第四章45話『一人の少女』
「ーー決めた」
少年が重大な問題の答えを見つけた。そして、その答えに従って行動することを決意した。
「……どうするの?」
その答えの内容を不安気に少女が問う。
「ーーやり直そう。全てを」
「ーーーー」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ーー今回は、とても辛くてとても悲惨で、苦渋の決断を強いられた声だ。
ルーカーの家を出てワイレスへ向かい、ただただ必死に北へ進み続けてからおよそ半日経った。
道中にモンスターなどはいなく、今の所は完全に問題なく進めている。
だが、それが返って独りのレックスの不安を煽っているようで怖かった。
「もう少し、もう少しでこの森を抜けられるはず……っ見えた!」
北の方向に木がない。それが何よりも、レックスにとっては嬉しかった。
無我夢中に走って、走って、走って、そしてついに森以外の大地を踏み締めた。
「やっと、やっとだ。やっと、森を抜けた……」
しかしまだここからワイレスまで、相当距離がある。
だいたいルーカーの家あった森の縦の長さを同じくらい、つまりあと到着まで約一日かかるというところだ。
「よし、もう一踏ん張り! ってほど進んでねえか。そんじゃあ、もう二踏ん張り、頑張るとすっか!」
少年はめげずに、ワイレスへの旅路を進み続ける。
「これが……」
日が沈み日が登った次の日、レックスの前には大きな洞窟の穴があった。
その洞窟からは、微かに人々声が聞こえた気がした。無論、レックスがその奥に人がいると分かっているから、自然とそう聞こえただけなのかもしれないが。いずれにせよ、
ーーそれはレックスが待ち望んだ、紛れもない地下都市ワイレスへの入り口だ。
「確かこの洞窟の奥にワイレスがあるんだよな」
レックスは、その洞窟からワイレスに行く方法を再度、自分自身と確かめる。
そして静かに頷き、洞窟の暗闇へと姿を消した。
洞窟に入ると、壁には松明、そして床には石でできた階段があった。おそらくこれを下ると、地下都市ワイレスへと辿り着けるのだろう。
ふと階段がどれくらい長いのだろうと気になり、階段の奥へと目を運んだ。
だが、それは予想を遥かに超える長さであり、途中で見えなくなってしまうほどだった。
それほどに、ワイレスは地下深くにある都市なのだと、再度実感する。
「長ぇな。でも雷足を使えば、一瞬だろ」
レックスの足が暗闇で青く光る。そしてそれは高速で動き出し、階段の奥へと突き進んでいった。
時々、不規則に松明がない壁があった。だがそれも六つあって一つあるかないかぐらいだ。ーー否、それはさっきまでの話だ。
さらに奥へと進めば進むほど、松明の数が少なくなっていくのが分かった。おそらく、さっき見た時にそこが見えなかった理由はこれだろう。
そしてさらに進むと、ついにレックスが下る階段は、松明が一つもない暗闇の階段となっていた。
「足元が何も見えねぇ。こりゃ結構あぶねぇぞ」
雷の斬撃を飛ばせば、一瞬だが多少の明かりは確保できただろう。
だが、それが壁や天井に当たって崩壊してしまえば、それこそ階段を下るのがより難しくなるだけだ。
だから迂闊にはそういう行為には働けない。それがレックスの判断だ。
ーーどれくらい歩いただろう。この暗闇の中では、人間が普段当たり前のように分かっている時間すらも知ることができない。それによりズレが生じるのは、自分の体感時計だ。
そうなれば、二十分しか経っていないのに一時間経ってしまったと勘違いすることも、しばしばあるだろう。
だが、そんな明かりもなくて真っ暗。
だがその時、いつ着くのかさえ分からない意味合いでのこの先真っ暗という状態に、一筋の光が差し込んできた。
それは松明の光でもあり、希望の光でもあった。
「あれは……明かりだ! ってことは着いたのか。ワイレスに」
残りの分を急いで駆け下り、ついに階段以外の平らな地面に足をつけた。
そして前を見ると、そこにあったのは大きな木でできた門だった。これこそが、俗に言うワイレスの入り口なのだろう。
そして、その大きな門を今の疲れ切った自分の出せる最大の力で押し込む。
こうしてついにレックスは、再び松明の光を拝むことができた。
だが、そんな光も一瞬にして闇になる。それは、単に火が消えたというわけではない。
門を開けた先に見たのは、迫力満点のワイレスの街並みとその門を守る槍を持った二人の門番だった。
一体なぜ、洞窟側の方にも門番がいないのかとツッコミたくなったが、それを我慢して挨拶する。
「こんにちは!」
「こんにちは。この都市へ入られますか?」
「おう! やっとここまで来たんだ」
「それはご苦労なもので。ーー時に、あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「いいぜ。俺の名はジュリアス•レックス。『ブレイク冒険団』団長だ。まあ今は訳あって、仲間が誰もいねえんだがーー」
「ジュリアス•レックス。お前を連行させてもらう」
「ーーーー」
希望と達成感に包まれたレックスの声を遮ったのは、さっきまでの温かく礼儀正しい声ではなく、冷たく礼儀のかけらもない、そんな声だった。
名乗ったのがいけなかったと、レックスはすぐに悟る。なにせ、おそらく相手はレックスを付け狙う存在。すなわちーー、
「お前ら、魔王軍か」
「ーー当たりだ」
ーー完全に敵だと思わず油断していた。
刹那、足に鋭い痛みが走った。
槍が来たとなれば、流石のレックスも対処している。それでなくとも気づくことは可能だっただろう。
しかしそうではないのなら、考えられるのは遠距離攻撃ーーすなわち銃による攻撃だ。
普段なら負けもしないような相手だが、今回ばかりはどうもそうはいかない。
なぜなら、今レックスに撃ち込まれた銃は、ただの銃ではなく、相手の意識を強制的に奪い取ろうとする銃ーーすなわち麻酔銃だったからだ。
それは秒針が一進むごとに、レックスの意識を奪おうとしてくる。まさに呪いのようだ。
「やめ……ろーー」
「とりあえず念のため気絶させとかないとだなーー」
ーーその兵士の槍がレックスの頭を砕く勢いで降りかかろうとした時、それを水の刃が未然に防いだ。
「ーーそこまでよ!」
そしてその後に、透き通るような少女のような声が響き渡る。ーー否、それは少女の声だ。
目が眩んでよく見えなかったが、確かにそれはフードを被り、右手に水を纏わせていた一人の少女だった。
意識が完全に途絶える瞬間、レックスの体は地面を離れた。
それだけが、レックスの記憶の中で鮮明に刻まれた。
ーーそして、レックスの意識は暗闇へと吸い込まれた。




