第一章6話『ゾルト•チーフ』
「なんでそんなこと……俺は、絶対嫌だ! 俺はお前を殺したいんじゃなくて、お前を知りたいだけなんだ」
「そのためにも、だ。お前が俺のことを殺せば、お前は俺のことを知れる。俺は望み通り死ねる。お互い望みは叶うーー」
「違う! 俺の望みはお前と話をして、お前を知ることなんだ。俺がもしお前のことを知れたとしても、そこにお前がいなきゃ意味がないんだ……」
声を荒っぽくして必死にチーフに訴えかける。が、おそらくその思いは、チーフには届いていない。
「俺は、ーー魔王軍の幹部だ」
「ーーっ」
「これが、俺とお前との、越えられない壁だ」
冒険者として魔王を倒そうとするならば、レックスには避けては通ることのできない道。それをチーフに突きつけられ、うまく言い返す言葉が見つからない。
「ーーっでも……!」
「俺は、ニンゲンのお前を気に入った。だから、お前にしか頼めない」
「ーーできねぇよ……」
逃げることのできない事実からなんとか目を逸らそうとして、唇を強く噛んで歯を食いしばる。そんなことしかできないのだ。
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嫌なことを頼んだというのは分かっている。
無茶なことを頼んだというのは分かっている。だが、レックスとチーフには、その結末しか残されていない。
何を得て、何を失うのかを選ばなければならない。それこそが、魔王軍と冒険者が戦う、この世界の秩序なのだ。
「ーーできねぇよ……」
まだレックスはそれを知らない。ならば教えてやらねばならない。
チーフは一歩、また一歩とレックスの元へと近づき、レックスにこの結末から目を逸らさせまいとする。
そしてもう一度、レックスが聴きたがらない言葉を無理矢理にでも聴かせてやる。
「ーー俺を、殺せ」
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ゾルト•チーフは、ゾンビたちが暮らす洞窟の中で、ゾンビの子供としてこの世界に生まれた。
生まれてきた直後、母に最初に言われた言葉は今でも鮮明に記憶に残っている。
「お〜、元気に生まれてきたねぇ。それにこの赤い瞳、いずれはゾンビの英雄になると言われてるものじゃないか。とにかく、生まれてきてくれてありがとう」
ゾンビに伝わる伝説として、赤い瞳を持つゾンビは、いずれゾンビの英雄になる、というものがある。
チーフ自身は信じていないが、母が喜んでくれたのならいいやと流していた。
そうして毎日が過ぎていた時、とある日に知り合いの大人ゾンビが、ニンゲンというモンスターに襲われたという。
チーフは、怒った。
そのゾンビは戦う意思もなく、むしろニンゲンと仲良くしたかった。なのにニンゲンは傷つけた。ゾンビというモンスターだからと言うのを免罪符にして。
そのゾンビの肉体も、想いも。全部、全部傷つけて壊した。
可能ならニンゲンと話しがしたかった。
可能ならニンゲンと分かち合いたかった。
可能なら、可能なら、可能なら……いや、現実には可能なことなどない。ーー全部不可能だ。
ニンゲンが、他でもない自分たちゾンビたちにそうさせたのだ。
ならば、何も迷うことはないじゃないか。それがニンゲンの出した答えならば、それに応えてやる。
今まで受けた屈辱を果たしてやる。ゾンビの恨みを思いしれ。ゾンビの存在を思いしれ。
そうして、ゾンビたちはニンゲンへの攻撃をしていた。
そんなある日、チーフの前に、とある一人のニンゲンが現れた。そいつは魔王軍の『侵略長』と名乗った。
「我は魔王軍『侵略長』、コンクエ•マゼランだ。この数のゾンビを指揮するとは見事。お前も我ら魔王軍の仲間となり、その力を、存在を世に知らしめないか?」
「力、存在、知らしめる。ーーその話乗った」
こいつは話のわかるニンゲンだと悟った。そしてそれと同時に、こいつには何回挑んでも絶対に勝てないことも悟った。
そして、この話に乗ることで、さらにゾンビの恐ろしさをニンゲンに知らしめることができるということも悟った。
『恐怖を与えるだけじゃニンゲンとは仲良くできないと思います!』
そう言ってきたのは一人のゾンビの少年だった。とは言っても、まだ七歳ぐらいの歳だ。
言いたいことは分かる。チーフだってそうしたかった。
だが、ニンゲンからこちらを拒絶し始めた。
歩み寄るなど、馬鹿なことだ。
この少年は、ニンゲンの愚かさを知らないからそんなことが言えるのだ。それに、そんなことして、今さらどうにかなるとも思えない。
だから少年の助言も無視した。それが正しいと信じて。
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だがこのニンゲンーージュリアス•レックスは違う。根拠はない。ただ、そんな気がしただけだ。
だからこそ、レックスにはやってもらわなくてはならない。ゾンビの未来に、夜明けをもたらすために。
「ーー俺を、殺せ」
「ーーできねぇって、言ってんだろうが!」
ならば強硬手段に出てやる。この分からず屋を、分からせるためにーー、
「なら、力づくでやってやる!」
「ーーって、おい! 何やってんだよ」
手を伸ばせば届く距離にいたチーフは、そのまま手ではなく拳を伸した。もちろん、レックスがそれを避けるのも想定済みだ。
「お前が俺を殺さないなら、俺がお前を殺してやる、ニンゲン!」
「ーーっ」
戦闘体制に入るために後退して距離を離し、構えの姿勢を取る。
「俺がお前を殺すのが先か、それとも俺がお前に殺されるのが先か、選べ!」
分かっている。これがどんなに傲慢で、理不尽なことを言っているのかということも。
それが、どれもレックスには選べないような選択肢であることも。
「お前は、俺なんかに殺されていいニンゲンじゃないだろうなぁ! 倒すんだろ、魔王をよぉ!」
「ーーっ」
「なら、さっさと選びやがれ!」
迷いが消えないニンゲンに一発叩き込むために、走る、走る。走って距離を縮めて、それで拳を伸ばしてーー、
「チーフはなんで、そんなに俺に殺されたがるんだよ……」
「レックスが、俺に大事なことを、教えてくれたからだーー」
ーーその瞬間、チーフの世界が『死』の赤色で塗りつぶされた。




