第三章40話『焦っているやつ』
「まあとは言ったが、もしかしたら人違いって可能性もあるわけだ。だから、お前さんも名を名乗ってくれよ。もし、ここで違う名前を言ったら、人違いを認めて他を探すだけだからな」
「俺の名前は、ジュリアス•レックスだ」
「ーーは、はははは!……やっぱお前さん、聞いた通り正直者だなぁ!面白ぇ」
レックスが正直に自分の名前を名乗った瞬間、モートは腹を押さえて笑い転げた。
「正直者?なんのことだよ。俺はただ名前を名乗っただけだぞ」
「いや、悪ぃ悪ぃ。ただよ、普通ここで偽名でも何でも言って、見逃してもらおうって場面だぜ。ーーまあもっとも、偽名を名乗ってたとしても、俺はお前さんを斬ってたがな」
「見逃してもらうも何も、俺たちの邪魔すんならぶっ倒すだけだ」
剣士ジュリアス•レックスは、己の黒い剣を刀使いエスケ•モートに向かって構え、呼吸を整える。
木々がざわめく音がする。ロンとスイプは大丈夫だろうか。
だが、今はロンとスイプを信じて、レックスはこの戦いだけに集中することにした。
「「始めようぜ」」
両者の開始の合図と共に、エスケ•モートが鞘から黒い刀を瞬時に抜いて、刹那の瞬間にレックスに斬りかかった。
あまりにも一瞬のことだったので、うまく対処することができず、ラティス•マートの黒拳を防いだときと同じような対処の仕方になってしまった。あるいは、それよりも酷かったのかもしれない。
だが、一つ確実にいいことがあった。マートの攻撃は確かに速く、これまでなら目で追うことすらも、ままならなかっただろう。だが今回はーー、
「速いけど、ちゃんと目で追える」
「へーお前さん、やるじゃねえか。心が踊っちまうなぁおい!」
レックス自身も、この三ヶ月間での成長を、戦闘中に噛み締めるのだった。
そして、レックスは足に雷を纏い、高速で移動する技ーー雷足を使う。その速度は、もう三ヶ月前の比ではなかった。
音を置き去りにする速度とまではいかないが、それでもその速度は常人の領域をとうに超えていた。
そして、その黒い剣に、そして腕に雷の魔力と魂力を纏い、モートに向かって高速で剣を振るう。その速さは、もはや常人には止まって見える、または剣が見えないほどだった。
そして、それに対応しようと、モートもレックスと同等の早さで刀を振るう。
何度も両者の攻撃はぶつかり、その度、大きな金属音がこの森に響き渡り、火花が散り、やがて鳥たちが一斉に飛び立つ。
「お前さん……なるほど、雷か。それも青色の」
だが、両者の攻撃は一発も相手に当たることを知らず、何度振るっても互いに相殺し合うだけだ。
だが、モートの顔は笑っていた。それは嘲笑などではなく、単純に楽しいという感情からだった。
「お前さんのその魔力、魂力、闘気、決意、そして信じる力。どれをとってもすげえじゃねえか。事が済んだら俺たちの仲間になれ!」
「生憎、俺はお前たち魔王軍と手を組むつもりは、微塵もねえよ!」
互いの攻撃の速度が、目に見えるレベルで早くなるのが分かる。それほどに、モートはレックスという剣士との戦いを楽しんでいるのだ。
故に、マートの攻撃は速くなり、それになんとかレックスも喰らいついている状況だ。
レックスは、このままではまずいと思い、モートとの高速の攻撃の相殺の仕合いををやめて、雷足で距離を取る。
そして、見知った地形を生かそうと、木々の上を飛び回ることにした。
「お前さん、やっぱりすげえよ。胸が躍るってもんだよなぁおい!」
そのモートの動きは、この地形をよく知っているというアドバンテージを、レックスに感じさせないほどに精密な動きだ。
木々の上を飛び回っていた二人だが、モートが一本の木を踏み台にしてレックスに一気に距離を詰めた。
だが、レックスも動きをよく見ていたので、今回は難なく受け止める事ができた。
そしてそのままどちらも地面に下り、両者共に黒い剣と黒い刀を構え直す。その光景は、どちらも敵が先に攻撃を仕掛けてくるのを待っているようにも見えた。
「そういやお前さん、雷を纏ってんだろ?」
「ああ、そうだぞ」
「いやー久しぶりだなぁ。同じ雷使いの剣士と戦うのはよぉ」
すると、モートの黒い刀に、みるみる雷が纏われ始めた。そしてその雷は、レックスの青色とは異なる、黄色の雷だった。
その色はどこか禍々しく、でもとても綺麗な色だ。
「魔力ってのも扱う人によって見た目とかが変わるもんなのよ。ーーしっかしお前さん、青かぁ。これまで三人ほど雷使いと戦ってきたが、青は初めて見るなぁこりゃ。今までの奴らは全員俺と同じ黄色だったぜ」
「そうなのか」
「っなんだよ、釣れねえなぁ。俺は素直に喜んでんだぜ……ったくよぉ」
「ーーーーッッ!」
何かの雷を纏った黒い物体が迫り来るのが見えた気がして、反射的にそれを剣で防いだ。
そしてそれが剣にぶつかり、ようやく動きを止めた。見ると、それは迫りくるモートの雷を纏った刀だった。
さっきまでなら、極限集中を発動していれば目で追うことはできていた。
だが、今はどうだ。その速さは、さっきまでのモートとは比べ物にならないものであり、おそらくそれは音を置き去りにしていた。ということは、必然的にレックスより速いということになる。
「これが俺の魔力と魂力の本気の力よぉ。どうだ、すげえだろ?」
「ああ、確かにこりゃすげえよ。目で追えなかった」
「つくづく正直な奴だなぁおい。嫌いじゃねえぜ」
雷を纏った刀を振るう男は、依然としてこの戦いを子供のように純粋に楽しみ、そして笑っている。
「さあ、まだまだ始まったばかりだぜ!雷使いの剣士同士の戦いはよぉ。まあもっとも、俺は剣士じゃなくて刀使いだがな」
「何だその姿!?」
レックスの目の前にいた人物は、刀に、腕に、そして足に雷を纏わせ、まるで、雷そのものになったような姿になっていた、
「これが、俺が戦いを心から楽しむために編み出した奥義、ハイパーサンダーだ。ーーさあ始めようぜ。雷使い同士の熱き決闘ってやつをよぉ。ーー改めて、魔王軍二大幹部、エスケ•モートだ」
「ーー『ブレイク冒険団』団長、ジュリアス•レックスだ」
互いの名乗り合いが終わった時、すでに決闘の火蓋は切られていた。
雷を纏って雷そのもののようになる技、ーーハイパーサンダーを発動した刀使いは、もうその場に姿を見せなくなっていた。その速度はまるでーー、
「じいちゃんくらい、いや、もしかしたらそれ以上に速い。ーーいや、でも流石にそれはないか」
ハイパーサンダーと、名前だけ聞くと子供が言ってそうな単語であり、この技が強いなどとは、到底考えることはできない。
だが、そんな子供みたいな名前とは裏腹に、この技は非常に扱うのが困難な技であり、なによりとても強かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
伝説の冒険者、ジュリアス•ルーカーは、一見この世の武術を全て我が物としたような、身体能力を秘めているように見える。
だが、そんなルーカーにも弱点があった。それは、魔力を使えないことだ。
人は、生まれつき魔力をどれだけ保存できて、使えるかの限度があるとされている。その限度は、特訓すればするほど大きくなり、次第に魔力を使いこなせるようになる。
だが、その限度が初めからゼロだった場合の人間は違う。ゼロに何をかけてもゼロなように、生まれつき限度がゼロな人間は、どう足掻いても魔力を使うことができない。
つまり、ルーカーは魔法を扱う事ができないのだ。まあ、魂力を異次元の人間のように扱えるので、そのデバフを感じることもないのだが。それこそがジュリアス•ルーカーが伝説の冒険者になれた秘訣なのだろう。
まあつまり何が言いたいかというと、一瞬でもそんな異次元の存在と、同格ほどの速さだとも感じたほどに、モートの本気の力、そしてハイパーサンダーの力は強大だということだ。
モートが森中を走っているその光景は、まるで音を置き去りにした、雷そのものが走っているようだった。
「くそっ、これじゃあ姿を捉えられない」
「ハハ! 楽しいなぁこりゃ。いい気分だぜ」
「思い出せ!俺じいちゃんの特訓の時、どうやって攻撃を対処した?考えろ。考えろ……」
そう、あくまでモートの速さは、ルーカーには及ばない。
そして特訓の際、レックスはルーカーの拳を対処する事ができていた。
では何故、今この場でモートの攻撃を目で追う事ができないのか。答えは単純だ。
「ーー焦っているのか? 俺は」
さっきからずっと、いつも以上に心臓の音が強く聞こえていたのが少し気になっていた。それが、時々戦闘に水を差すことも少なくはない。
焦りをなくすためにどうすべきかを悩んでる時、レックスの頭をとある老人の言葉が脳裏を横切った。それは紛れもない、レックスのじいちゃん、ルーカーの言葉だ。
『極限集中をより上手く扱うには、もちろん魂力を鍛えることも重要だ。だが、それ以上に焦らないことも大切だ』
そこで確か、どうすれば焦らずに済むのかを尋ねた気がする。思い出さなければ。思い出さなければ……
ーーまた焦った。
これでは、まるで負の連鎖というものだ。焦りをなくすためにあれこれ考えると、結果的に焦る。
馬鹿みたいな話だが、その馬鹿みたいな話がレックスをより追い詰めていく。
「どうした、動きが鈍いぞ!」
「くっ!」
そんなレックスに、無情にも黒い刀が襲いかかる。まだ、この焦りを落ち着かせることすらできていないというのに。
「終わりだぁ!」
「ーーぁ」
モートの重い一撃によって、剣を大きく弾かれてしまい、さらにその衝撃で大きくよろけてしまった。
ーー思い出せ。あの場で何を学んだのかを。
『でも、焦るなって言われてもどうやったらいいんだよ。そんなの、自分の命が危なくなったら、誰でも焦るもんじゃん』
『簡単な話だ。焦っている奴というのは、大抵は自分の勝利する未来を具体的にイメージできていない、いわゆる弱い奴だ』
『ーーつまりどうするんだ?』
『つまりどんな状況でも、自分の勝利する未来を、具体的にイメージするのだ。ーー分かっているとは思うが、油断しろと言っているのではないぞ』
『ーーーー?』
ルーカーの言っていることがよく分からず、レックスは首を傾げた。
『ーーまあ難しい事を言ったが、つまり言いたいことは、どんな状況になっても自分の勝利を諦めず、自分が勝利する未来を鮮明に思い描けということだ。いいな?』
『なるほど。分かった!』
「ーーっ、思い出した。そうだよな。何焦ってたんだろ、俺」
この場だと、焦っているレックスよりも、自分の勝利を信じて戦いを心から楽しんでいるモートの方が強いに決まっている。
ならば、レックスのやることは分かった。それが分かると、自然と笑顔が溢れてしまう。
「ーー笑っている?」
「へへ、おいモート。楽しいなぁ!」
「はは、あはははははは!はぁー悪い悪い。それにしても、やっと気づいてくれたかお前さん。嬉しいぜこりゃ。そうなりゃ俺も、心置きなくこの祭りを楽しめるってもんだぜおい」
「改めて、『ブレイク冒険団』団長、ジュリアス•レックスだ」
「そんじゃあ俺も改めて、魔王軍二大幹部、エスケ•モートだ。そんじゃあ」
「「決闘の始まりだ」」
この森のこの場所では、同じ雷使い同士の決闘が行われている。
その二人の顔は、いずれも子供のような笑顔だ。まるで祭りをしているかのように。




