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フィッツ•イン•プロミス 〜約束の旅〜  作者: えれべ
第三章『終焉を知らせる黒炎』

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第三章34話『長い長い黒い世界』

 ーー長い長い黒い世界。意識だけがそこにはあって、でもある感じがしなくて。


 よく分からない世界で、見たこともない景色を、でもどこかで見たことあるような景色を……


「ロンー!起きなさーい!」


 ーー誰の声だと思った。なぜか、とても懐かしい感じがした。


「ふぁ〜よく寝た。おはよう」


 ーー自分の声だ。それもロンが十一歳の頃の。それじゃあこれは昔の記憶なのだろうか。


「おはよう。朝ごはん机の上にあるから食べといて。私は仕事行ってくるわー」


「うん。頑張ってね」


 ーー忘れていたはずの昔の記憶が蘇った。おそらくこれは、今のイストス•ロンが誕生する前の無くしてしまったイストス•ロンなのだろう。


 

 母親は毎日朝から晩まで大忙しだ。なにせ父親は一年前に行方不明になったから、女手一人で俺を育てなければいけないのだ。


 もちろん寂しい。なかなか話す時間もないし、遊んだりもできない。


 でも、そんなロンにも毎日の楽しみがある。


 ロンは朝ごはんを食べて、急いで家を出た。もちろん鍵も閉めて。

 家を出てからは急いで走る。あそこに早く行きたいから。


 ここは大きめの村だ。人々の交流も盛んで、たくさんレンガの家も立ち並んでいる。どっちかというと街に近い感じだ。


 そして何より、一番好きな場所がある。それが、


「着いたー!多分……一番乗り!」


「いやいや、先生の私の方が早くないとダメだろ?ーまあ私も今着いたところだが」


 先生が来た。先生の左目の傷は、今日も相変わらず似合っている。


「先生!おはよう」


「今鍵を開けるから待ってなさい」


 ここはロンが村で一番好きな場所、ナックラー道場だ。子供から大人までここでナックラーの特訓を受けられる。


 この人はロンたちの先生だ。めちゃくちゃ強い。


 やがて人がどんどん増えてきて、特訓が始まる頃にはほとんど全員、ーーだいたい二十人くらいが集まった。


 みんな整列して先生の方を見る。子供は二人だけで、あとは全員大人だった。


「それじゃあ始めようか。今日の特訓を!気をつけ!礼!」


「「お願いします!」」


「よし、それじゃあ最初はいつも通り、素振り百回からだな」


 ここの道場では、先生がメニューを決めて、それにみんなが取り組む。こんな感じでやっている。


 もちろんロンみたいな十歳の子供から二十五歳くらいの大人までいるので、若干メニューは変わってはくるが。



「終わったー!」


「お、ロン早いじゃないか!流石ちびっこ最強だな」


「へへへ」


 そしてしばらくして、他のみんなも終わったみたいだ。それを見て先生が次の指示を出す。


「よし、それじゃあ次!大人は魂力(こんりょく)の特訓だが…子供はどうしようか」


「先生!今度こそ俺やりてぇ!」


「俺も俺も!」


 当然ロンのようなちびっこには早いことなのだろうとは理解していた。だけどやっぱりやってみたい気持ちの方が強い。


「んー困ったなぁ。ーーあ!まーいっか。やっちゃおう!」


 先生はおそらく何かを考えて、そう言ったのだろう。

 だが、その頃は、そんなことを考える余地もなかった。


「「おっしゃー!」」


 ロンと同い年で仲のいい友達は、ベットという男の幼馴染だった。

 今も一緒に魂力(こんりょく)の特訓を受けられることを一緒に喜んでいる。


 いつもはダメって言われるけど、なんでか分からないけどいいって言われた。

 無論、周りの大人も驚いている。理由は本当にわからないけど、ーーまあできるならいいや。


「それじゃあまずは、魂力(こんりよく)で手を黒く染めてくれ」


「「え、え?」」 


 周りの大人たちは次々とそれをやってみせた。が、そんなこと急にできるはずもなく、ただ戸惑うだけだった。


「どうした?ベット、ロン。やるんじゃなかったのか?」


「って言われても、どうやったらいいかわかんねぇよ」


「先生、教えてくれないんですか?」


「俺はいつも手順通りに教えてるぜ?ただーー」


「「ただ?」」


「君たち二人がその手順を変えようとしたんじゃないか」


「「っ、確かに……」」


「自分が今できることから積み重ねていって、初めて自分のやりたいことができるようになるんだ。そしてそれができるようになると、人はまた先を見てやりたいことを決める。そうやって、人が形作られていくと思ってるぜ?俺は」


 そう言って、先生はロンたちの頭を優しく撫でる。この強くてしっかりしてて、なにより温かい手が大好きだった。


「だから、今の自分ができることを大切に極めていくんだ。そしたら、こんな大人たち、あっという間に抜かせるようになるさ。ーーまあ俺には敵わねえけどな」


「先生ーそれ本気っすかー?」


「あぁ、この子達は潜在能力を大きく秘めているからな」


 正直周りの大人たちも結構驚いている。が、それでも楽しそうに笑っている。

 この光景が、毎日が好きだ。とっても。


 もう昼過ぎになった。

 大人たちも仕事がある時間帯になるので、毎日のナックラー道場はここで終わりになる。

 

 全員始めのように整列し、先生の方を見る。


「よし、それじゃあ今日の特訓はここまで!一同、気をつけ!礼!」


「「ありがとうございました!」」


 この道場の流儀の一つ、それは挨拶をきちんと行うことだ。戦う時にも相手に敬意を忘れないこと、それをきちんとした挨拶で示す。

 ロンは、というかみんなもこの流儀を気に入ってるんだ。


「ロン帰ろー」


「そうだな。帰ろう」


 ロンは道場が終わると、いつも仲のいいベットと帰る。まあこの村で友達と呼べるのは、ベットしかいないのだが。


「いつか俺もあんな風になれるのかなぁ」


「なろう!世界一強いナックラーにさ!」


 何気ない気持ちで呟いた自分の気持ち。それをベットは一欠片も否定しなかった。

 むしろ、この呟きを肯定したのだ。


「おう!約束だな!」


「うん!」


 何気ない気持ちで交わした約束。それでも、この約束はロンたちにとっての大きな目標であり、何よりーー、


「俺の、俺たちの夢だな」


 ーー長い長い黒い世界。意識だけがそこにはあって、でもある感じがしなくて。


 でもその世界は優しくて、ずっといたいと思うくらいに。


 ーーでもそんなに世界は優しくないことを、今のイストス•ロンは知っている。


「そういえば、ロンってなんでナックラーになりたいの?」


 ベットがロンに理由を尋ねる。そういえば言ったことがなかった。


 ちなみにベットの、上の名前は分からないらしい。

 ベット曰く、幼い頃に親に捨てられ、名前以外の情報が何もないのだと言う。本人は何も覚えていないらしいのだが。


 とても不幸で、しかしそれでも屈しず、前を向くその瞳は、今ロンの方を真っ直ぐに見ていた。


「んー、強くなりたいからかな?あと……男なら拳!ーーとか言わねえか?」


「まあ……そうかも」


 少しロンの回答に疑念を抱きつつも、同じ前を向く瞳を持つ者として、より一層親睦を深めるのだった。


「それじゃあ、今日した約束を、絶対忘れないでよ?ーー信じてるから!ロンならできるって」


「信じてるって……ベットもやるんだろ?」


「俺は……うん、そうだね。一緒に頑張ろう!……」


 そのあやふやな回答の意味など、当時は理解できるはずもなかった。そうーー、


 ーー当時のベットの想いなんて、考えなんて分かるはずもなかったのだ。


 

 ロンは家に帰って、昼ごはんを食べた。そしていつも通り、外に出て自主練を始めた。


 だがいつもと違うことがあった。それは、自主練をしながら、今日のベットの様子を考えていたことだ。


 まだ幼いロンでも、今日のベットは何かおかしかったというのは分かった。

 今日に約束などして、急に信じてるなどと言い出して……まるで、


「なんか今日でお別れみたいで嫌じゃんかよ……」


 嫌な予感というのは突然自分の頭に降り注ぐものだ。だからそんなものに、いちいち翻弄されていては生きづらいというものだ。


 しかし、その生きづらさを感じてしまっても、やはり人というのはその嫌な予感から目を逸らすことができない。

 ーー実に不思議なものだ。


 気がつけば辺りはもう暗くなっており、そろそろ帰らないと母さんに叱られる。まあまだ帰ってきてはいないだろうが。


 家に帰ると、扉の前に一枚の手紙が置かれていた。


 ふいに嫌な予感が、心臓を握りつぶそうとする感覚に襲われる。……そんな気がしたのだ。



「まさか……そんなわけないよな?」


 恐る恐る手紙を読む。

 おもわず手が震え、頭が真っ白になった。身体中の細胞が、呻き声を上げているようにも感じた。

 まるで嫌な予感が心臓を握りつぶしたようだった。


「なん……で?ベ……ット……?」


 これだから、人は生きづらくも、嫌な予感から目を逸らすことができないのだろう。


 手紙の内容はこうだ。


『この手紙を読んでるってことは、僕は無事じゃないと思う。 突然だけど、僕は魔王軍『◼️◼️◼️』と取引をすることにしたんだ。あいつは僕の幼い頃のことを知ってると言ってた。僕は正直、危険なことだけど、それでも知りたいと思っちゃった。だけど、やっぱり危険だったことはわかってる。だから考えたくないけど、お願い、世界一のナックラーのロンが僕を見つけて!幸いあいつは殺さないと約束してくれたから大丈夫だよ!ーーだから、信じてる。約束だよ!』


 ーーなぜ取引相手のことを思い出せないのだろう。なにか記憶に蓋をされているみたいな感覚だ。



「見つけてって……そんなの俺にはできねえよ。だって俺は」


 その言葉はベット決意を踏み躙るものであり、なにより絶対に口にしてはいけない言葉なのは分かっていた。

 分かってはいたが、それ以上に自分に対する不信感を募らせてしまって、ついぼそっと溢れてしまった。


「ーー世界一のナックラーじゃないから……」



 後日、このことをみんなに、そして先生にも話した。


 先生はそっとロンの肩に手を置いた。

 とても優しい手で、思わず泣きそうになった。


「ロン。お前は今自分に自信がない。そうだろ?」


「っ!ーーうん。正直ベットとの約束を俺が守れるとは思えねーー」


「ロン!友達のと約束を守れなくて、お前いったい何守れるって言う気だ?」


「ーー!」


「男には、ーーナックラーにはたとえ無理だと思う約束でもな、絶対果たさなきゃならない時があるんだ」


「ーーでもどうやって……」


「そんなの、ロンの拳が教えてくれるはずだ。それがナックラーだからな」


「ーー俺の……拳」


「ああ、お前の拳だ」


 先生がロンの拳に触れる。その手はいつも通り温かくて優しい手だった。

 そしてなにより、自分の拳を、心の底から信じているような手だった。


 ーー自分のやるべきことが分かった気がする。


「先生、俺……なるよ。世界一のナックラーに」


「その息だ。流石俺の弟子!信じてるぜ」


 その温かくて優しい手は、ロンの頭を優しく撫でてた。



 ーー長い長い黒い世界。意識だけがそこにはあって、でもある感じがしなくて。


 よく分からない世界で、見たこともない景色を、でもどこかで見たことあるような景色を見た。


 その景色はロンにあった、当たり前の日常を絶望へと引き摺り込み、そこから希望へと引き戻した記憶だった。


 ーーしかしまだ生ぬるい。この頃のイストス•ロンは、まだ本当の絶望というものを知らなかった。

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