Prologue『終わりの始まりⅡ』
ーーああ、なんて自分は幸せ者なんだろうと何度も思う。今なんか特に、だ。
「それにしても、楽しみだね! 水族館」
「うん。多分俺、この日を人生で一番楽しみにしてた説あるかも」
「私も、かも……」
何気ない会話でも、それがただ駅へ向かうためにコンクリートの道を歩いているだけでも幸せというものだ。ーー一緒の空間にいるだけで、幸せなのだと思う。
よく「最近あんまりドキドキしなくなったー」だの、「胸のときめきを感じたいー」だの言っている輩がたまにいるが、そういう奴らには、「まず同じ空間にいて、それで同じ空気を吸えるということに感謝しやがれ!」と言ってやりたい。ーー心から、そう思う。
そうして一兆円渡されても一秒たりとも渡したくない時間がどんどん過ぎていき、いつしか駅の前へとたどり着いた。
「えーっと、確かここから五駅ぐらい乗って、それで水族館に到着ー! ……だったよね?」
「うん。合ってるよ」
無邪気に笑いながら腕を上に上げながら事実確認を行う彼女の仕草に、思わずニヤケそうになりつつも、彼女の問いかけを肯定する鈴木 純也であった。
それから、リュックから交通系ICカードを取り出して改札を通り、駅のホームへと着いた。
それからしばらくして電車が到着し、突風がたなびいた。
「電車、来たわね」
「いよいよだなぁ」
降りてくる人が全員降りるのを待ち、それから電車の中に入った。偶然、二人分の席が空いていたので、純也たちはそこに座ることにした。
しかしそこに座ると、あろうことか急に眠気に襲われた。
昨日は早く寝て、今日もいい時間帯に起こしてもらったはずだ。眠気がさすなど、断じてあり得ない。だというのにーー、
「ーーってやばい……急に眠気がさしてきた」
デート中に眠気がさすという非常識な純也を、少しニヤリとしながら紬が見ていた。
「膝枕、してあげよっか?」
「いや、それは、ちょっと、大丈夫……」
せっかくだが、こんな公衆の面前で、それも電車の中で高校生の男子が膝枕されるなど、流石に周りの目が痛くなってしまう。最も、それでも幸せなのだがぁがががーー。
まずい、本格的に視界がぶらつき始めた。
「ごめん紬、着いたら、起こし、て……っ」
『ーー転移を、開始します』
ーーは? おい待て。転移? 嫌だ嫌だ。どこへ転移されるのかなんて知らないが、空気読みやがれよ、変な声。冗談じゃない。
「もー。しょうがないんだから」
だんだんと体の力が抜けてきて、視界が黒色に染まろうとしていた。
多分この時点で、もう寝ることを阻止するのはもう不可能なのだろう。それはまだギリ許容範囲内。
問題は、あの変な機械音のような声だ。転移されるなど、たまったもんじゃない。
そうだ。きっと引きこもり隠キャ時代の名残りだ。きっとそうなんだ。じゃないと、こんな変な声が聞こえるわけーー、
『スズキ•ジュンヤ。確認しました。の能力として、『先導者』を譲渡します』
ーー終わった。名前まで呼ばれてしまった。もう名残りだのなんだのと言い逃れはできない。
受け入れるしかないのだろう。この空気を読まない『転移』とやらを。そしておそらく、その『転移』というのは、
『ーー準備が整いました。これより、『異世界転移』を開始します』
あー、予想してた通りだ。やっぱりこのパターンだ。ゲームとかアニメを見まくってたから、こういうパターンの飲み込みだけは早かった。
ならばせめて旅立つ前に、紬の顔を脳に焼き付けたい。その一心で、曇りかけの視界を、必死に凝らした。
そこには、下アングルからの紬の顔があった。ーーやっぱり、膝枕されていた。自分は幸せ者だ。
だが彼女も、これから純也が『異世界転移』されるなどとは、決して思っていまい。
それでいい。それでも、『約束』しなければ。必ず、戻ってくると。
「必ず、戻って、みせる……」
鈴木 純也がスズキ•ジュンヤになる前に出来る、紬との繋がりだから。
『ーー世界の時間を、停止しました』
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ーー次の瞬間、目を開ければ、そこは見慣れない石レンガの床だった。




