考えられる可能性は一つ。
「ーー誘拐されたのか!?」
「ネオが部屋に入った際、少し部屋が荒れていたので。あと窓も割れていました。ーーおそらく……誘拐、です」
それを聞いた瞬間、グレイは思わず額を手で抑えた。ーー否、叩いた。
この可能性を考慮すべきだった。既にあの二人の顔は割れていたというのに。迂闊すぎる自分に腹が立つ。
だがそんな後悔は後回しだ。今は一刻でも早く、あいつらを救ってみせなければならない。なぜならーー、
「ーー俺たちは家族だ」
「はい!」
「そうね」
「ガツンと助けに行くぞ。俺たちの家族を!」
それからグレイたちは、南区中を駆け回って情報を集めた。ーーいずれも、革新に迫るような情報は一つもなかった。
となれば、おそらくレックスとアンは、南区ではない別のどこかに連れて行かれたのではないか。
「そうなると、俺たちは迂闊には動けないんだがな……」
「グレイさん。私、考えてみました」
悩んでいるグレイの元に現れた小柄な少女ーーネオが、提案を持ちかけてきたと言うので、「何を考えたんだ?」と聞き返してみた。
「グレイさんが考える通り、おそらくアンとレックスは南区以外のところにいます」
「ああ、そうだな」
「二人の場所が割れていたら、ネオたちは真っ先にそこへ向かえます。ーーでも、その情報がない今、ネオたちはアンとレックスがここへ辿り着くのを待ってみませんか?」
「ーー全部の地区を、俺たちで潰していって確認して行くってのはいけねぇのか?」
するとそこで、今まで黙っていたリサが、ようやく口を開いた。
「でも、もし仮に私たちだけでやろうとして失敗すれば、それこそレックスたちだけじゃ状況の立て直しなんてできないわ」
「ーーだけど、それが俺たちの動かない理由にはならねぇはずだーー」
反論しようとするグレイの声を、リサが「それに」と言って遮る。
「レックスとアンなら、きっとやれるはずよ。なにせ『約束』したのだから」
「ーー分かった。あいつらを信じて待とう」
「ネオも、それがいいと思います」
こうしてグレイたちは、レックスとアンが反乱を起こすのを待つことにしたのだった。
「グレイさん! 南区の地区庁舎が襲撃されました!」
「よし! それじゃあ、リサ、ネオ。あいつらを向かえに行くぞ!」
「はい!」
「いよいよね」
この知らせを、この時をどれだけ待ち望んだことか。
たかが三日と思うかもしれないが、普通に過ごす三日と、四六時中連れ去られた仲間のことを思って過ごす三日は違う。
走った。
走った、走った、走った、走った、走った。ーー間に合った。少年の声だ。
「ーーここで終わって、たまるかぁぁぁ!!」
「よう、待たせたな!」
少年の青瞳と、少女の黒瞳の中に自分の姿が映った。
ーーそして二人の瞳に自分の姿が映ったその時こそが、頭上を占めていた爆炎が全て消し炭へと成り果てた瞬間であった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「グレイさん! 助かった」
「間に合ってよかったぜ。ーーおいおい、なんの冗談だ? ここは南区の地区庁舎だ。なんで北区と東区の区長がいやがんだ?」
「分からねぇ。けど全員、ドーバ•ウィングよりは強い」
「なるほどな、分かった。ネオ、リサ。フォンド•クロムを頼む。俺は、スーホ•トラムをやる」
「了解です!」
「分かったわ」
その後、空中に一人居座っていたフォンド•クロムは地上に降り、それからネオとリサのことを値踏みするような目で見つめた。
「なるほど。私の相手は、あなたたちデスか。ーーそれでは改めまして、私は『爆裂術師』フォンド•クロムデス」
「ーーダクサ•ネオ。まだ名乗る肩書は考えていないので、今はシノビということだけ覚えておいてください」
「ーー『豪光の魔女』ヘクセ•リサ」
背中にさしていた二本の短剣を取り出して、両手で構えるネオ。大気中から光を寄せ集めて杖を形成し、その簡単を『爆裂術師』に向けるリサ。そして、再び空に居座るフォンド•クロム。ーーいずれも、準備は整った。
「ーーフランメ!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
隣にいたレックスの首に、黒い首輪がついている。おそらく、『無力化の首輪』を付けられたのだろう。通りでレックスが成す術なく追い詰められていたというわけだ。
そんな無力な少年が、まだやれる。まだ戦えるという目で視線を送ってくる。ーーでも、ダメだ。
だが当然、単に戦うなと言っただけでは引き下がらないだろう。だから、ここは少し卑怯な手を使わせてもらおう。
「ーーレックス。アンを頼んだ」
レックスは少し戸惑ったが、後ろで寝かせているアンを見て、そして決断した。
「分かった。それじゃあグレイさん、頑張ってくれ!」
「おう! ガツンと任せとけ」
少し心が痛むが、これもレックスを守るためーーいや、みんなを守って、勝利を手にするためだ。
そうしてレックスが眠りについたアンの傍に辿り着いたことを確認し、それから目の前でご親切にも待ってくれていたスーホ•トラムを瞳に映した。
「あー、えーっとだな。そのー、待っててくれてありがとな。そこは感謝するぜ」
「別に我は構わない。『刀騎』スーホ•トラム」
「『拳雄の一番弟子』ハンディル•グレイ」
ジュリアス•ルーカーが、最後に『拳雄』を名乗ったのは、グレイがルーカーの教えを完全に終えた時だった。それ以来、あの人はその肩書を名乗らなくなってしまった。
だから、今、あの人を『拳雄』と慕っていいのかは分からない。けど、自分が知っているのは、『拳雄』を名乗っていた頃のジュリアス•ルーカーだけ。
ならば、そう慕っても何ら問題はなかろう。
「ーーそれでは、いかせてもらうぞ。ーー腕ッ!」
互いの名乗り合いが終わった次の瞬間、一瞬にして飛び込んできた黒く鋭い刀と、それを受け止める黒い拳同士が、大気を歪ませるような衝突を起こしていた。




