第三章35話『あたいの流儀』
「よし、それじゃあ今日の特訓はここまで!一同、気をつけ!礼!」
「「ありがとうございました!」」
特訓の終わりの合図。普段はそこでみんな家に帰る。
しかし今日から先生がロンに、特別指導をしてくれるらしい。これもロンが約束を果たすことができるようになるためらしい。
「それじゃあ特別指導を始める。気をつけ!礼!」
「お願いします!」
「ーーってことで始めようか。ロン」
「先生、まずは何をするんだ?」
「まずはーーそうだな。極限集中という技術を学ぼうか」
「極限集中?なんじゃそれ?」
「あーまあ……あれだ。めっちゃ集中できるやつ……」
「分かんねーよ!」
「あーじゃあもうあれ。戦闘中にめっちゃ強くなれる技だ」
いつも先生は技の説明とかになると、とたんに分かりにくくなる。
だが今回は理解した。これを会得すれば、きっとおそらくーー、
「ベットを救える技。ーーそうなんだろ?」
先生は優しい顔で微笑んて、そして大きく頷いた。
無論、その瞳に、邪念は一切見られない。
その瞳はただただ真っ直ぐに、幼いナックラーを見ていた。
「おー!じゃあ絶対会得しないとな!」」
「あぁ、それじゃあまずはーー」
こうして先生によるロンへの特別指導が毎日行われることとなった。いつもは昼から一人で自主練していたので、個別で教えてもらうのと、成長するスピードがまるで違う。
「待ってろよベット。必ず俺がお前を見つけ出してやるからな」
ベットを救うために力をつけると決意してから、約半年の月日が流れた。
この半年は辛かった。今までの午前までの特訓が、子供向けに設定された生ぬるいものだったのかを、痛いほど実感させられた。
けど、それでも逃げてはいけないから、ただひたすらに努力し続けた。
ーーそれもこの日のために。
「それじゃあ特別戦闘を始める。気をつけ!礼!」
「お願いします!」
「ーーさて、一応これが俺たちの流儀ってわけだが、お前の流儀はどんなものだか」
「あたしの流儀ー?んーなんだろう……分かんないや。ーーそれじゃあ始めよっか」
それは思わず眠気をそそられるような幼い少女の声だった。
だが、その声を聞くたび、全身の細胞が、彼女の存在を否定するような感覚に襲われる。
さらにそれだけはない。周囲の空気が、あの少女に従うかのように凍りつく。まるで大気中の酸素が、一斉に牙を向いたかとも思うほどだ。
それほどに、その少女はただ者ではなかった。
時は特訓が終わってみんなが帰り、特別指導が始まる少し前に遡る。
「それじゃあ、今日も特別指導を始める!気をつけ!礼っ、ーー誰だ」
「ーーえ?」
「はじめましてー。こんにちわ」
そこにいたのは、この道場に似合わない幼い少女だった。本来なら先生もこんな冷たい対応をしなかっただろう。
しかし先生もロンも、この少女がただの幼い少女ではないことを理解していた。
いや、まだその時はそんな気がしただけだったのかもしれない。
しかし、次の一言で、ロンたちの予想は現実へと早変わりした。
「あたいは魔王軍『◼️◼️◼️』◼️◼️◼️ ◼️•◼️◼️◼️◼️◼️◼️だよ」
彼女はそう言って、茶髪の三つ編みのポニーテールを自慢げになびかせる。
ーーなぜ思い出せない。おそらくこいつがベットを奪ったはずなのに。絶対に忘れてはいけないはずなのに。
まるで記憶に大きな穴が空いたかのように。
「魔王軍『◼️◼️◼️』!?ーーそれってベットが取引した相手の……」
ロンが言い終わる前に、先生がロンの前に立って、その少女から、ーーいや『◼️◼️◼️』と呼ぶべきだろう。そいつから庇うようにした。
「ロン、いつもの俺たちの流儀をするぞ」
「先生……分かった」
どんな相手でも、戦う前に敬意を示す。それがロンたちの流儀である。
先生はたとえその相手が、ベットを奪った憎むべき相手でも、この流儀を貫き通すべきだと思ったのだろう。
そして時は現在に至る。
少女の「始めよっか」という言葉は、俺たちの戦意を、闘気をさらに荒ぶらせた。そしてそれは戦闘の合図のようだった。
「ロン、俺が叩き込んだのはあくまで基礎的なことだけだ。だから実践経験のないお前には厳しいと思う。っが、分かってるよな?」
「うん先生。俺はこの半年間、自分にできることを積み重ねてきた。全力でやってみせるよ!」
「それを聞いて安心した、一番弟子!」
拳を構え、その少女の皮を被った化け物に向ける。ーー大丈夫だ。迷いはない。
「黒拳 乱撃!」
高速かつ無数に増えたような先生の黒い拳が、容赦なく少女に降りかかる。それに少女は一切動揺を見せない様子だった。
「お兄さんすごいね。まるで手が無数に増えたみたいだよ」
「ーーよく言ったもんだぜ」
先生の黒い拳は、一発も少女を殴ることができていなかった。先生と同等の速さで、彼女自身も拳を振るっているのだ。
こんなに冷や汗をかいた先生を見るのは初めてだ。
だけど、黙って見ているわけにはいかない。友達を、ベットを返してもらうためにもだ。
「ファイヤーパンチ!」
「へーお兄さんたち強いねー!あたい強い男の子は好きだよ」
ロンの拳はあっけなく少女の拳によって防がれてしまった。
しかし切り替えて、次の作戦を考えなければならない。
「生憎お前みたいなクソガキを好きになる奴なんていねえよ!」
先生の拳が、さらに威力を増す。しかしそれに適応して、少女の拳も威力を増した。
まるで、先生の攻撃と同じことをやろうとしているかのように。
「どういう趣味してんだお前?ーーお前の力なら、俺のことを……ねじ伏せることくらい容易いんじゃねえか?」
先生の言葉は、かすかに憎しみも含んでいたと思う。けど先生自身も、客観的にこの状況を判断して言ったのだろう。
「そんなの簡単なことだよ。奪うものはいいものじゃないと、あたいもやり損ってもんだよー」
「やり損だぁ?なんだかよく分からねえが、そんなの勝ってから言いやがれ!」
「ーーどうしよう、ついていけない……」
当然だ。ここで行われている戦いは、半年間猛特訓しただけの子供には手もつけられないような次元のものなのだから。
これこそ、まさに異次元の戦いとも言えるべきものだ。
それでも立ち向かわなければ、多分先生だけじゃ勝てない。そう悟った。
「あいつは恐らく俺を脅威とすらも見ていないはず。だったら今度こそーーっがは……」
ロンがこの異次元の戦いに加わろうと、拳に炎を纏って殴りかかろうとした瞬間、それはほんの一瞬の刹那にして起こった。
「殴られ、た……?」
そう、殴られたのだ。一応教えられた通り極限集中は発動していた。が、ロンの極限集中などまるで通用しなかった。
そして、その少女は殴った者に対して、軽蔑するような言葉を吐き捨てる。
「出直してきなよ。ここはまだ君が入ってきていい次元じゃないと思うよ?ーーまあこれがあたいの流儀ってやつかな」
場違いだろうと立ち向かうその少年に対して、軽蔑する言葉を吐き捨てることこそが、自分の流儀だと彼女は確かにそう言った。




