第四章57話『南区奪還作戦』
「それじゃあ、これからここの南区を攻め落とすための会議を始めるわ」
そう言って『ブレイク反乱軍』が集まった場所は、南区の中央付近にある中央広場という場所だ。会議の面子は、先と同じで、他の仲間は少し離れた場所で休憩させてある。
「どこの地区も同じだけど、ワイレスの地区庁舎は全部真ん中にあって、円状の形になってるわ。そして、そこに入るためには、東西南北にそれぞれ一個ずつある門を通るしかない」
そう言って会議の中心に立つのは、地図を広げて地形を説明する少女ーーアンだ。
こういう作戦を立てる時は、レックスよりもアンのほうが、優れているのだ。
「ということは、その四つの門を同時に攻撃すれば敵の戦力が分散して、攻め落とせるのでは?」
「正解よ、シュバイス。というわけで、今から部隊をさらに四つに分けようと思う。まず北門を『シュバイス部隊』が担当、そして西門を私の部隊が担当するわ。次に東門を『レックス部隊』が、そして最後に南門を『シュテルニス部隊』が担当。これでいくけどいい?」
「分かった!」
「御意!」
「分かりました」
アンは全員の顔色を伺い、再度大丈夫なことを確認した。
「よーし。それじゃあ、いくわよ! みんな」
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「ーー人数は俺含めて二十五人。俺の部隊は揃ってるな」
ここは地下都市ワイレスの南区。ーーその南門付近である。各部隊の隊長が、仲間の数を確認していたところだ。
「私の部隊も大丈夫だわ」
「某のところも、何ら問題はございやせん」
「自分のところもです」
「ーーそれじゃあ始めようぜ。『南区奪還作戦』を!」
少年の合図とともに、馬に乗った『レックス部隊』は東方向に地区庁舎を囲む形で旋回し、東門の突破を目指し始めた。
一方『レックス部隊』同様、馬に乗った『アン部隊』は、反対方向である西方向に旋回し、西門の突破に取り掛かる。
それに続くように、馬に乗っていない『シュバイス部隊』も西方に旋回し、そのまま北門の突破に取り掛かった。
ちなみに一番距離が離れている北門担当の『シュバイス部隊』が馬に乗っていないのは、他の部隊と時間差を作り、相手が消耗した時に一気に攻め込めるようにするためだそう。ーーこれも、アンの策略だ。
「さて、それでは某たちの部隊! ここを突破いたすぞ!!」
「「「おォォーーーッッ!!」」」
『星斬り』の合図とともに、地区庁舎の南門は、二十五名の反乱の火種によってこじ開けられることとなった。
ーー南門が破壊された音とともに、鬱憤が溜まりきった元囚人たちによる『南区奪還作戦』が、始まりの鐘を鳴り響かせた。
扉をぶち壊すと、中には目を光らせてこちらを見つめてくる敵意のある影が約五十ほどあった。ーーいずれも、その瞳に善意など宿してはいなかった。むしろその逆だ。
「地下牢の中にはおそらく、よりお強い区長がいらっしゃるはず……となれば、この場の処理は皆さん方に任せて、某は其奴の相手をした方が良さそうですな。ーーしかし、万が一皆さん方が敗れるよなことがあれば……」
シュテルニスが何を自分で背負おうかと判断に迷っていると、後ろから一人の仲間が声をかけてきた。
「任せてくれ、シュテルニス! 俺たちは、絶対に負けねえ。だから、さっさと強いやつをぶちのめしに行ってくれよ」
シュテルニスはしばらく瞳を閉じ、そして眩い世界の光を取り込んだ。
「分かりやした。それでは、ご武運を!」
「そっちもな!」
シュテルニスは、『アトレス』だった頃の悪い面が出てしまったと自省し、馬を早く走らせた。ーーそれが、シュテルニスの役目だと信じて。
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西門への移動が終了し、『アン部隊』も動き始めていた。そして、そのまま全員馬に乗った状態で門を突き破り、中に攻め込んでーー違った。アンは降りていた。自分の乗っていた馬から。
「それじゃあみんな。また後で合流ね! 頑張りましょう!」
馬から降りて地に足をつけたアンは、『アン部隊』の副団長であるモイルに向かって静かに頷いた。ーーここを頼む、という意味で。
そしてアンからこの舞台を託されたモイルも、笑顔で頷き返した。ーーそれが、モイルに託された役目だと信じて。
地区庁舎を囲っている壁に向かって腕を伸ばし、そして壁の上にある一つの出っ張り部分にロープを伸ばして引っ掛けた。
そしてそのままロープを掴みながら、地区庁舎を囲っている高い壁を駆けた。
壁を越えてからは、シノビのような超人的身体能力で飛び回り、地区庁舎の中心地へと向かっていった。最も、アンのジョブはシノビではなく盗賊だが。
「俺たちも、アンさんに続くぞぉ!!」
「「「おォォーーーッッ!!」」」
残された『アン部隊』二十四名たちは、モイルを先頭に、破壊した門の先にいた五十ほどの兵を見た。
そしてそれらを見て全く怖気付くことなく、むしろ笑顔で、その軍勢との交戦を始めた。
「奴らを馬から引き摺り下ろせ!」
「そんなことされなくても、俺たちの方から降りてやるよ!」
魔王軍に挑発したモイルの右手は、空高く天を指していた。ーーその手が人差し指だけを立てていることなど、当然魔王軍の兵たちには気になる余地もない。そしてそれが、『アン部隊』の練った作戦の開始を告げるということも。
『アン部隊』の総員は、モイルの合図と同時に馬から飛び降り、馬に集中していた魔王軍の敵兵たちはその行動に混乱した。
前からは誰も乗ってない馬が走ってき、その後ろには本命の敵たちがいる。この状況に対応するのは至難の業だ。
そしてそのまま馬の対処に追われてしまった敵兵の数十名は、『アン部隊』の刃によって成すすべなく倒されてしまった。
ーー完全に、こちらのペースだ。
「我らに勝利の祝福を!」
「「「おォォーーーッッ!!」」」
咆哮を上げる副団長の手は、人差し指と中指をさしていた。ーー次の作戦の合図だ。
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アンから、各門にそれぞれ五十の兵士が待機してるとは聞いていた。なので分かっている。ーーこの門の先に、五十の敵意があるということは。
「まだ首輪外れてねぇし、やっぱり不安だな。ーーでも、俺が導かなきゃならねぇよな。なんせ、『英雄』なんだからよぉ!」
レックスは自らの黒く輝く『魔剣』を太陽も月も上らない空に向かって掲げた。そして、その剣先を東門に向ける。
「今の俺は、首輪のせいもあって、あんまりうまく戦えねぇ。だから、すげぇ援護、頼んだぜ。ーーいくぞぉぉぉ!!」
「「「おォォーーーッッ!!」」」
その決して『英雄』が口にしないようなセリフを口ずさんだレックスは、先陣を切って『レックス部隊』を導いた。
そしてその勢いのまま東門を突き破り、『レックス部隊』は五十の敵意と対峙した。
先も自分で言っていたが、今のレックスには、強敵とやりあえるほどの力などない。だから、非力な『英雄』がやらねばならないことはひとつ。
自らの手で先陣を切り、仲間を導く。ただ、それだけだ。ーーそれが、レックスの役目だと信じて。
レックスには、戦いに決定打を打てるような作戦を考えることはできない。
だから、『アン部隊』のように、頭脳で敵を翻弄することなど到底不可能だ。ーーだからどうした。頭脳がないなら、その分力で押し倒せばいいだけの話。簡単だ。
「全員、馬に乗ったまま敵に突撃だ!!」
レックスが敵に向かって手を伸ばして指示を伝えた途端、後ろから地面が揺れ、数十騎の馬が走る音が鳴った。
そしてそれらは、一切迷うことなくレックスの指示通りに敵に突撃した。
無策に突撃してくる敵ほど弱いものはない。しかしそれに力があれば、それほど強いものはないというもの。
「よし、全員馬から降りて、敵を殲滅するぞ!」
「「「おォォーーーッッ!!」」」
『レックス部隊』の全員は、指示が入ると同時に馬から降り、迫り来る敵意の剣と自らの剣を交えた。ーー否、レックスの場合を除けば、剣とツルハシだ。
それはさておき、レックスの無策な戦い方も力があれば脅威となる。
当たり前だ。結局細かい小細工よりも、大きな力がある方が強いのだから。
そして今、南区の地区庁舎を防衛している敵兵たちにとって、力で押し切ろうとする『レックス部隊』は、間違いなく一番の脅威となりつつあった。
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ーーネイレス•アンの役割は、シュテルニスと共に南区の区長、スタン•ガーオを討伐することだ。
そのために、わざわざ二十四の仲間を戦場に残して、自分だけ地区庁舎の中心へと向かっているのだから。
「ーーもう少しで、着きそうね」
仲間を置いていくことに、一切不安が無いかと言われれば、嘘になる。
だけど、仲間のことはモイルに任せた。ならば、信じるしかなかろう。
それに今は、強敵とのこれからの戦いに集中しなければならない。
「ーーっ! 見えた。地下牢への入り口だわ」
飛び回ること数分。ようやく地下牢へと続く不気味な階段を見つけた。そしてその隣には、地区庁舎の本拠地がある。ーーおそらくここに、スタン•ガーオがいるはずだ。だがアンには、その前にやらなければいけないことがある。
「囚人のみんな、ごめんなさい。でも一旦、地下牢の入り口を破壊させてもらうわ」
理由は簡単だ。もし万が一、スタン•ガーオとの戦闘中に地下牢の看守が応援に駆けつけたら、アンたちもうまく戦うことができなくなるからだ。
最も、スタン•オーガが地下牢にいる可能性も高いが、その時はもう一度入り口を開けるだけだ。
「そりゃっ!」
直後、アンの手から水でできたクナイのようなものが発射され、それは空気を貫き、そして地下牢の入り口を豪快に破壊した。ーーちなみにこの技の名前は、「ウォータークナイ」というらしい。
「待ってなさい。スタン•ガーオ!」
入り口が完全に閉ざされたのを確認し、アンは体を本拠地の方に向け、それから駆け始めーーなかった。
出来るわけがなかろう。背後に、空気を切り裂くような振動と爆裂音、そして身の毛がよだつような存在感を感じたのだから。
「ーーっ、あなたは!」
振り返ると、壊したはずの入り口から、アンとは体格差が二、三倍ほどの大男が中から出てきていた。
手には金棒。そして頭には鬼特有の形の角。そして強靭な肉体。間違えるはずがない。
「鬼獣族、スタン•ガーオ……まさか、あなたの方から出てきてくれるなんて」
「ーー当方も驚いたところだ。今話題の反乱軍が、こんなにも早く当方の元に辿り着くとは考えていなかったからな」
一言一句口にするたびに、空気の重力を加速させる存在。言うならば、まさにそれは恐怖そのものだ。ーーそれこそが、誇り高き鬼獣族、スタン•ガーオという男である。
「覚悟しなさい! スローンは、私たち『ブレイク反乱軍』がけちょんけちょんにしてやるんだから!」
「頭には、入れておこう」
そのそっけない返事にアンがムスッとなったが、それも束の間。ーースタン•ガーオの巨軀が振りかざす金棒が、アンの体へと迫っていたのだから。
「ーーっいけない!」
空気を穿つ金棒の一振りを、アンは盗賊自慢の身のこなしで、空中を一回転して躱した。
「ウォータークナイ!」
空中で体が縦横無尽に回転する中、アンは的確に狙いを定めて巨軀に向けて、空気を貫く水刃を飛ばした。
だが、それは見た目に反して動きの素早い巨軀の金棒の一振りによって、呆気なく掻き消されてしまった。
「悪くない技だ。お前、名は何という?」
「ーーネイレス•アン。それが、あなたを貫く水の刃の名よ」
地面に手をついて着地した少女の、闘気に満ちた黒瞳には、愉しげに笑う鬼が映っていた。
「そうか、ネイレス•アンか。ーーどうやら当方は、一つ大きな過ちを犯していたようだな」
「大きな、過ち?」
「当方が警戒していたのは『星斬り』だけだったが、どうやらそれは間違っていたらしい」
直後、そう自省するスタン•ガーオの何も持っていない左手を、血のように赤い稲妻が覆った。
「当方、ーースタン•ガーオは、ネイレス•アンに敬意を払う」
そして稲妻を纏った左手が金棒と接触。その途端、黒を帯びていた金棒に、血のように赤い稲妻が纏われた。
そして、その黒と赤の二色でできた金棒の一振りが放たれた瞬間、大気中を無数の赤い稲妻が泳いだ。
「避けてみよ! 当方の、ーー『赤雷鬼』の一撃を!」
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ーースタン•ガーオには、『赤雷鬼』という異名がある。
この異名がつけられた理由は単純で、世にも珍しい己の血を混ぜる、赤い雷を使っているからつけられたのだ。
原理を説明すると、鬼獣族は魔力に自分の強力な血を混ぜることが可能な特殊な種族であり、その力は膨大だ。
元々、鬼獣族が強い理由のほとんどは、その強力な血が体内を循環しているからである。それに加え、鬼獣族の血は魔力との結合適性が高く、この原理と魂力をうまく応用すれば、魔法攻撃を強力なものに仕上げることができる。『世界一の魔法使い』という称号も、鬼獣族にとっては夢ではないのかもしれない。
そして、この『赤雷鬼』スタン•ガーオは、その原理をただならぬ努力により、極限まで極めた者である。
その努力の結晶の一つが、今少女に向かって放った技。その名も、
「赤雷爛漫!!」
己の持つ強靭な血と魔力、そして魂を直接削る力である魂力。これらが交わった技が、弱いはずもない。
当然、あの少女もただでは済まないだろう。
それでいい。そうでなくては、『赤雷鬼』として生きていたスタン•ガーオの名が廃れる。
しかし、あのニンゲンを倒したいと思う一方で、どこかまだ倒れてほしくはないと期待している自分がいる。ーーこれはなんだ?
もしかすると、愉しんでいるのかもしれない。この時間を、心から。ーーこの少女と、刃を交えることを、心から。だからーー、
「これくらいで倒れてくれるなよ。ネイレス•アン!」
魔王軍の誇り高き鬼獣族は、任務とは別に、心からそう思うのだった。
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ーーこの攻撃はまずいと、魂が全身で感じていた。
だから、一切被弾することも許されない。だというのに、
「攻撃の密度が、高すぎるっ!」
ロープを伸ばしても意味はない。
ウォータークナイを飛ばしても、おそらく感電して逆効果になってしまう。
だから、今のアンにできることといえば、ひたすら攻撃を見極め、そして避ける。これだけだ。
負けた時の言い訳などにするつもりはないが、基本的には水の魔力を使うアンにとって、一番相性が悪いのが雷の魔力を使う敵である。
よって、できればこの戦いを今にでもやめて、逃げてしまいたいところ。ーーでも、そんなことはできない。なぜなら、
「ここで逃げたら、悔しい!」
なんだかレックスみたいなことを言ったと自笑しつつ、アンは瞬きをする間もなく、大気中を縦横無尽に泳ぐ赤雷の動作を絶えずに見極め続け、そして避ける、避ける、避ける。
諦めたら悔しい! という思いを省けば、頑張る理由はアンにとってはーー否、全員共通の答えで、一つしかない。
「ーーそれが、私の役目だもの!」
ーーアンは、それがネイレス•アンに与えられた役目だと信じているのだから。




