第三章36話『少年はそう決意したのだった』
「ロン!大丈夫か!」
「うん。大、丈夫」
「ならいい。いいか、この半年間は絶対に無駄にはならない!心の底から自分のことを信じるんだ!」
「心の底から自分を、信じる……分かった」
「もう済んだ?ーーそれじゃあ再開だね」
そしてまた、三つ編みポニーテールの少女、◼️◼️◼️◼️◼️◼️と先生による異次元の戦いが始まってしまった。
こうなってしまえば、おそらく入る隙がなくなってしまう。
だがそれでも自分なりに工夫して立ち向かわなければ。ベットに託された約束を、果たさなければ。
「俺にできること……入る隙くらい探してやるよ」
敵に罵倒されてもなお、もう一度戦う。
少年はそう決意した。そして向かう。この異次元の戦いの中へと。
「いい加減に話したらどうだ?どうしてこんな回りくどいことをしやがる」
「そりゃ、苦しんでくれた方が美味しいもん」
「人の不幸は蜜の味ってか?そりゃつくづく性格の悪いクソガキなことだ」
「ーーでももう飽きちゃった。本気で潰しにいくね」
◼️◼️◼️◼️◼️◼️の赤い瞳が、より一層赤みを増した。まるで血肉に飢えた獣のように。
そんな獣の背後には、炎の拳が迫る。
だが恐ろしいことに、炎の拳を◼️◼️◼️◼️◼️◼️に振るった時、そこにはもう何もなかった。
「ッッ!消えた?」
「ーーっ!ロン、上だ」
ここは道場だ。天井もそこそこ高いが、高さにも限界があり、せいぜい三メートルほど。
しかし、◼️◼️◼️◼️◼️◼️はそれより高い五メートルほどの場所にいた。そして、それはロンたちも見ることができた。これが指すこと、つまり……
「あのクソガキ、天井を突き破りやがった!」
「さあ、お兄さんたちに、絶望の記憶を植え付けてあげるよ!あたいからのプレゼントだぁ!」
それは黒い拳から放たれる衝撃波の弾のようなものが雨のように降り注ぐ、まさに悪夢のような光景だった。弾の密度もかなり高い。
それはロンたちの愛す道場の天井、床に至るまでの全てを破壊し尽そうとする。
「あのクソガキ、拳から魂力を飛ばしてやがるのか。ロン!避けろーー」
そう言い終わる頃には、◼️◼️◼️◼️◼️◼️の放つ衝撃波の弾の雨で、弟子の姿は隠れてしまい、見ることも声をかけることもできなくなってしまった。
「俺に、できること」
ーー先生からの教えを無駄にしないために、そして奴に思いを踏み躙られないために。
今の自分にできることを全力で、そして全部やれ。
そう思うと、体が自然と動いて、攻撃を回避していくようになった。
それだけではない。いつもより体が軽く、頭が回る気がする。だが、それよりもっと驚くべき変化があった。
「遅く見える」
これならいつもの先生の拳の方がよほど早い。そう思えたのだ。
とは言ったものの、攻撃の密度が高すぎて、全て避けきることは不可能だ。
さらに魔王軍『◼️◼️◼️』の攻撃だ。避けられないとなった時に、拳で防ぐことができるか怪しいところだ。
だから、ただ避けるという行動だけを極限まで集中して行った。そうすれば見えたのだ。
ーー攻撃を避けるための『道』が。
「これでお兄さんたち倒せたかな?」
少女は拳を振うのをやめて、様子を見るために地に降り立った。
そこにいたのは、傷だらけでボロボロになりながらも、かろうじて立っている一人の大人だった。
「こんなの……大したこと……ねえよ」
「へーお兄さん頑張るね。ほんと、奪うのが待ちきれないよ」
「俺の何を奪うってんだ。いいか、よく聞けクソガキ!お前は、もう俺たちから何も奪えはしねえよ!」
「奪えるよ。お兄さんのこれまでの全てをさ」
これまでの全てを奪う。それは殺すということなのだろうか。ーーだがおそらくそうではないはずだ。それだったら明確に殺すと言うはずだ。
「考えても仕方ねえよな」
これまでやったことのないぐらいの、大きく深呼吸をして、呼吸を整える。そして大きな声でこう叫ぶ。
「ロン!信じてるぞお前を!」
ーー意識が不安定だ。ここはどこで俺が誰なのかすらも、考えることが難しい。
けど確かに聞こえた『信じる』と言う声。その言葉が、この不安定な世界からロンを連れ出した。
「ーーっは!」
そうだ、あの時微かに見えた気がした道に沿って、奴の攻撃を避けていた。
だが、突如弾のスピードと密度が一気に上昇し、見えていたはずの道も途中で切れてしまった。そして視界が暗くなり、やがて……
「そうだ、先生は!……そういうことか」
理解した。先生がロンが、何をすることを信じると言ったのかを。
なんと先生は、近づくのも恐ろしき魔王軍『◼️◼️◼️』を腕で押さえて固定していたのだ。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️は先生の腕を噛んで、抜け出そうとしていた。が、先生の筋肉で凝縮された腕を噛みちぎることなどできない。
それに、奴はさっきの大技でかなり体力を消耗していた。
この状態ならやれるかもしれない。いや、やるんだ。この拳で。
ロンはすぐさま足に全神経を集中させて、すぐに◼️◼️◼️◼️◼️◼️に攻撃が当たる間合いまで接近した。
そこから更に、地面を抉るような勢いで一気に至近距離まで詰め、炎を纏った拳を奴に振った。
「ファイヤーパンチ!」
「ッッ!」
ロンの炎を纏った拳は奴の腹を思いっきり殴り、先生ごと相当な距離を飛んだ。
先生と少女が壁に衝突したことにより、既に原型をとどめていなかった道場が、ついに大量の木片と化した。
ロンはすぐにそこに駆け寄り、先生と◼️◼️◼️◼️◼️◼️の安否を確かめようとした。そして目の前まで近づいた時、先生が蚊の鳴くような声で何かを呟いていた。
ロンはその声を聞こうと、さらに近づき、ついには先生の口元に耳があたるほどまで近づいた。
「ーーれろ……ーーなれろ……ーー離れろ……離れろー!」
その瞬間、一見有利に思えていた戦況は大きくひっくり返った。
大きな衝撃波と突風に襲われて、ロンは吹っ飛ばされてしまった。
頭が痛い。いや、全身と言うべきだろう。全ての感情が、痛みと恐怖と驚きに支配されてしまって、まともに物事を考えられない。
しかしそんな中でもあの忌まわし声だけは、耳の奥底まで聞こえるようだった。
そして、大きな土煙の中で、先生の方向から、強くて青い光が光るのが見えた。
そしてどうも、その青い光のことを、綺麗だとは、微塵も思うことはできなかった。
「記憶奪取。ーーやっと奪えたよー。お兄さんのこれまでの全てをさ」
さっき思いっきり殴った少女は、右手で先生の顔を掴んで引きずっていた。ロンの拳は悔しくも通用しなかったのだ。
「先生ー!」
「ん?あー君まだいたんだったね。んー困ったなぁ。君も欲しいけど、それやっちゃうと、魔力と魂力の底が尽きちゃうのよね。ーーけど私のことは忘れてもらわないと困る」
ーー恐怖で足が動かない。拳も震えない。心臓の鼓動がどんどん早くなる。
全てを奪う存在が、一歩、二本と近づいてくる。ただそれだけが分かった。
「君のこれまでの記憶全てに蓋をしてあげるわ。新しい自分に生まれ変わるのよぉ」
ーー怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……
こいつは何を言っているんだ。新しい自分に生まれ変わる?どう言うことだ。頭がおかしいのか。何をされるんだ。
いやだ、やめろ、やめろ、やめろ……
「ーーや、やめ……」
「泣いちゃダメだよ?男の子なんだから。それじゃ、ばいばーい。記憶の蓋」
「あ、ああぁぁーー」
呼吸がだんだんと荒くなり、自分の身に起きる恐ろしいことから必死に逃げようとする。
だがそれも無駄なことだった。もう視界が暗くなり、耳鳴りが止まらない。
これまでの自分の楽しかったことや辛かったこと。汗水垂らして特訓しまくった日々が無数に思い出される。これが走馬灯というものなのだろうか。
しかし、その走馬灯に次々と黒いモヤがかかったようで、最終的にはもう全てが黒くなった。
恐怖でどうにかなりそうな敗北者は、走馬灯を見ることすらも許されないのか。
ーーあれ、なんでこんなに怯えてるんだ?
決して避けることのできない運命に、イストス•ロンはこれまでのイストス•ロンを封じられ、そして無くした。
「ここはどこだ?俺は……誰だ?」
そこは全く知らない場所だった。背中の感触からして、おそらくベットで寝ているのだろう。
「目を覚ましたのじゃな」
そこにいたのは、一人のおじさんだった。どうやら、ここはシェイク村という名前の村らしく、この人は村長なのだそうだ。
そして名前は、イストス•ロンというらしい。
話によると、一人の大人が意識のないボロボロの俺を抱えてこの村にやってきて、名前だけ伝えてどこかに消えてしまったらしい。
目覚めた時は、それはもう不安と疑問でいっぱいで、自分が何者なのかさえも分からない。
もう何が何だか分からなくなって、頭がしっちゃかめっちゃかになってた。
でもそんな中、救いもあった。それは自分ですら自分が何者なのか分からない中で、この村の人たちが俺のことを村の子供の一人として優しく接してくれたことだ。
だから、今のロンもこの村の子供として振る舞うことにした。まあ以前の記憶がないから、今のロンにとったら、この村が故郷みたいなものなのだが。
だけど、いつまでもこうしているわけにもいかない。大きく、そして強くなってこの村の外の世界に出て、無くしてしまったイストス•ロンを探さなければならない。
そうして八年の月日が流れた時、この村に一人の少年が現れた。名をジュリアス•レックスという。 そいつは、ロンも解決し得なかったモンスターの問題を解決し、さらにモンスターと人間が共存する村にしたのだ。
ーーレックスについて行けば、もしかしたら無くした自分を取り戻せるかもしれない。そう思い、ロンは仲間になることを懇願した。
シェイク村の、一人のナックラーとして。
それからは楽しい時間が過ぎ、さらに自分を強くした。無くした自分を見つけるための旅が、いつのまにかただの楽しい時間へと変わっていった。
長い長い黒い世界。意識だけがそこにはあって、でもある感じがしなくて。
『全部思い出した』
ロンは、封じられ、そして無くしていた、これまでのイストス•ロンを取り戻すことができた。
と同時に、この長い長い黒い世界が、奴がロンの記憶に、蓋をしたことによる産物だと言うことも、理解した。
『あいつから、全てを奪い返してやる』
少年はそう決意したのだった。
『もう迷わねえ。待ってろよ、みんな』
「ーーン……ロン……ロンー!」
聞き覚えのある声が聞こえる。自分と同じ魔王軍を倒そうとする者の声だ。
「ーっ!ーーおはよう」
「長いこと寝てたなー。おはよう。朝ごはん食うぞ!」
「ーーおう」
過去のイストス•ロンを取り戻したロンは、まだみんなを奪った奴の正体を、思い出すことができていない。
けれど、見当はついている。人の記憶に関わり、魔王軍の長官である人物。そんな人物は、この世界に一人しかいない。
「絶対にお前から全てを奪い返す。『記憶長』メモリー•ポードリアン」
ーーあいつに奪われたみんなを、取り戻すんだ。絶対に。
少年はそう決意したのだった。




