第一章3話『ゾンビの英雄』
「はぁ!」
森に踏み入った少年の振るう剣から放たれた斬撃は、次々とモンスターを斬り裂いていく。
一方モンスターたちは、次々と自分たちのことを狩っていくニンゲンに対して一発たりとも攻撃を与えられていない。
それを軽々と行うようなニンゲンの叫び声が聞こえる。ーー非常に不快だ。
「ーーーー」
一刻ごとに同胞たちがやられていく。忌まわしきニンゲンに。ーー非常に不快だ。
知らしめなければならない。自分たちの恐ろしさを。恐怖を。憎しみを。憤怒を。決意を。戦意を。存在を。なのに、
「ーーーー」
聞こえるのはニンゲンの戦意が込められた叫び声と、それにやられていく同胞たちの悲鳴。ーー非常に非常に不快だ。
「ーー。そろそろ行くか」
その魂の底から込み上げてくる黒い感情を押し殺しーー否、それすらも力に変えて踏み出す。忌まわしきニンゲンの元へと。
「今こそ知らしめてやる。ニンゲン」
ーーそれはニンゲンに対して果てしない憎悪を抱いた一人のモンスターの呟きだ。
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一体どれだけ倒したのだろう。
この森に入ってから、休む間も無くモンスターと戦っている。その度に剣を振るい、その度に斬撃を放つ。それはとても体力を浪費する。だから、とても大変だ。
「でも、やっぱり弱過ぎるなぁ。なにか見落としてるーー」
気がする、と言おうとしたのを果てしない憎悪の籠った声に遮られた。
「おい、ニンゲン。そこまでだ」
それはレックスが今まで戦ってきた、弱いモンスターと同じ種族の生物だ。なのにどうしてだろうか。背筋が凍る。
「こいつは……強い」
今までのモンスターと変わりはないはずなのに。なのにどうしてだろう。
こいつはこれまでの奴らとは明らかに違う存在だ。根拠はない。
なので、これはただの憶測に過ぎない。過ぎないというのに、それが現実だと言うようにレックスに迫りくる。
「ご明察。俺の名前はゾルト•チーフ。魔王軍幹部、そしてゾンビのリーダーだ」
「ーーなるほど」
ここでレックスは二つのことを知る。
一つは、今まで戦ってきたモンスターがゾンビだったということ。
もう一つは、こいつを倒せばこの戦いが終わるのだということ。
「チーフ。一応聞くが、話し合いに応じる気は……」
「ニンゲンと話すことなんてない」
それはレックスに話す時間すらも与えず、一瞬で踏み込んでレックスの目の前へと迫り、その勢いのまま拳を振るおうとしていた。
「っ!?」
とっさの判断でなんとか剣で防ぐことに成功。成功したが恐ろしい。
今の一撃は、当たれば完全にレックスというニンゲンを殺すことができるものだったのだから。
それに加えて一切の迷いがないことも、また恐ろしい。
「ーーやる気満々。やるっきゃねぇな!」
「上等だ! やれるもんならやってみやがれ。ニンゲン!」
レックスの周りの木々が揺れる。それはあのゾンビが高速で移動している証拠。とてもじゃないが、目で追えたものではない。
そしてそれは瞬く間にレックスの頭上へと迫り、その脳髄をぶちまけようと拳を振るおうとする。
「死ね。ニンゲン!」
何がこんなにも彼の赤い瞳を憎悪で溺れさせたのか。それを考えたくても、考える隙すらもくれない。
レックスは考えることをやめ、攻撃を防ぐために剣を迫り来る拳に当てて威力を殺した。
「ちっ、外したか」
「チーフ! 話を聞いてーー」
「黙れニンゲン! 話をしたければ証明しやがれ。この俺に。力で」
レックスの微かな願望は、空中から足を下ろしたチーフによってまたしても遮られた。
だがこれでやるべきことはハッキリした。
「お前を絶対に倒す。そしてゆっくり、俺と話をしてもらう!」
「上等だ。やれるもんならやってみやがれ。ニンゲン!」
ニンゲンはこのゾンビと話をするために、ゾンビはこのニンゲンを殺すために戦うことを決めた。
また消える。消えて、消えて、消えて音が鳴って、それで次はすぐ近くに姿を現す。拳を構えて。
「とりぁぁ!」
分かっている。頭上に現れることは。なぜならーー、
「お前は絶対、俺の頭を潰したがるもんな!」
無論、これはただの勘にすぎない。なので、そう判断した際に使用した材料も根拠もレックスには用意できない。
そんな気がしただけなのだ。だがそれで防げたのなら結構。上々のの結果だ。
「ちっ、不快なニンゲンめ!」
レックスを睨みつける血に染まったような赤い瞳が揺れた。ーー否、揺れたのではない。さらなる憤怒へと溺れたのだ。
拳を剣が交わる度、火花が散り、森中がざわめく。そして、そのざわめきはこの様子を見てるチーフの同胞たちだ。
「同胞たちを背負ってんだ。負けて、たまるかぁぁあ!」
ゾンビの英雄は再びこの森を駆けて姿を消す。音が一つ、二つとなる度、レックスはその方向を見るが、そこには影一つない。
そんな状態が少し続き、ついにまた同じ場所に姿を現す。それは言うまでもなく、レックス自身の頭上だ。
「ーーッッ! またかよ!」
先までと同じ攻撃手段。ならば、先までと同じ反撃手段でも問題ない。ーーはずだった。
「って、しまった……!」
ゾンビの英雄は迫り来る剣を空中で体を捻って避け、そのままニンゲンのお腹へと拳を伸ばしていた。
「終わりだ!」
剣はもうすでに振るってしまい、防御に使うことはできない。ならばどうする。諦めてしまうのか。ーー断じて否。
「終わって、たまるか!」
剣がダメなら足で対抗するまでのこと。
その足は、チーフの拳がお腹に届くよりも先に直撃して吹っ飛び、そのまま地面に殴られた。
「っく、そが……」
「今だ!」
命を断とうとするチーフとは違い、生きて話をしたいレックスが狙うのは頭でもなくお腹。だがそれも深くいってしまえば殺してしまう。よって多少の加減が必要になってくる。
だがそれでもやらなければ。決意を果たすために。そのために戦っているのだ。レックスは。
「はぁぁぁああ!!」
全身全霊で地面を踏み込み、接近する。そして天から剣を振り翳し、そのままゾンビの緑色の体へと刃をーー、
「ーーさせねえよ」
一切躊躇することなく振るった。迷いなど、微塵もない。ーーしかしできなかった。
ーーレックスの刃は、鋼のように硬いチーフの銀色に輝いた体には通らなかった。その代わりに、鋼と鋼がぶつかる音が鳴り響いた。
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ーー二つの強者がぶつかっている様子を見ていたゾンビたちは、何もすることができていなかった。
参加しようにも隙がなく、下手に入ればチーフの邪魔をしてしまうことにもなりかねない。だが、本当に黙って見ているだけでいいのか。と、そんな自問自答を繰り返していた。
しかしそんな最中。無力なゾンビたちの前に一筋の希望が現れる。ーー隙だ。
『今だ!』
そうチーフから脳内伝達が来た時、ニンゲンは確かな隙を見せていた。これは紛れもないチーフの仕掛けた罠であり、チーフはゾンビたちに攻め入る隙を作ってくれた。
ならば、その思いに応えなければ。倒すのだ。ニンゲンの強者を、ここで。
そして思い知らしめるのだ。ゾンビという名の存在の恐怖を。
「「「ヴァァァ!!」」」
ーー総勢二十体によるニンゲンへの総攻撃が開始された。




