第三章39話『たったの数秒』
「俺たちを連行するってんなら、よほど自信があるようじゃねえか。ライバ•ガート」
「ああ。少なくとも、私がお前たちに負けることはないだろうな」
ロンたちを捕らえると宣言した男ーーライバ•ガートは、右手を空高く突き上げ、ロンたちの上空に大きな魔法陣を形成した。
「お前たちに選択肢をやる。一つ、大人しく投降すること。そしてもう一つ、愚かにも私に歯向かい、の魔法の餌食となること。さあ選べ。ーー無論、選択を誤れば、お前たちにレーザー魔法が雨のように降り注ぐことになるがな」
ガートは従わなければ魔法攻撃を仕掛けると脅してきた。だがそれがどうした。
「あー、なんだガート。生憎、俺はお前のより恐ろしい攻撃が雨のように降り注ぐのを、過去の俺が経験しちまってるんだ。それに」
今のロンは、あの忌々しき少女の拳の雨を喰らった記憶を取り戻している。さらに、この三ヶ月間、みっちり特訓も重ねた。故に、何も恐れることはないのだ。
そんな自信に満ち溢れたロンは、真っ直ぐにスイプの方を見る。見つめられた少年も、自信ありげに頷き返す。
「ああ。見せてやろうぜ、俺たちの三ヶ月間を!」
「愚かな選択だ。後悔するがいい。百発光線!」
懐かしい感覚だ。攻撃が雨のように降り注いで、周囲の地形を抉っていくのを見るのは。でもやっぱりーー、
「あいつの攻撃の方が何倍も恐ろしいな」
ロンとスイプはこの三ヶ月間で会得し、さらに磨きをかけた技ーー極限集中を発動し、レーザー攻撃を見極める。
「これ避けるくらいなら、ガイカラス撃ち抜く方がよほど難しいなぁ」
世界の時間がスローモーションになったように、奴の攻撃は遅い。いや、それは極限集中を発動しているロンたちが、そう見えるだけであって、決してガートの魔法が弱いわけではなかった。
そして、極限集中の世界の中で、ロンにとっては二度目の、スイプにとっては初めて、あれが見えた。
ロンは、あれが見えたことにより、『記憶長』の拳の雨を避ける事ができた。それほどに、あれが見えるのと見えないのとでは、戦闘において大きな差が生まれるだろう。
「「道だ」」
極限集中をある程度使いこなせるようになれば、おのずと見えてくると言われている『道』。それは今、ロンとスイプの瞳にはっきりと映った。
この『道』に沿えば、奴の攻撃を全て避けることができる。
それは、引かれた線の上を歩くのと、同じ要領だ。それだけなら、ただの幼児でもできることだろう。
「なぜ当たらない……なぜだ! あいつらには何が見えてるんだ。ーーならば」
ひたすら『道』に沿って歩いて避けている時、ふとロンたちに攻撃を仕掛けている魔法使いの方向を見た。
そして、その時ロンは自分の目を疑った。だが、疑っても自分の目に異常はなかった。
「おいスイプ! あいつ魔法陣をもう一つ作ろうとしてるぞ!」
「なに!?」
おそらくガートは、魔法陣一つでは、ロンたちのことを倒せないと考えたのだろう。
ガートは自分の体の正面に、二つ目の大きな魔法陣を形成しようとしていた。
流石に二つ目を作られては、極限集中を発動していても攻撃の密度が高すぎて避けられない。
それにロンは、この『道』が途中でポツンと切れる時の恐ろしさを知っている。
だからこそ一層恐ろしく、なんとしても阻止しなければならない。
ーー魔法陣を壊せないか。
答えは否だ。魔法陣を破壊することは、少なくとも今のロンたちにはできない。
ーー魔法陣の攻撃範囲から抜け出せないか。
これも答えは否だ。この魔法陣はとても大きく、抜け出す前に二つ目が完成してしまうだろう。
様々な考えが浮かぶも、それが全て否の文字に変わる。嫌な感覚だ。どうにかして、魔法陣を無力化することさえできればいいのだが。
「考えろ、考えろ……っ! そうだ」
八年前のイストス•ロンは、幼い少女の拳の雨に打たれた。あの技は、拳から魂力を飛ばしたことによる攻撃だ。
ロンはこれまで十八年生きてきたが、生きていてこれほど癪だと感じたことはなかった。
なにせ、あのロンにとって一番憎むべき存在ーー『記憶長』の戦い方から、この状況を打破する策を思いついたのだ。
無論、これであの存在を許すつもりは微塵もないが。
いや、これはルーカーもやっていた技だ。だから、決して『記憶長』の技を参考にしたわけではない。そう自分に言い聞かせた。
いずれにせよ、ガートを止めるためにも、こんなことで自分自身と葛藤してる場合ではない。
拳に思いっきり魂力と炎の魔力を込める。そこまでは、いつも使っている技ーーファイヤーパンチと同じだ。
だが、それを拳から他の場所へと飛ばすことは、今までやってきたこととは全く違ってくる。
だがロンはこの三ヶ月間、ルーカーの技をずっと近くで見てきた。だから構え方もやり方も全て見て学び、そして教わってきた。
もちろん、ルーカーの通りにできるなどとは思っていない。だけどそれでいい。
大切なのは、今の自分にできることを、全力でやることだから。
だからロンは、ロン自身の全力をガートにぶつけるだけだ。
そして、この危機的状況を打開するための策をスイプに伝える。
「スイプ。俺が拳で衝撃波を飛ばす。だからスイプは、俺の放った衝撃波を盾に、レーザーを防いであいつに一矢報いてくれ!」
「ロン。ーー任せとけ」
「「作戦開始だ!」」
「砲魂突き 炎!」
前にルーカーに、砲魂突きについて少し教えてもらっていた事があった。
「うむ。私は魔力を使えないからできないが、ロン君。君がもし砲魂突きを会得した暁には、その衝撃波に魔力を加えてみるといい。君の場合だと、炎の魔力だな」
「魔力を込められるのか?」
「あぁ。やり方は簡単だ。突きをする時に拳に魔力を纏わせるだけだ。簡単だろう?」
「そんなけでいいのか。ーーまあ会得できたらやってみることにするよ」
あれからも砲魂突きを会得するために特訓していたが、いずれも成功したことはなかった。
だが、今やらなければ間違いなくやられてしまう。だから、死ぬ気で身体中の魂力を拳に込めた。
ーー初めての感覚だ。これが、魂力を放つということなのだ。とても戦闘の幅が広がった気がする。
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もう少しだ。もう少しで完成する。ロンたちを確実に仕留めるための、二つ目の魔法陣が。
一つじゃ一発も当てられなかった。だが、上からも横からも撃てば、避けられる場所などないだろう。
遠くで二人が何か話してるように見えるが、レーザーの音でよく聞こえない。
まあこれを完成させれば関係ないことだが。そう思っていた矢先、ガートの瞳に映ったのは、不自然ながらにこちらへ向かってくる炎そのものだった。
「ん? 何か来るーー」
レーザーの雨の中から、一発の炎の塊が、ガートに向かって飛んできた。
だが、この程度なら、首を傾けるだけで避けられる。ーーはずだった。
「ッッ! 眩しい。なんだこれは……」
ガートの瞳の中では、避けたと思った炎の塊が大きく発光したように見えた。それも相当眩しく。
だが、その後すぐに気づいた。炎の塊の後ろに何かがあり、それが大きく発光したということが。まあそんなことに気付いたところで、もうこの不快な状況は変わらないが。
この不快な状況ーーそれは、ガートがその眩しさあまり反射的に目をつぶってしまい、形成途中だった魔法陣の制作を中断してしまったことだ。だがそれも一瞬で、たったの数秒ほどだ。
だが、そのたったの数秒が命取りになることをこの二人ーーロンとスイプは知っている。
「スイプ!」
「ああ、行こう!」
二人はガートが発光弾によって妨害を受けたことを確認すると、また『道』に沿って再び走り始めた。
この三ヶ月間、特訓しまくった二人にとって、この程度のレーザーの雨の中を走って掻い潜ることは、もう容易なことだ。
次に目を開けた頃には、二人はもう一つ目の魔法陣の雨の下にはいなかった。ふと周りを見渡しても、あるのは生い茂る緑の自然だけだ。
「どこだ、どこへ消えた!」
「目、開けるの遅かったな」
顔より下あたりが、燃えるように熱い。そんな感覚に襲われて不思議に思い、下を見るとそこにあったのは炎だった。いや違う。炎を纏った拳だ。
「ーーッッ! まずい」
迫り来る炎の拳を防ぐために、ガートは魔法のシールドを形成して、受けるダメージを軽減した。
だが、それでも下から思いっきり殴られたのでおもいっきり上へと吹っ飛んでしまった。
ガートにとって舌を噛まなかったのが唯一の救いだ。そう、舌を噛まなかったことだけが、唯一の救いだった。
「待ってたぜ、この瞬間を」
上に吹っ飛んで、体勢を立て直そうとしていた時、右肩を焼けるような大きな痛みが襲った。焼けるように痛いのでロンの拳かと思ったが、それは違った。
「撃た、れた……のか」
すぐに銃による攻撃だと理解し、痛みの感情に任せて、反射的に撃たれた右肩を左手で押さえる。そして治癒魔法をかけようとした時、ガードは大きな過ちに気付いた。
「ちっ、これではもう完全に、あいつらのペースじゃないか……」
右肩は負傷して、左手はそれを治すために使っている。つまり、今どんな攻撃が来ても対応することができない。
そしてロンとスイプが、その瞬間を見逃すわけがない。一瞬の大切さなら、この三ヶ月間で死ぬほど学んだ。
「これが、俺たちの努力の結晶、そして全力だ!」
今度は背中に焼けるような痛みが襲う。これは本物の炎だ。
それは、もう痛みからは逃げられないと言っているようだった。
「っがはーー」
大きく血を吐き、背中の骨がグキグキと鳴るのがわかる。そして、やがて地面に叩きつけられ、さらなる痛みに襲われた。
耳鳴りが止むことを知らず、心臓の鼓動だけがやかましいほど聞こえる。
そしてやがて目の前が真っ暗になった。
「ロン!」
「ああ、やったな!」
二人は共に歩み寄って、大きくハイタッチを交わした。
「それにしても、ロンの作戦を聞いた時はびっくりしたぜ……」
「まあ、それでもスイプにとったら、余裕だろ?」
「まあ……そうだな!」
勝利の歓声が響き渡る中、その歓声を大きく否定するような呻き声が、小さく、そして無惨に響き渡る。
「ーーだ……まだ、だ。……まだ、何も終わって、いないーー」
その負け惜しみのような呻き声は塵も同然だ。そのはずだった。
そう思っていたのも、ガートの体が大きな光に包まれていく瞬間までだった。
「ーーッッ! スイプ、下がれ! ーー砲魂突き(ほうこんつき)!」
すぐに異変に気づいたロンが、慌ててスイプの背中を掴んで後ろに突き飛ばした。そして全身の魂力を拳に込めて、思いっきり衝撃波を放つ。
この判断は流石と言わざるを得ないだろう。だって、もしこの判断がなければ、今頃やられていたのは一人ではなく二人になっていたであろうから。
ーー刹那、倒れていたガードの体が白い光に包まれ、その後大きな音を立てて大爆発を起こした。
「痛だ! おいロン。急に何すんだっーーえ?」
スイプが、急に突き飛ばしてきたロンに怒ろうとしてロンの方を見た時、そこにいたのは、さっきまで共に勝利を噛み締めていたロンではなかった。
そこにいたのは、ボロボロの右手を押さえてかろうじて意識を保っているロンだった。
それだけではない。スイプたちの周辺の木々が焼けたり、はたまた消し飛んだりしていたのだ。
まるで爆発したかのようにーー否、爆発したのだ。それも大規模で。
「ロン! 大丈夫か!」
「あ、あぁ……」
やがて、さっきまで共に戦っていたロンは、スイプの目の前で倒れてしまった。
その代わりかのように、さっき倒したはずのガートが、再び立っていた。それも、肩の傷を含めた全ての傷が治った状態で。
「狙撃手一人。投降するなら今のうちだぞ?」
狙撃手は、相手も狙撃手でなければ一対一で戦うことが非常に困難なジョブだ。
故に、狙撃手スイプにとって、一瞬にして戦場に復帰したガートとの一騎打ちという状況は、絶望的であると言える。
だが、それが決して諦めていい理由にはならない。そんなことは、魔王軍『戦略長』と一対一で戦った、狙撃の名手ビリー•ガンマの背中を、誰よりも見続けてきたスイプが一番よく分かっている。
「投降だ?そんなことして、身を挺して俺のこと助けてくれたロンが、許してくれるわけねえよ。それにーー」
「それに、なんだ?」
「ここで引いたら、もう一生、オレの憧れた『狙撃の名手』になれない気がするしな」
狙撃手の少年は、かつての恩人の姿を頭の中に浮かべ、再び銃を強く握りしめ、ガートに向ける。ロンの犠牲を無駄にしないために。そして、己が憧れた狙撃の名手になるために。
「圧縮銃!」
スイプの銃は、風を切ってガートの元へと一直線に進んだ。だが、そんな一撃はガードの展開した魔法のシールドによって、呆気なく防がれてしまった。
そしてその次瞬間、スイプの世界が大きな手に埋め尽くされた。
その次に、頭に強い痛みが走った。それは頭痛などではなく、物理的な痛みだ。
やっと理解した。ガートの手がスイプの頭を掴んでいたことを。
「お前たちは、判断を誤った」
「離し、やがれ……」
「愚かだったな。ーースタンハンド」
頭から全身の骨の髄の隅々に至るまでに、雷が走ったような痛みが襲った。
それは全身の細胞が悲鳴を上げることすらも禁じるようなものだった。
踠くにも、全身が麻痺して動かすこともできない。下手に殴られるよりも何倍も辛い。
それは、もう意識がなくなって欲しいと哀れにも願ってしまうほどだった。
そうして苦しんでいた時、突如首に大きな痛みが走り、さらなる痛みに襲われた。
「ーーぁ」
だが、その強烈な痛みの後、ようやくスイプの哀れな願いは叶い、スイプの世界が黒く染まった。
「安心しろ。お前たちは強い。ただ、私の『能力』、『起死回生の爆発』が初見殺し過ぎるだけだ」
ガートは気絶した二人の身柄を担いで、黒炎が火柱を立てた場所へと向かうために、高速で足を運ぶ。それはまるで、姿を消したようだった。




