第三章32話『失敗は大きな経験になる』
「それでは改めて、特訓を始めようか。内容は至って簡単だ」
ルーカーは拳を構え、若いナックラーに笑いかけ、その黒い瞳で相手を見つめた。
ロンもルーカーがやりたいことを悟り、同じように拳を構える。
「始めようか。最高の特訓を」
「さっきの通り、俺が魔力を使わずに、一発でも攻撃を叩き込めば勝ちだよな?」
「あぁ、いつでも来い!」
「ーーっ!」
ルーカーに拳を叩き込む。その一心で、ロンはただただ走って、ルーカーに接近を図る。そして黒い拳を振るった。
ただ威力が上がるだけなら、わざわざ魂力を使う必要もない。
だが、魂力を込めると、威力と同様にスピードも上がるので、少しでも命中率を上げられるのだ。
「いいぞ、その調子だ」
右手で振るった黒い拳は避けられてしまった。だが、まだ左手が残っている。
だがそして左手の拳を振るった時、気が付けば振るっていた拳の動きが止まっていたのだ。
つまりロンのもう一つの拳は、ルーカーに軽く止められてしまったのだ。
「分かりやすいぞ。動きが単調すぎる」
また失敗してしまった。その失敗は、また自分に対する自信を失っていく。
それは無情にも、さっき誓ったことを全て打ち砕いていくようにも感じた。
どうにかしてこの状況を打破しなければ、ーーいや、やはり無理なのだろう。
自分『本当の強者』にはなれない。ロンは、そう思ってしまって仕方がなかった。
そう思うと、自然と振るおうとしていた右手の動きが止まってしまった。
「ーーーー」
「ん、どうした。もう終わりか?」
「やっぱり俺には、俺には無理なんじゃねえかって思っちまって、つい……」
「それは、二度も失敗してしまったからか?」
「ーーそうかもしれねえ。というかそうだ」
ルーカーは構えていた拳を解き、ロンに歩み寄る。そして真剣な眼差しでロンを見つめ、両手でロンの肩をポンと叩く。
「確かに本当の強者は失敗をあまりしないのかもしれない。だが、本当の強者だって過去には何度も失敗して強くなったのだ」
「それは……」
「失敗すれば自分を信じられなくなってしまうだろう。だがそれ以上に、失敗は大きな経験になる。経験は人を強くする。そしてそれは、己を本当の強者へと導いてくれるのだよ」
「ーーーー」
風がざわめき、緑が生い茂るこの森で伝説のナックラーが言った言葉は、迷えるナックラーの心をより『本当の強者』へと近づけた。
ーー決めた、もう諦めまいと。そして挑み続けると。
「ルーカーさん。……もう一度、もう一度頼む!」
「ーー分かったよ。何度でも君を、魂を強くしようじゃないか」
ロンは、何度諦めかけても、諦めることだけは許されないこと。そして、失敗するたびに強くなれることを、伝説の存在から教わった。
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「おりゃおりゃおりゃおりゃー!」
一人のナックラーが決意を抱いた時、同時に同じ森では空に向かって青い斬撃が無数に放たれるという、異様な光景が広がっていた。
そしてまもなくして斬撃の雨が止んだ時、そこにあったのは少年の呟きだった。
「んーだいぶやった気がするけど、これやるだけでほんとにいいのか?ただひたすら撃ってるだけじゃ、威力なんて上がる気がしないけどな。ーーまあやるしかねえか」
少年の呟きが収まった後、また森の上空に向かって放たれる大量の斬撃が出現した。
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「今度こそっ!ーーだめか……」
少年の決意と斬撃の雨、だがこの森はそれだけでは収まるを知らなかった。
上空にいるガイカラスを狙撃しようとする銃の弾が、上空に向かって放たれていた。
「極限集中を会得しろって言ってもどうやって…やっぱり全匹狙撃するしかねえのか。ーーやるかぁ」
またこの森の上空で、モンスターを倒すための狙撃が始まった。
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「どうした、その程度か?」
「まだ、だ!」
かれこれ一時間ほど休まず拳を振るっているが、今まだに拳を、一度も当てられていない。
拳を振るっても、軽く受け止められるだけか、避けられるだけなのだ。
それでも教えられたんだ。何度失敗しても、その度に立ち上がって強くなれることを。
だからたとえ百回、千回届かなくても、挑み続けることを止めてはいけないのだ。
「速度が落ちてきたぞ。一旦休憩を取るか」
「いや、まだいけるーー」
突然のことだった。一瞬視界が狭くなったと思うと、その後に頭に大きな衝撃が走り、その後に自分が見た景色は、さっきまで自分が立っていた地面がすぐそこにあるというものだったのだ。
「うむ、疲労困憊だな。皆を集めて休憩にするとしよう」
ルーカーはその瞬間、一瞬にして姿を消し、高速で移動してレックスたちを呼びに行った。
せっかく何回でも挑み続けると決めたのに、ーーまあ休憩を取るのも特訓のうちの一つだろう。
そう考え、ロンは大人しく休憩を取ることにした。
そして体感約十秒が経った時、ルーカーが帰ってきて、その約一分後に二人が帰ってきた。
「ロン大丈夫かー?」
「あぁ、まあ疲れただけだから大丈夫だ」
レックスの心配する声掛けに、自分の身が危険な状態になっていないことを伝える。まあ危険な状態ではないと言えば嘘になってしまうが。
いずれにせよ、これ以上レックスとスイプに、疲労困憊で倒れた自分のことで、あまり心配をかけたくなかったのだ。
そして少しして起き上がり、レックスとスイプが座っていた、倒れた丸太の倒木に座った。
「ロン、もういけるのか?」
「あぁ、なんとかな」
レックスの問いかけに、大丈夫だと伝える。スイプもそれを聞いて、安心したような顔をしていた。
そして少しして、ルーカーがおにぎりを持って来て、ロンたちに差し出した。
「さぁ、遠慮なく食ってくれ。腹が減っては戦はできぬと言うだろう?」
「あぁ! ありがとうじいちゃん。いっただっきまーす!」
「「いただきます!」」
特訓で消費したエネルギーを回復するためにも、よく食べなければならない。
食とは戦闘の質を向上させるための一つの要素なのだから。
「それでまだ二人の様子を見れていないのだが、どんな感じだ?」
「んー。俺は斬撃飛ばしまくってるけど……いまいち分からないなー」
「俺もだ。極限集中を会得できてねえから、ガイカラスに攻撃が当たらねえよぉー」
「なるほど。すまない、私も少し適当に言いすぎたのかもしれないな。食べ終わったら特訓内容を変更して伝えることにするよ」
そして食べ終わり、ルーカーが次なる特訓を言い渡す。
「まあ食い終わった後すぐに動くと言うのもなかなかきついだろう。だから一時間後に再開する。内容は、ーーひたすら私の攻撃を避け続けることだ。防ぐのもありだ」
「ーーほんとかじいちゃん?」
「あぁ、本当だとも。そうすれば生存本能が働いて、極限集中を使うことができるかもしれないからな」
「なるほど。確かにてっとり早いな。それに、ーー面白そうだ」
約一時間、みっちり伝説のナックラーから特訓を受けたロンが、自信ありげに両拳をぶつける。
「ーーそれを聞いて安心したよ」
ルーカーの呟きは誰の耳にも入らなかったが、この呟きから、ルーカーがロンが自信を付けてきていることに対する、安堵が感じ取れていることが分かった。
「ーーそれでは始めようか」




