第四章56話『ブレイク反乱団、初の門出にて』
ーーリヒト•シュテルニスは、大業物、『星剣』テリアスという刀を使うサムライである。そして、『世界三大埒外』という名を冠する者の一角、『星斬り』である。
『世界三大埒外』とは、魔王軍を除いた、世界を枠で囲った際に、その枠に収まりきらない強さを持つ三人の者たちに与えられた称号だ。ちなみに、その三人はそれぞれ『剣雄』、『星斬り』、『獣王』と呼ばれている。
「それで、そんな伝説級の存在が、今私たちの目の前にいるってわけね」
「ーーってことは、アトレス……じゃなかった。シュテルニスって、めっちゃ強いのか?」
ドーバ•ウィングに、自分たちを縛り付けていた首輪をつけて、ロープで縛り上げたシュテルニスに、レックスが尋ねた。
「自分で言うのもなんですが……いかにも、それは某のことでありやす」
そう自慢げに話すのは、一本しかない腕に鳥獣族を担いた男、『星斬り』シュテルニスだ。
「すげー! 待てよ。ってことは、シュテルニスは、自分を見つけられたんだな」
「左様。長らくお待たせしやした」
傍に担いであった倒れ伏した体を地面に落とし、一礼。それから看守室の方へ振り返り、指をさした。
「そういえば来る途中、皆さん方のと思われる服がしまわれてる箱を見つけやした。着替えときやすか?」
「そうだな。囚人服で戦うってわけにもいかねぇだろうし。ーーって、待てよ。確か俺、ここからどうするかみんなに言ってなかった気が……」
「どうしたんですか? レックスさんも着替えませんか?」
表情を曇らせて悩むレックス。それを不思議に思ったのか、誠実な声と共にシュバイスがやってきた。
「あー、ごめん。俺も行くよ」
あとで戦うにせよ、戦わないにせよ、ずっと囚人服というわけにはいかない。とりあえずレックスも、皆と同じように着替えることにした。
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ここはとある暗闇の部屋。そこに、他より一回り大きな椅子がある。そして、そこに座っている一つの大きな存在感を放つ影も。
その空気に錘が引っ付いたような空間の中、突然扉が開き、一人のニンゲンが狭間ついた。
「報告します! 西区の地下牢が破られ、現在囚人百名が反乱を起こしている模様!」
しばらくの沈黙が続き、報告に来たニンゲンが緊張と恐怖で汗を床にこぼしたのが見えた。
「ーー。ご苦労様。下がれ」
「はっ!」
そしてそのニンゲンは、テキパキと動き、そして静かに扉を閉めてどこかへ行ってしまった。
「西区か。あそこは確か、ジュリアス•レックスが収監されていたはずだが……なるほど、そういうことか」
その不気味に笑う大きな影は、大きな椅子から体を起こし、右手でリンゴを握りつぶすような勢いで、空気を握りつぶした。
「いいだろう。我が直接、手を下してやろう」
頭には二本の曲がった龍のような角、腰下には蛇のような長尾。しかし、彼を竜頭蛇尾などと愚弄する者は、これまで誰一人としていない。
「我は貴様と会うのが楽しみだ。ーージュリアス•レックス」
ーープレッシャーで人を殺せそうなほどの重たい声が、中央区にある都市庁舎の一部屋に響き渡った。
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「よし。みんな着替えたな」
左手を腰に当てて右手を掲げるレックスと、普通に立っているアン。その二人が見つめる前方には、西区に収容されてた百の囚人が集められていた。
「これから俺たちは、ワイレスの全区域を魔王軍から奪い返しに行く。ーーここで離脱するのも、俺たちに着いてくるのも自由だ。選んでくれ!」
結構真面目なレックスの呼びかけ。その裏には、みんなを囚人にしていた『縛られる』ということから一秒でも早く解放してあげたいという思いがあった。
レックスたちの戦いに、皆を強制的に縛ることなどできないのだから。
「「「ーーーー」」」
最初は、その沈黙は迷いから来たものだ思った。ーーしかしそれが違うと分かったのは、少しだけ時間が経ったあとだ。
「はははははっ! おかしなことをおっしゃいますな、旦那」
初めてアトレスが腹の底から笑ったのを見た気がする。そして、それが今になるとは微塵も思っていなかった。
「ーーえっ? それってどういう……」
「某たちの命は、もうとっくに旦那に預けてありやすよ」
「み、みんなはそれでいいのか?」
レックスがアトレス以外の他の囚人と目を合わせるが、全員満場一致で、そして笑顔で頷いた。
「ーー分かった。それじゃあ、これから今後の方針を考えようと思う。シュバイス、アトレス。来てくれ! 他のみんなは、この後の戦いに備えてくれ」
「分かりやした」
「えぇ!? 自分ですか!?」
少し驚いた声もあったが、こうしてレックスたちは、考えゆる最高の結果を得ることができた。
レックスたちは、みんなを食堂で待機させ、看守室で会議を始めることにした。
テーブルに座ったのは、レックス、アン、アトレス、そしてシュバイスの四人だ。
「そんじゃあ、さっそくこれからの方針について話そうと思う」
さっそく会議を始めよう! ーーって思った途端、待ったがかけられた。かけたのは、いつもの誠実そうな声ではない、不安に駆られた声だった。
「あのー、レックスさん。どうして、自分なんですか?」
「んー……まあ、なんとなくだな」
「なんとなくって……まあ分かりました。それじゃあ始めましょう」
シュバイスはどこか解せないようだったが、レックスの期待に応えることが最重要だと結論づけ、今は考えるのを終了させた。
「ーーまず、俺たちはこれから西区に向かう。そこで地下牢を破壊して、別の仲間と合流する」
ちなみに先に北区ではなく南区を選んだ理由は、グレイたちと合流するという目的以外にもう一つある。
「スレイヴは、多分グレイさんの家にあるはずだしな……」
魔力と魂力、そして能力が封じられたレックス。それでも、ツルハシで戦うのと、『魔剣』で戦うのとでは、天と地の差があるというものだ。
それに、もしかするとスレイヴを使えばこの首輪を断ち切ることができるかもしれない。
「承知しやした」
「了解です。それで、自分たちが呼ばれた理由とは?」
「シュバイスには、百人の囚人を二つに分けたうちの、一つを任せたいと思う」
「ーーもう驚き疲れましたよ……分かりました」
シュバイスは驚きでどうにかなりそうなのをなんとか堪え、飲み込んでため息をつき、そして静かに頷いた。
「シュテルニスはめっちゃ強いから、シュバイスは援護を頼む」
「承知しやした。されども、首輪が取れていない旦那は、一体どうするおつもりで?」
「それは大丈夫だ。俺にも心強い仲間がいるからな」
そう笑いながら左を見た少年の青い瞳には、銀髪の少女の姿が映っていた。ーーそしてお互い目があい、咄嗟にアンが苦笑し、首を指でかいた。
「まあ、そうね。だから、何にも心配いらないわ」
「なるほど。アンの旦那がいるなら、安心でありやすな」
「それじゃあ、シュバイス。頑張れよ! アトレスも、シュバイスを頼んだ!」
「御意!」
「まあ頑張ってみます!」
こうして、今後の方針を決めるための重要な会議は、案外すんなりと会議は幕を下ろしたのだった。
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先の会議で、『ブレイク反乱軍』は、『レックス部隊』と『シュバイス部隊』の二つに分けられた。そして今、両方の部隊の編成が完了したところだ。
戦力は、どちらも大差ないが、強いていうなら『シュバイス部隊』に規格外の力を持つ『星斬り』シュテルニスがいるということだ。
「それじゃあ行くぞ。みんな!!」
「「「おォォーーーッッ!!」」」
「み、みなさん。ーー自分に、ついて来てください!!」
「「「おォォーーーッッ!!」」」
「準備は整ったわね。行きましょう。レックス!」
「おう!」
『ブレイク反乱軍』の準備は整った。ーー今ここに、四つのうち一つの反乱の灯火が点火した。
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ーー地下牢の広場から続く階段。そこを総勢百の反乱軍が昇る、昇る、昇る。
そしてようやく階段を昇り終わった時、出た場所は西区の区庁舎だった。
グレイからも聞いたが、地下都市ワイレスは十字架の形の都市で、四隅がそれぞれが北区、西区、南区、東区となっていて、四隅の区に囲まれた中央の地区が、スローンたちのいる中央区となっている。
それで十字架の形というわけで、各四隅の地区が直接面していることはない。そして、中央区には立ち入ることができない。
故に、四隅の地区間を移動する際には、それぞれを繋ぐ一本の大きな通路を何時間もかけて移動するしかない。道中に休憩所みたいなものがあるのが、唯一の救いといったところだろう。
「アン、だいたいどれくらいで南区に着きそうだ?」
「分かんない。けど、多分半日はかかると思うわ」
そうしてアンはポケットにしまっていた簡易型の地図を取り出し、西区と南区を繋ぐ一本の道筋を指でなぞった。
「半日か。その後に戦闘ってなると、南区に到着してから寝て、戦うのは次の日にしたほうがよさそうだな」
「そうね。私も、それがいいと思うわ」
「でも、それだといつ奇襲されてもおかしくないんだよな……」
腕を組んで悩むレックス。その傍にいた少女が、銀髪の髪を揺らして人差し指を上に向けてさした。何か閃いたのだろうか?
「ーーっ、待って。私たちがここに誘拐された時、どうやって運ばれたの?」
「確かに、仮に徒歩で運ばれたとしても、目覚めるはず……まさか馬が!」
「ーーその可能性が高いわね。ここは地区庁舎でしょ? ってことは、少なからずあるはず!」
「ーー急いで見つけよう! みんなーっ! どこかに馬がいるはずだ。探してくれ!」
そのレックスの呼びかけを聞いた途端、『レックス部隊』だけでなく、『シュバイス部隊』のみんなも早急に行動に移した。
馬車が見つかったのは、それほど後ではなかった。レックスたちは、シュバイスの報告により、それを知ることができた。
「こっちです! ついて来てください」
その声についていった先には、予想通り馬が大勢いた。そしておそらく数は五十騎なはず。
「シュバイス。数は? 何騎だ」
「数えた感じは、五十騎ってところでした。なので、一騎に二人乗る形でいいと思います」
ーー頭の中で、ピンポーン! という音が鳴り、頭の中でガッツポーズ。
とはいえ、全員分の馬がいるなんて願ったり叶ったりだ。これなら時間を短縮して移動することができる。もしかすると、スローンとの決着は今日になるかもしれない。
「分かった。それにしてもありがとな、教えてくれて」
そんなこんなで、『ブレイク反乱軍』の全員は騎馬兵となり、総勢五十騎の騎馬兵が揃うこととなった。戦力としては、もはや怖いものなしだ。
そんなことを考えつつも、レックスはアンに手招きされ、招かれるがまま彼女の操縦する馬に乗った。
「乗ったわね」
「おう! それじゃあ、行くぞぉー!!」
「「「おォォーーーッッ!!」」」
今この瞬間、西区の地区庁舎から百の反乱軍を乗せた五十騎の馬が走り出て来た。
それにしてもほんと、囚人服を脱いで着替えておいて良かったと思う。でなければ、ただでさえ不思議な目で見てくる周りの目に、誤解がという要素が付け足されることとなるのだから。
そうだ。この状況を少しカッコつけて言ってみるとしよう。
ーーこれこそが、『ブレイク反乱軍』初の門出だ! ……こんな感じでどうだろうか?
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出発してから半時間が経った。馬を早めに走らせてるおかげか、西区と南区を繋ぐトンネルは、もう時期終わりを迎えるというところだ。
半時間も乗っていたので、そろそろこの馬の揺れにも、何かを掴んでおかないと落ちかけてしまう感覚にもなれた。
最も、この時レックスは操縦者であるアンの体に捕まっていたので、落ちかける心配はなかったが。
「それにしても、アンがあの時、馬のことについて言ってくれなかったらどうなってただろうな」
「それもそうね。過去の私に感謝だわ。ーー見て、出口よ!」
少女の細くて綺麗な指が指差した先。そこには少しの間見ていなかった、街の光があった。
アンは馬の速度をひと段階上げ、到着を急いだ。おそらく、それは一刻も早くグレイたちと合流したいという、アンなりの意思の表れだろう。
「着いた……着いたぞ、みんな!」
『ブレイク反乱軍』は、ついに南区の地面を踏み締めた。
『ブレイク反乱軍』のメンバーの中には、半年、または数年ぶりに西区の、それも地下牢以外の地面を踏み締めたのだ。その感動は、レックスにもアンにも計り知れない。
ーーしかしレックスにもアンにも、その感動を噛み締めている時間はなかった。
「シュバイス。お前の部隊は頼んだ。どうにかして怪しまれないようにしといてくれ」
アンは再び馬を走らせ、一刻も早く帰りたい場所へと一秒、また一秒と時間が過ぎる度に、あの場所への距離を詰める。それに、『レックス部隊』も後に続いた。
ーーそして、遂に辿り着いた念願の場所。
「グレイさん、みんなっ……」
アンは馬から飛び降り、一目散に家の扉を開いて中へと入っていった。そして、それにレックスも続いていった。
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みんなに心配をかけた。一刻でも早くみんなの顔が見たい。そして、顔を見せたい。
そんな衝動に駆られた少女は、見慣れた廊下を駆ける、駆ける、駆ける。そして食卓の部屋へと辿り着いた。
「はぁはぁはぁはぁ……っ」
見慣れた光景が、少女の甘い記憶を刺激する。そして、そこにいるはずの見慣れた大好きな人たちの顔を思い浮かべるーー、
「みんな、ただいま……嘘っ」
それは驚きだった。それは驚嘆だった。
それは悲しみだった。それは絶望だった。
そこにいるはずの影が、顔が一つも見当たらない。
ーーそこにはもう、少女の大好きな人は誰もいなかった。
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「アン……」
少しだけ見慣れた部屋の中に、唖然とする少女の背中を見た。ーーそれ以外の影が見当たらない部屋で。
「ごめん、レックス。ちょっとだけ、独りにさせて」
少女の気持ちはわかる。悲しいことがあった時は、ついつい一人で悲しもうとしがちだ。
それがいいことなのか、それとも悪いことなのか、その答えはレックスには分からない。ーーだからこそ、レックスは自分の答えを少女に押し付けることしかできないのだ。
「ーー嫌だ。今のアンを、独りここに残してどこかに行くなんて、俺にはできない」
「ーーいじわるっ」
「ごめん。でも俺だったら、悲しい時、泣きたい時は、誰かに隣にいてほしいから」
瞳に映る銀髪の少女は、両手を大きく開いて深呼吸。それからこちらの方を向き、少年の瞳に映る自分の姿と睨めっこした。
「ーーよかった。私、泣いてなくて。そうよね、これくらいで凹んでても先が思いやられるってもんよね! ……後で合流することにするわ」
「分かった。それじゃあ、俺はちょっと忘れ物とってくるから、先に俺たちの部隊をまとめておいてくれねぇか?」
「分かったわ。それじゃ、先行っとくね」
少年と少女は、お互い見慣れた廊下の上ですれ違い、少年は去り行く少女の姿をしばしば見つめていた。
「よし、確か二階だったよな。俺の部屋」
先も言ったが、レックスがここに来た第二の目的。それは、『魔剣』スレイヴの回収だ。
レックスが寝てる間に連れ去られたのであれば、ベットの下に置いてあった剣は盗られていないはず。
ならば、『魔剣』はレックスの寝室にあるはずなのだ。
そうと分かれば、レックスは階段を高速で駆け上がり、そして扉を開いた。当然、自分が寝ていた寝室の。
「確かこの辺に……って、あった!」
レックスがベットの下を覗くと、そこには黒一色で染めあげられた、まるで絵に描いたような伝説の武器ーー『魔剣』スレイヴが置いてあった。
「これでよし。戻るか」
レックスは『魔剣』を腰にさし、その柄の感触を味わいつつも、見慣れた階段を、今度は高速で駆け降りるのだった。
そして家の外に出ると、アンの指揮によってまとめられた『ブレイク反乱軍』の半分ーー『レックス部隊』が集まっていた。
ちょうど話がしたいと思っていたので、ほんとアンの働きぶり来たら脱帽だ。
「ごめん、待たせた。ーーそれじゃあ『シュテルニス部隊』と合流しよう。南区を攻略するための、会議を始めよう!」
レックスはアンの座っている馬に再び乗り上げ、そして九十八人の仲間に向かって右手を掲げた。それの意味することはもちろん言うまでもないことだ。
「俺についてきてくれ!」
ーー九十八人の仲間を乗せた四十九騎の馬は、再び少年の背中を追った。




