第二章26話『狙撃の名手』
「行ってきます、みんな。ーー行ってきます、ガンマさん……」
ガンマ。その人物は狙撃手、シルフィルド•スイプにとってとても大切な人である。
否、大切な人だった。
ーー時は約六年前、スイプが十歳だった頃に遡る。場所はかつてスイプが暮らしていた故郷、
セーフ村だ。
その頃スイプは村の外にある山で、キノコを拾っていたところだった。
「やっぱりこの山はキノコが多いな。それも全部食べられるものだし。いっぱい持って帰るぞ!」
ーー幸せな時間とは、時に一瞬にして消え去るもの。そして人はそれに抗うことが難しい。
キノコを取っていると、背後で大きな爆風と共に大きな爆発音がこちらへ迫ってきた。
ーー心臓の鼓動が早まる。心臓を握られたかのような不安と共に、呼吸が荒くなる。
これまで、これほど後ろを向くのが怖いと思ったことはなかった。
しかし振り向かなければならない。そう思い、後ろーーセーフ村の方向を見る。
あたりは地獄と化していた。知っている声が悲鳴をあげている。知っている家が崩れ落ちていく。それはまだ幼いスイプにとって、絶望としか言い表せない光景だった。
「ーーっ、そんな……みんなー!」
ただただ、闇雲に走った。それが正しい判断だとはとても思えないが、なにもしないことはできなかった。
ただただ走って、走って、走って……それでーー、
「ーー嘘だろ」
もうあたりは火の海になりかけていた。幼いスイプにとって、自分の無力さをこれほど謳ったことはない。
足腰の力が抜けて立てなくなった。誰かが来るがもう何も考えられない。
そうしてだんだんと視界が狭くなっていって、それで……
「おいそこのお前! 何やってるんだ! 今すぐ逃げろ!」
もうどうでもいいんだ。だって全部壊されたから。
「ーーったく、しゃーねぇな!」
突然お腹を抱えられて上下逆さまのまま、地面が動いていくような感じがした。もしかすると、運ばれているのかもしれない。
だが、そんな簡単なことすらも、今のスイプにはまともに考えられない。
やがて地面がお腹から離れて、今度は背中に新たな感覚が迫った。それは、おそらく木だ。
「ここで待ってろ。必ずお前の身内を助けてきてやるからよ!」
「ーーっ! ありがとう、ございます」
「おう、待ってろ!」
ようやく何も考えられない世界から、スイプは解き放たれた。
そこで見えた男は、両手に二丁、銃を持っていた。そして、その男は火の海と化したセーフ村に向かっていった。
やがて辿り着くと、そこにはロープで縛られながら連行されてゆく村人たちがいた。その男は、怒りに震えて、より強く銃を握りしめた。
「おいお前ら! そこの村人達を離しやがれ!」
「ーー! お前はビリー•ガン……っぐぁー!」
その男は持っていた銃で、悪党どもを撃ち抜いた。やがて他にもいた悪党も、全員制圧してしまった。
「ったく、魔王軍の奴ら、非人道的なことしやがってーーおい、歩けるか?」
「はい。本当にありがとうございます!」
その男は村人たちが避難したことを確認すると、別の場所へ向けて走り出した。
どうやらこの事件の悪党、すなわち犯人は、魔王軍のようだ。
その男はさらに銃を強く握りしめる。
その地獄のような光景を見る怪しげな影が一つあった。そいつは薄汚い笑みーーまるで全てを見下すような瞳で物事を見て、こう呟く。
「ようやくお出ましか。ビリー•ガンマ」
銃を二丁握った男は村にいる人を全員救出した。幸いにも、全員連行しようとしていたので怪我はないようだ。
「これでしまいか?」
そう思った矢先、そこに別の男の声が、この日の海に響き渡った。
「おいお前! うちの兵をこんなに傷つけておいて、タダですむと思ってんのかゴルァ?」
そこには屈強な男の戦士、ーーすなわち魔王軍の兵が立っていた。どうやら、相当イラついているようだ。
だが、それは銃を持った男も同じことだ。
「なにがこんなことだ。お前らがやったんだろうが!」
「うるっせえよ! これを見てもまだ、そんなことを言ってられるか?」
その屈強な男が手に持っていたもの、ーー否、子供は紛れもないさっき助けた少年だった。その少年は、当然怯えている。つまりーー、
「人質ってわけかよ。卑怯な真似しやがる」
「うぅ、誰か、助けて……」
「完全に頭がパニックになってるな。まあ無理もねえか。まだこんな幼い子供にこんな悲劇見せやがって」
この村を救おうとする男は、両手の銃を屈強な男に構える。
「おーっと、無闇に撃つんじゃねえぞ?じゃねえと、分かるよな?」
そう言って手に持っている少年を揺らす。それは、銃を持った男の心も、そしてスイプの心も締め付ける。
「くそっ、姑息な奴め」
銃を持った男は迷っている。今こいつを撃たなければこの少年も、そしてこの村も何一つ救うことができない。
しかし引き金を引けない。おもわず手が震えてしまうのだ。当然、手が震えると、精度が低くなりかねない。
「助、けて……」
「ーーっ! 何ビビってんだ俺は、馬鹿か! やらなきゃならねえだろ!」
二つの銃口をより精密に相手に向ける。手の震えが止まった。
もう大丈夫だ。何も問題ない。
「今助けてやるよ! ーーいいかよく覚えておけ!俺は『狙撃の名手』ビリー•ガンマだ!」
その銃の弾はまるで空中で軌道が曲がったかと言わんばかりのものだった。先が読めない弾。でも狙いは精密に相手を狙う。
それがこの男、ビリー•ガンマの実力なのだろう。
「っぐああぁぁ!!」
その弾は、見事その男に命中し、やがて倒れた。
そして幼い少年に手を差し伸べる。
「無事か? お前」
「あ、う、うん!助けてくれてありがとう!」
少年はガンマに抱きつく。その少年の頭を、静かに撫でてやるのだった。やがて少し落ち着いたようなので、その少年に名前を尋ねる。
「お前、名前は?」
「オレの名前はシルフィルド•スイプ。あなたはえーっと、ガンマさん!」
「あぁ、正解だ!よく覚えてたな!」
「えへへ」
「多分全員片付けたが、一応危険かもしれない。だからあっちの山まで走ってくれ。できるか?」
「うん! ガンマさんも気をつけてね!」
「あったりまえよ!なんせ俺は狙撃の名手だからな。そうやすやすとやられはしねえよ」
スイプは大きく手を振って、山に姿を隠した。
「さてと、あとは逃げ遅れとかがないかを確認しないといけねえわけだが、どうしたもんかな。この村広いから全部くまなく探すのは骨が折れるってもんだぜ」
ガンマは走る。この村の人全員を救うために。そして、少年スイプの笑顔を守るために。




