第三章42話『同じナックラーとして』
「ーー流石だな。ルーカーさん」
「はは。そう言ってもらえると、この老骨も生きている甲斐があるよ」
先ほど、一つの黒い龍がルーカーを飲み込もうと接近した。だが次の瞬間には、その黒い龍の姿がなくなっていた。
いや違う。バラバラになって、残骸として地面に落ちていた。そしてやがてその残骸は、黒い炎となり作り出した張本人ーーRに吸収された。
「だが、あと四つ残ってる。行け、残る全ての黒炎龍!」
Rの後ろに配下の如く待機していたそれらは、指示が入ると一斉にルーカーに向かって空を泳ぎ始めた。
「私も魔力、使ってみたいところだな」
一つの黒炎龍がルーカーを睨みつけて突進した時、ルーカーはもうそこにはいなかった。
代わりに、黒炎龍の真上には一つの影があった。それは拳に思いっきり力を貯めて、その戦闘慣れした余裕のある目で、ただ真っ直ぐに真下にあるそれを見つめていた。
「砲魂突き!」
ルーカーは空中で体を大きく捻り、その体勢で拳を振るった。そしてその拳から放たれる衝撃波で、また一つ黒炎龍を破壊した。
「ルーカーさんが魔力扱えるようになったら、それはもうただの怪物になってしまうだろうな」
「あと三つ。ーー今度は後ろからか。ほんと厄介だな」
空中で体を捻った体勢で拳を振るったルーカー。そんな状態の時に、後ろからもう一つの黒炎龍が迫ってくる。
この空中での横向きの体勢の中、反対方向からの攻撃。拳で潰すこともできず、空中を蹴って移動することもできない。
つまり、Rが初めてルーカーのことを追い詰めたのだ。
ーー否、Rの前に立ちはだかるそれは、そう易々と追い詰められる存在ではなかった。
ルーカーは大きく口を開けて迫り来るそれに向かって、思いっきり空気を蹴って衝撃波を与えた。
流石にそれによって黒炎龍が破壊されたわけではなかったが、それでも一瞬、それの動きが止まったのは確かだ。
そしてその隙にルーカーは地面に降り立ち、そして衝撃波を放ってさっきまで迫ってきていたそれを破壊した。残るは二つだけだ。
「少しヒヤリとしたが、残るはもう二つだけだぞ」
「量が増えれば質が下がる。逆に量が減れば質が上がるというもの」
残った二つの黒炎龍が、Rの足元に作られた黒炎の海の中へと入り、やがて少ししてもう一度出てきた。
さっきまでの黒炎龍の姿は、顔のパーツと龍の体の形がわかる程度のものだった。
だが今回は違った。その龍の形のような体にはさっきまでなかった鱗があり、そのなんでも飲み込みそうな大きな口には、刺々しい牙が生えていた。いずれもRの黒炎によって作られたものだが。
「なるほど……確かにこれは強くなっているな。実に面白くなりそうだ」
「これでもう、ルーカーさんの拳を喰らって、一撃で壊れるなんてことは起きない」
おそらくそれは強がりでもハッタリでもない、事実だ。おそらく、壊された三体分に使っていた魔力と魂力の余りを、残りの二体に注ぐことができたからだ。
実際ルーカーが、空気中にある魔力と魂力の流れを確認したところ、確かに先ほどよりも明らかに強くなっていた。
「行け、黒炎龍!」
強化された二体の黒炎龍が、さっきよりも格段に速い速度で、一斉にルーカーへと向かって空を走り始めた。
「砲魂突き。……やはりだめか」
ルーカーがさっきまでそれらを破壊するために使用していた技を繰り出す。だが、予想通りそれらにはまるで効いていないようで、一切動きを止めることなく進んできた。
そして拳を振るった直後に黒炎龍が来たので、仕方なく地面を蹴って空に逃げた。
「やはりだめか。ーーそれでは、私も全力……大技を使うとしよう」
ルーカーの拳は、これまでに見ないほど黒くなり、それはまるで、ルーカーの拳が闇の魔力を纏ったかかのようだった。無論、ルーカーは魔力を使えないので、それは間違いだが。
おそらくそれを表現するには、漆黒という言葉が適切だろう。
そして、その漆黒の拳に赤色のヒビが入ったような模様が浮かび上がった。それはまるで血管が脈打っているかのように動いていた。
そして体を空中で大きく捻り、ルーカーの存在全てが、黒炎龍を睨みつけるように感じた。ーー否、そうしたのだ。
「ーー奥義•爆魂終突!!」
ルーカーは拳を思いっきり後ろにやり、やがて拳を、体のエネルギー全てを駆使して下方向ーーつまり、ルーカーの最期を待ち望んでいる二体の黒炎龍に向けて振り翳した。
ルーカーの漆黒の拳により発生した衝撃波は、ルーカーの体のにある全ての魂力を纏って黒炎龍へと降り注いだ。
それだけではない。それは大気中の全てを飲み込んでいくかのように、進めば進むほど規模を大きくしていった。
それは常人ではーー否、常人ではなくとも腰を抜かすような技だ。そんな破格級の技を、強化された二体の黒炎龍が、下から迎え撃つ。
そして、そんな危険過ぎて近づくこともままならないような場所の真下に向かって、走って駆け寄る影が一つ。
それは自らが敬意を抱く存在に撃ち勝とうと、ルーカーを鬼の仮面越しに見ている男、Rだ。
黒炎龍がやられてしまえば、たちまちRにもルーカーの攻撃が降り注ぐことだろう。
だがそれでいい。それほどに、Rは最初から最後まで、ルーカーと同じ死の淵に立たされた状態で戦いたいのだ。ルーカーと同じナックラーとして。
Rもルーカーも全ての魂力、そして魔力をこの技に使い果たしてしまったので、どちらかの技が破れてしまった場合に避けることが不可能となっている。いわゆる最終局面というものだ。
そしてまもなくして、全てを飲み込む衝撃波と、全てを飲み込む黒炎龍が交わった。
風が吹き荒れ、地面がひび割れ、そして揺らぐ。発生した突風によって森の木々は根っこごと地面から分離して遠くに飛んでいってしまい、さらにRが作り出した炎のリングが消し飛んだ。
その恐ろしい光景は、まるで世界がそこで二つに割れてしまったかのようだった。
そんな異次元の戦いという言葉が生ぬるいと感じるほどの戦い。両者が一秒一秒の時間の長さを身に染みて実感していた頃、戦況に動きが見えた。
「ーーちっ、まずい」
ーーヒビが入ったのだ。魔力を纏い、魂力を纏い、空にいる老骨に向かって牙を剥いている黒炎龍に。
どんなに強靭で、絶対に壊すことができないと思うほどに頑丈なものでも、一度ヒビが入るとそこからさらに広がって、最終的には壊れてしまうというのがお約束というもの。
「ーーっ終わりだ」
二つの黒い炎にあった小さなヒビが、次第に大きくなっていく。無論、それらも最期の壊れる時までその運命に抗い、そして立ち向かう。
だが無情にもその抗う対象は、この世界の常識を遥かに超える存在。やがて二つの黒炎龍の体は崩壊し、そして砕けた。
「ーー結局、一回も勝てなかったな……」
鬼の仮面を被った男は己の無念さに嘆き、そして小さく呟いた。
そしてその呟きに覆い被さるように、この世界の常識を遥かに超える存在の攻撃が襲う。
おそらくルーカーの衝撃波は、黒炎龍を破壊するために大きく消耗しているだろう。
だがそれでも痛いものは痛く、強いものは強いというものが、世の定めだ。
Rの世界が、気を失ってしまうほどの痛みと、それを感じさせないほどの無念の色で、真っ赤に塗りつぶされた。
「ーーそれにしてもだよ。攻撃が来ると分かっていながらも、それに対応することができないというのは悲しいものだな」
それは同じナックラーとして正々堂々散ってしまったRに向けられた皮肉の言葉ではない。
紛れもない勝者であるルーカー自身に向けられた言葉だ。
さらにルーカーは空中で変に踠くように体を全力で捻る。
それは、いずれきたる攻撃から必死で逃れようとしているようだった。ーー否、そうだった。
ーー刹那、伝説のナックラー、ジュリアス•ルーカーを激しい爆音と共に白い光が穿った。




