第三章44話(終幕)『一人の祖父として』
再び立ち向かうと決めてから少しの時が経った。
ちょうど気持ちが落ち着いた頃に昼ごはんの時間になったので、より一層美味しくいただけるだろう。
そして席につき食べ始めた頃、ルーカーがレックスに話しかけてきた。
「さてレックスよ。なんせ私も無策にお前を励ましたわけじゃない」
「ってことは……あるのか? 策が」
ルーカーの言葉が嘘偽りないことを確信し、レックスが目を見開いてそう言う。
「あぁ。レックスに力があるならば、確実に救うことができる策だ」
「俺の、力……問題ない」
さっきまでのレックスなら、自分の力を信じることができずにこの策を諦めていただろう。
もしかすると、ルーカーの策の内容を、聞く前に遮っていたかもしれない。
それでもまた立ち向かうと決めたのだから。前に進むしか道はない。それに、
ーー仲間もいない中、信じられるのは自分の力のみだ。
その言葉を聞いて、ルーカーも一瞬安堵の表情を浮かべて、静かに頷いた。
「ここから少し行ったところに、大きな洞窟がある。その中に入って少し進むと、地下に聳る大きな都市が見えてくるはずだ」
「大きな、都市?」
「あぁ。もしかしたら名前だけなら知っているかもしれない」
「ーーーー」
「その都市の名は、ワイレスだ」
「あ! 俺知ってるぞ。でも場所は分かんねぇ」
レックスがワイレスの場所を知らないのは、ただレックスが世間知らずというわけではない。
なんせ、レックスは冒険用に世界地図を持っているのだから、レックスの世間知らずは理由にはならない。
では何故知らないのか。ーー載っていないのだ。地図上にワイレスという名前の都市が。
「まあ知らないのも仕方がない。ワイレスは有名な都市だが、地下にあるのだ。だから、地図には載っていないだろう。代わりにここから北の方向に洞窟があるだろう?」
レックスは自分の持っている地図を再度確認した。するとルーカーの言う通り、小さな洞窟があった。そしてその上に小さな文字で『地下都市ワイレスへの洞窟』と書かれてあった。
完全に見落としてた。
「ほんとだ。見落としてた……」
「それで話を進めると、そこに私の弟子がいるのだ」
「おー。じいちゃんの弟子か」
「そこでレックスには私の弟子と会ってもらう。おそらく私の名を出せば、話が円滑に進むことだろう。そしてあわよくばそこで仲間を得て、その戦力でホール魔帝国へと攻め入る。これが私の策だ。
「なるほど。結構いけそうだな!」
だがルーカーは一見、現実的だと思われるこの策にとある懸念を抱いていた。それはレックスの強さを疑ってのことではない。問題は別にある。
「だが、最近その弟子と連絡が途絶えてしまってね。今どうなっているか分からない状態なのだよ」
「んー。ーーでもやるっきゃないよな。うん。やるよ、俺」
「分かった。だがくれぐれも気をつけてくれ。ーー何か嫌な予感がする」
「分かった。明日には出発するよ」
「承知した。ーーまあ、とりあえず昼飯を食べよう」
「そうだな」
レックスとルーカーは、残りの昼飯を全て食べ切った。
おそらくこれが、祖父と孫が共に食卓に並んで食べる最後の昼飯になることだろう。
その後は、ルーカーに最後の特訓をしてもらい、レックスの戦闘技術の最終調整を行った。
この半年間、とても楽しかった。そして、とても強くなった。
レックスらこの半年間を決して無駄にすることなく、必ずあいつらを救うことを、再度決意した。
日が沈み、月光があたりを照らし始めた頃、ルーカーとレックスは、共に夜ご飯を食べていた。おそらくこれが二人にとっての最後の晩餐になるだろう。
ルーカーが作った最後の晩餐は、とても豪華で孫の再出発を祝福しているようにも応援しているようにも感じ取れるものだった。
「そういえば、最後に私のところへ来たのはいつだったかな?」
「んー、確か俺が十歳の頃だった気がするぞ。その時は父さんと母さんが付き添いで、ついてきてくれたよな」
「あぁ。そういえばそうだったな」
「ーーなぁ、話して欲しいんだ。俺の、父さんと母さんのこと」
レックスの両親は、七年前ーーすなわちレックスが十一歳の頃に行方不明となっている。
ちょうどその頃、家族でとある街を訪れていた時なのだが、その旅先で突如両親の行方がわからなくなってしまったのだ。
おそらく、レックスの父の親であるルーカーはその真相を知っている。だが、頑なにそれを話してはくれない。
「ーーすまないが、それはできない」
ルーカーが声を詰まらせた後、レックスの願いを断った。
「何でなんだよ。俺も明日には、ここを去るのに」
「もう少し、もう少しレックスの旅が終わりへと近づいた時、全てを話すとするよ。だから今は我慢してくれ」
「ん〜まあじいちゃんがそう言うなら、分かったよ……」
結局最後まで、ルーカーが話したがらない理由も、ましてやレックスの消えた親の真相もわからなかった。
それからも美味しい料理を食べ、ルーカーと多くのことを話した。よく考えれば、レックスにとって祖父と二人でこんなに話すことは、今まで一度もなかった。
だからこそ、とても新鮮だった。そして楽しかった。
沈んだ日が昇り、日光があたりを照らし始めた頃、レックスは目を覚まし、ルーカーが作ってくれた朝ごはんを食べる。
そして新たなる旅へと思いを馳せ、そして決意する。必ず救ってみせるのだと。
「それじゃあ。色々ありがとう!じいちゃん」
「おぉ! 私も足が治ればもしかするとレックスの元へと向かうかもしれん」
「分かった! そん時はよろしく頼むよ。ーーそれじゃあ」
レックスーーいや、孫が最後に祖父へと言った言葉は、昔のレックスを知っている祖父として感極まるものだった。
「行ってきます!」
「ーー気をつけて行ってこい!」
少年が前を向いて走り出すその背中を、伝説のナックラーいや、一人の祖父はただただ静かに眺めるのだった。
「老いるとは、こういうものなのか」
ずっと一人のナックラーとして生きていたルーカーは、孫の成長を、そして孫の旅立ちを見て、初めて一人の伝説のナックラーではなく、一人の祖父としての感情を芽生えさせるのだった。
ーーレックスの祖父、ジュリアス•ルーカーは、自然と目から溢れるものを抑えきれずに、数十年ぶりの涙を流した。




