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フィッツ•イン•プロミス 〜約束の旅〜  作者: えれべ
第四章『地下都市奪還作戦』

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第四章49話『歓迎の儀』

「ーー起きたのか」


 見覚えのない景色に加え、聞き覚えのない声がレックスに語りかけてきた。


 腰が痛い。昨日寝ていたグレイの家にあるベットとは大違いだ。

 というか、おそらくレックスの寝ていた場所は、ベットですらない。多分床に布団を敷いただけなのだろう。


 レックスは腰が痛みつつも、ゆっくりと体を起こして声の主の姿を捉えようとした。

 そしてふと自分の服を見ると、それはいつも着ている青色の服ではなく、白黒の囚人服だった。

 それだけではない。首に金属の感触があると思って見て見たら、レックスもそこにいる男にも、首に黒い首輪がつけられていた。


「お前は……誰だ?」


 そこにいたのは、少し長い茶色の髪を括り、口元に髭を生やした三十路ほどの大人だった。服はレックスと同じ白黒模様の囚人服だ。


(それがし)の名を聞いて、何かいいことでもありやすか?」


 この丁寧な感じの男の茶色の瞳には、希望も、期待も、明るい未来も映らない、まさに光を失った瞳だった。


「んー。お前の名前を知れば、俺がお前の名前を呼べる。……とか?」


「ーーアトレス。それが某の名でございやす」


 諦めたように、その男の重い口からその男の名前ーーアトレスという言葉が発せられた。


「そうか、アトレスか。俺はレックス。よろしく!」


 そんなアトレスに、レックスは笑いかけて自己紹介をする。だが、その自己紹介で生まれるアトレスの笑顔はどこにもなかった。


 そしてレックスは、アトレスにあった大きな異変に気付いた。


「アトレス、お前左腕は!?」


「ーーこれは、某がここを抜け出そうとした時に失敗して捕まったゆえ、その時に罰として斬られたんでありやすよ」


「そうか……ごめん。嫌なこと、聞いちまったよな」


 レックスがアトレスに嫌な過去を思い出させたことだけでなく、それを語らせてしまったことを素直に謝罪する。


「いや、当然の反応でしょう。お気になさらず」


「……そういえば、ここってどこなんだ?確か囚人って言ってたけど、ここは牢屋か何かか?」


「ご察しの通り、ここはワイレス西区……その、地下牢でございやす。大体百名ほどが収容されているでしょうよ」


 地下牢のことを語る際、若干重い口になったことがレックスにも分かった。


「なるほど、グレイさんの言った通りだ」


 レックスは、昨日の作戦会議の時にグレイが牢屋にはだいたい百人ほどいると言っていたことを思い出す。


 それからできるだけこの状況を理解するために、アトレスに様々な質問を投げかける。


「俺はいつからここに来たんだ?」


「某、先ほどまで寝ていたゆえ、あまりそのことはよく知りませぬ。されども、某が起きた頃にはここに……」


 レックスにとって今起きていることは、ふかふかのベットで眠って、目を覚ましたらここにいたという、あまりにも驚くべきことだ。

 となれば、アトレスの話も踏まえて考えるに、


「ってことはやっぱり、俺が寝てる間に連れ去られたってことか」


 今考えるとレックスは、分かりきっていたその事実の再確認がしたかったのかもしれない。


 いずれにせよ、これで状況はある程度高めた。ならば次に聞くことは、


「ここはどういう感じのーー」


 場所なんだ、と言おうとしたその時、レックスたちがいる部屋、ーー否この地下牢全てに大砲のような大きな声が響き渡った。


「朝礼の時間だぁ!! 出て来い囚人どもぉー!!」


 その大砲のような大声と同時に、この地下牢が脈打つように大きく揺れた。


「な、なんだ!?」


 檻の外を見ると、地下牢と廊下の天井から、橋ののようなものが降りてきていた。やがてそれは廊下の床に覆い被さり、まるで新たな床ができたかのようだ。


 困惑するレックスを、アトレスは落ち着いて見ていてーー否、アトレスも落ち着いてはいなかった。だがそれは、レックスとは異なる理由だ。


「それについては、また今度説明いたしますゆえ。今は、某について来ていただきたい」


「お、おう」


 アトレスは檻の扉を普通に開けて、降りた橋の上を急いで駆ける。どうやらここの牢屋の檻の扉には、鍵がかかっていないようだ。

 鍵がかかっていないことにも驚いたが、今はとりあえずアトレスについていくべきだろう。


「なんなんだよ、ここは……とりあえず行くしかねぇか」


 次々と湧く疑問を押し殺し、レックスはアトレスに続いて地下牢の長い長い橋の上を駆けた。

 周り見ると、他の囚人もレックスたちと同じように駆けていた。


 長い長い地下牢の橋の上を駆けて、駆けて、駆けて、駆けて、それでーー、


「ここは……」


 辿り着いたのは、薄暗くて大きな広場のような場所だった。薄暗いのは、光源が壁に設置されている複数の松明だけなのが原因なのだろう。

 それはまるで、ワイレスの入り方に入る時の階段のようだった。


 やがてレックスたちが通った通路から、さらに多くの囚人がこの場所にやって来た。言うまでもないが、やはりみんな同じ囚人服を着ていた。


 そして全ての囚人が整列した後、その前に一人の人間の男ーー否、人間ではなく、鳥のような翼と嘴、それと全身を覆う灰色の産毛を持った亜人、いわゆる鳥獣族の男がやってきた。



 この世界には、亜人と呼ばれる人間とは異なる種族の生き物が存在する。

 それらは本来の人間の特性に加え、なんらかの動物の特性、またはそれ以外の生物の特性を持ち合わせている。

 つまり、彼らは人智を超えた存在というわけだ。


 そして今、そんな人智を超えた存在がレックス含む囚人たちの前に現れたのだ。


「ちゅうもーく!!」


 その鳥獣族の男が、再び大砲のような声を、こんどはこの広間で響かせる。

 その声が響き渡ると同時に、立っていた周りの囚人に、一斉に緊張感が走ったように背骨が伸びきった。


「これより、朝礼を始める!! まず始めに、いつもの宣言をやるぞ!!」


「なぁ、宣言ってなんだ?」


 レックスが小さい声で隣に立っているアトレスに尋ねる。


「ーー他の者と同じようにやるのです」


 レックスは解せなかったが、その疑念もすぐに晴れた。あの、大砲のような声と、それに応える囚人たちの声にによって。


「それでは、宣言始め!!」


「「「私たちはここから逃げられない!!」」」


「ーーっは……?」


 突然始まった全囚人による、まるで全てを諦めたかのような宣言に、ただただ唖然とする。

 そして、それはまだ続く。


「「「私たちは奴隷に等しく!! 私たちはここで誇り高く生涯過ごし!! 私たちはここで誇り高く散る!!」」」


「な、なんだよこりゃ……」


「っておい! お主もやるのです!」


「っなんでだよ! おかしいだろ、こんなの!」


 そんな、ここの全囚人による自らの命を諦めたような宣言。そんな言葉を、レックスはたとえ死んでも、頑なに言おうとしなかった。

 そしてそれをしたことがあの鳥獣族にもバレたようで、


「おい、貴様!! なにをしている。さっさと言え!!」


「嫌だ! 死んでも断る!」


 周りの囚人が騒ぎ始めた。空気が悪くなっていくのが、痛いほど感じ取れる。

 あの鳥獣族の男の視線だけでなく、周りの視線がナイフのようにレックスに刺さっていく。

 しかしそんなことお構いなしに、レックスは抗うことをやめない。


「そうか。貴様、もしや新入りだな。よし、いいだろう。アレをやってやる」


「ーーッッ! なんだ!?」


 鳥獣族の男の合図とともに、この広間が大きく揺れ始めた。さらに、レックスとともに中央に集まっていた囚人が、皆揃って慌てて離れていく。

 やがて、レックスの周りの地面から、鉄製の檻が現れて、そしてあっという間にレックスを取り囲んだ。


「これより行われるは、『歓迎の儀』だ」


「『歓迎の儀』?」


 檻の隙間から、兵士がレックスに剣を渡した。レックスはそれを受け取り、見えない敵に向かって構えを取る。


「な、何が始まるんだ?」


「それでは、『歓迎の儀』。始め!!」


 その時からだ。揺れない地面が恋しくなったのは。

 ーー刹那、レックスが立っていた土の地面が大きく揺れ、次の瞬間、大きな黒い影がレックスを襲った。


「って、うわぁ! なんだ、こいつ」


 咄嗟の判断で避けることができたが、もしそれができていなければどうなっていたことだろう。

 先ほどまでレックスが立っていた場所は、土からレックスを喰らおうとした大きな獣によって、埋め尽くされていた。

 土から出てきたそれは、赤い瞳でレックスを睨み、モグラのような見た目とは裏腹にサメのような鋭い牙を持っている、いわば魔獣だった。

 しかしモグラにはないはずの魚のような形のドス黒い色をした尾鰭(おびれ)と、同じくドス黒く光る(うろこ)が、それにはあった。


「そやつはモキラという魔獣だ。モキラは、地面に伝わる振動を頼りに、獲物を捕らえることができるのだ」


 鳥獣族の男の説明もあり、とりあえず敵である魔獣がどのような性能なのかは、ざっくりと分かった。

 だがその程度なら、レックスは過去にもっと強い魔王軍の幹部と戦っている。

 

 よって、何も恐れることなどなかった。この頃は。


「姿を現したんなら、こっちのもんだ! 雷足……ってあれ?」


 それは、レックスがいつもの戦える万全の状態での話。この地下牢は、万全の状態で戦うことを許さなかった。


「あー。言っておくが、ここでは貴様らは魔力も、魂力(こんりょく)も、能力(スキル)も使うことができぬぞ。その首輪のせいでな」


「首輪って、こいつのことか。ーーってことは、まずくね?」


 魔力、魂力(こんりょく)を封じられてしまっては、セーブカウンターも、極限集中(ゾーン)も、その他の技も使うことができなくなる。

 それが恐ろしくて、無理やり黒い首輪を無理やり脱ぎ取ろうとしたが、当然撮れるはずもなかった。


「この場所で貴様らに有利な状況など一つたりともない。分かったら宣言を口にするのだ」


 決断を迫られる。『死』か『服従』の二択を。

 

「上等だぁ!」


 だがレックスの脳内には、『死』も『服従』もない。『抗う』という選択肢しかなかった。


「はああぁぁ!」


 再び剣を握りしめ、土から這い上がってきたモキラに向かって走り、そしてその剣を振り翳した。

 その時だった。この歓迎の儀を執り行う広間に、激しい絶望の金属音が響き渡ったのは。


「ーーぁ」


 レックスがモキラの鱗に向かって剣を振り翳した途端、次の瞬間には振り翳した剣の一部がレックスの後ろに飛んでいた。これはつまりーー、


「折れた……」


 レックスが持っていた剣を確認すると、刃の部分が途中で途切れて折れていた。

 つまり、剣がモキラの鱗と衝突した衝撃に耐えきることができず、折れてしまったのだ。


『この場所で貴様らに有利な状況など一つたりともない』


 ふいに、鳥獣族の男が言ったこのレックスに絶望を与えようとする言葉が、脳裏を横切った。


 怒りなのか、悲しみなのか。レックスは気が向くままに鳥獣族の男の方を睨みつける。

 その男の顔は、初めからひとつも変わっていなかった。


「負けて、たまるかぁぁ!」


 剣も使い物にならなくなってしまった今、一旦は素直に宣言を口にし、その後で機会を伺って再度挑むのが、賢く懸命な判断なのだろう。

 しかし、レックスにはそれができるはずもなかった。なぜならーー、


「ここで負けを認めたら、他の奴らを救えなくなる気がする」


 新しくここに入ってきて、他の囚人に取ったら、今レックスという未知の存在が、どのような影響を自分たちにもたらすのかが疑問で仕方ないことだろう。

 それが吉と出るか凶と出るかは、レックスの『歓迎の儀』の結果で全てが決まる。


 だから、レックスがここで負けを認めてたとえ刹那の一瞬でも『服従』を選んでしまっては、もうこの閉ざされた地下牢に、光が訪れることなどないだろう。


 そんな全ての囚われ人の想いを背負い、レックスは空中に剣を投げ捨てて、己の魔力も魂力(こんりょく)も込められていない、ただの拳をそれに向かって振り翳した。


「はあぁぁ! ーーっがは……」


 そんな自暴自棄ともいえるただの拳は、モキラに届くどころか、その拳が衝突する前にモラクのドス黒く染まった尾鰭で叩かれ、レックスの体は檻に吹き飛ばされて叩きつけられた。


 背中に、いや体中に泣き叫ぶような痛みが走ってどうにかなりそうで、自分が自分じゃないような気がしてならない。

 

 勝てる気がしない。

 唯一の武器である剣も折られて、挙げ句の果てには自暴自棄になり、拳を振るおうとしてこのザマだ。

 ちっとも笑えない。


「ロン、スイプ……」


 仲間の名前を呼んでも、その仲間は今レックスのように捕えられている。よって、救いの手など差し伸べられない。


「じいちゃん、グレイさん……」


 頭にはその姿が浮かぶが、それが現実になることはない。決して。


「アトレス……」


 檻の外でレックスのことを見ているのだろうか。だとしたら、なんて馬鹿なのだろう。

 あれほど忠告をしてくれて、なのにレックスはそれを無視してこのザマだ。


 ロン、シェイク村の村長、チーフ、ゾン介、スイプ、リティアム、ネオン、ルーカー、グレイ、アン、ネオ、リサ……これまで出会ってきた味方の顔が浮かぶ。

 だが、そんなレックスの味方は、この場には誰一人としていない。


 ーーレックスは独りだ。


「っでも、いや、だからそこ負けられねえよな」


 独りになっても、立ち上がらなければならない。それが孤独な少年、ジュリアス•レックスの出した結論だった。

 ーーそして、再び立ち上がる。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「っくそ……! このままでは負けてしまう。どうすれば良いものでありやすか……!」


 檻の外から自分の無力さを謳う男が、同じ檻の中で一緒に過ごした少年を救う手立てを考える。だが、その度に自分の無力さを謳うだけ。

助けることなど、できない。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「どこにあるの? ……って、あった! 早くこれを届けないとっ」


 それは自分の無力さを謳うことしかできないアトレスでもなく、追い詰められているレックスの声でもない。

 他の、誰かの声だ。


 そしてその声の主は、広間にあった採掘用のツルハシを握りしめて、今まさに地獄と化している檻へと向かった。

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