第三章29話『それは一人の老いた老人だ』
「これを使えば、もしかしたら……」
「いや、よく考えようぜ。まだ決断するに速すぎるしな」
ーー今度は決断を迷う少女の声と、決断をよく考える少年の声だった。
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砂漠の街コルトを出発してから、約五日が経ち、ようやく世界一広いと噂のワイド砂漠を越えることができたのだ。
そして今後の方針を考えていると、青髪の冒険者、ジュリアス•レックスが意見を言おうと手を挙げる。
「俺にいい案があるぜ。とっておきだ」
そのとっておきという言葉にロンが反応を示す。
「へー、どんなやつだ?」
「それはなぁ…俺のじいちゃんに特訓してもらうことだ!」
「ーーえ?」
これにはスイプも唖然としていた。当然だろう。
急に自分のじいちゃんに特訓してもらうなどと言われたところで、理解するのが可能なものはほぼいない。
ーー否、理解するものが一人この場にいた。
「そういや俺ずっと気になってたんだが、ジュリアス•レックスって、まさかあのジュリアス•ルーカーの孫だったりするか?」
ジュリアス•ルーカー。それは、かつて伝説の冒険団として名を馳せていた『ブレイド冒険団』のリーダーとして、伝説の冒険者と謳われていたナックラーだ。
そしてロンは、レックスがそのジュリアス•ルーカーの孫ではないのかと問うのだった。
「あぁ、そうだぞ。だから言ったじゃねえか。特訓してもらおうって」
「えーー!?」
「やっぱりか。通りで聞いたことある名だと思ったぜ」
ロンの予想、それは事実になった。その様子にスイプはただ驚くことしかできなかったが。
「確かここからそんなに離れてなかったはずだぜ。行くか?」
「あぁ、せっかくだしな」
「楽しみだな!」
「そうと決まれば行くぞ!」
次の目的地は、ジュリアス•ルーカー、つまりレックスのじいちゃんの家となった。
レックスの地図を見ると、今ワイド砂漠を出てすぐの西の方向に「じいちゃんの家」と書かれてあるのが見えた。
「思ってたより近いんだな」
「うん、多分半日くらいで着くと思うぜ」
自分たちの目的地の方向へと真っ直ぐ前を見て前進する。そんな当たり前のことだがレックスとロンにとってはそれすらも気をつけなければならないことだった。
それも、ワイド砂漠でもしスイプに会わなければ今頃どうなっていたかと、いまだに恐ろしくなるからだ。
「ほんと、あの時はスイプがいてくれなかったらやばかったなー」
「あぁ、俺も今それを考えてたとこだ」
「急にどうした……ってあれのことか。そりゃやばかっただろうな。オレがいなきゃ」
そんなこんなで、この広大な平原を進み続ける。 あたりはポツンと木が数本あるだけで、基本何もないところだ。平地という表現の方が妥当かもしれない。
そんな平地のような平原の奥に、なにやら不自然に砂埃が立っているのが見えた。
その光景には思わず目を疑ったが、自分たちの目は正しかった。それは、その砂埃に近づくとすぐに分かったことだ。
「あれは……ゴブリンの群れじゃねえか!それも全員足が速いぞ!数はざっと二十体くらいだ」
少し離れた砂埃の中に、ロンが見えたものをそのまま伝える。
「そりゃまさかスピードゴブリンじゃねえのか!?運悪いな」
スイプはそのゴブリン、スピードゴブリンの群れに出くわしてしまった自分たちの運を悔やむ。
その名を聞いたことのないレックスとロンはことの重大さを理解していない様子だ。
「スピードゴブリン?強いのかそいつら」
「スピードゴブリンは基本群れで移動するモンスターだ。特徴としてはあんな感じで足が速くて、なによりすばしっこい。獲物を迅速に囲んで、すばしっこい動きで相手を翻弄して、やがて数の暴力で仕留める。そんなやつらだ!囲まれたらまずい!今のうちに俺が何体か狙撃するから、二人は……どうにかしてくれ!」
「「分かった!」」
スイプの素早い判断により、なんとか最適な動きを取ることができたと言えるだろう。だが、それが必ずしも報われるとは限らない。
「発光弾! これでも見て止まりやがれ!」
スイプは銃に使われる特殊な球のうちの一つである、発光弾をスピードゴブリンの群れの横に撃った。
この弾は、着弾した位置に大きな光を発生させて、相手の視界を奪い、あわよくば動きを止めることができるのだ。
これにより、スピードゴブリンたちの動きが少し止まり、その光へと集中が逸れる。
その隙にスイプが群れのうちの三体を狙撃する。
そしてそれに続いてレックスも斬撃を飛ばして三体を倒した。残りはあと十四体だ。
だが一方的に攻撃できたのはそれまでだった。ここからは完全に奴らの、狩りの時間である。
残ったスピードゴブリンの群れが、獲物を囲むための陣形を組もうとしながらこちらへ迫ってくる。 スイプも狙撃を試みるが、狩りを始めたスピードゴブリンには命中しない。
そして成すすべもなくあっという間に囲まれてしまった。
「「「オーー!」」」
陣形を作っていたスピードゴブリンの群れが、一斉に咆哮を上げてこちらへ走ってきた。このままではまずい。
ゾンビのように素手ならまだいいが、こいつらの中には剣を持っているやつもいた。そんなもの喰らってしまってはひとたまりもない。
「まずいぞ。このままじゃ!」
反撃保存を使おうかとも考えた。確かにあれなら広範囲に絶大なダメージを与えられるだろう。
しかし、この勢いと数の攻撃を剣で防ぎ切るのは厳しいだろう。それにあれは隙が大きい。故に、ここでは使えない技となる。
ーー多くの考えが脳裏を横切り、その度に無理だと突きつけられる。
そんなことを繰り返しているうちにも、奴らは容赦なく襲いかかってくる。
ロンが炎の拳を振り回しているが、どれもスピードゴブリンは避けてしまう。
「くそっ! どうしたらいいんだよ……!」
『迷ってるやつほど、弱い奴はいねえよ』
そんなラティス•マートの言葉が脳裏を横切った。今ならその言葉の意味が分かる気がする。いや、あの戦いでも分からされたが。
ーー全ての冒険が終わりを迎えたかとも思えたその時、大きな風と衝撃波と共に、懐かしい声が聞こえた。
それは力強くも、老いた男の声だった。
「ーー砲魂突き!」
その衝撃波と爆音と共に、意識がこちらへ集中していたスピードゴブリンの群れは、跡形もなく消し飛んだ。
見事なことに、その衝撃波は自分たちだけを避ける形で繰り出されていた。
ーーそこにあったのはただならぬ存在を放つ一つの拳だった。ーー否、それは年老いた一人の老人だ。
「久しぶりだなぁ、レックス。元気してたか?」
その口調、活気、堂々と立つその姿、そしてただならぬ存在感とその圧倒的な力から、この人が年老いた一人の老人であるとは誰も考えることができなかった。
そして、それは紛れもないレックスのじいちゃんだ。
「じいちゃーん!助かったよ!」
「この人が……」
「ジュリアス•ルーカー。すげぇ」
この瞬間、同じナックラーとして、ロンはジュリアス•ルーカーという存在に敬意を抱くことになった。
「はっはっは! ようこそ。歓迎するよ」




