第二章19話『恐怖』
「あの黒い拳はなんなんだ? まるで鉄のように固かったぞ」
「これは魂……いや、知らねえならわざわざ言う必要もねえか」
マートはレックスに一気に距離を詰めてきて、また黒拳を放とうとする。それにレックスはまた防ぐことしかできなかった。
このままでは勝ち筋など見えない。今はマートの黒い拳の謎を解くよりも先に、一撃を入れることを考えなければならないだろう。
「多分あれは遠距離攻撃ができないはずだ。だったら喰らえ!」
レックスは距離を取り、剣に思いっきり力を込め、マートに向かって青い斬撃を放った。それは、一直線にマートに向かって飛んでいった。
「斬撃なんてもの出せるのか。こりゃ確かに厄介だな。……全兵!お前らでは危険だ。よって速やかに避難しろ!」
兵力を無駄に減らしたくないと言う願いなのだろう、マートは兵たちに撤退を命じた。それに応じ、兵はすぐさま撤退した。
そして、マートはまた、レックスの斬撃をまた黒い拳で打ち消した。
「斬撃なんて飛ばされると、離れていても危険だしな、これでいい。ーーそれに仲間なんて失わないに越したことはねえしな」
「じゃあもう一押しさせてもらうぞ!」
レックスは青い斬撃を今度は二本放った。だがどちらもマートの黒い拳の前には塵と化す。
どんな攻撃もマートの前には無意味のように思えてきた。
「くそ、これじゃあ勝てねぇ。どうすれば……」
思考を張り巡らす。どうすればやつに攻撃が当たるのか。どうすればやつの黒い拳を攻略できるのか。
そもそもなぜ拳が黒くなり、あれほと固く、強くなるのか。
ーー考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ……
しかしどれだけ悩んでも、答えに辿り着けそうにない。
「迷いは」
「ーーっ!」
「弱者の証だぞ!」
考えすぎて戦闘のことを見てなかった。すでにマートはレックスに拳が当たる距離まで来ていた。
一瞬のことだった。少し下を向いた瞬間にすぐそこまで来ていたのだ。その恐ろしい黒い拳が。
「黒拳!」
「やべ、間に合わね……っ!」
レックスを殴り倒さんとする黒い拳は、その役目を果たした。
レックスはお腹を殴られ、大きくよろけた。
意識が遠のき、目眩がする。それに加えて止むことを知らない耳鳴りが、レックスにとある感情を植え付ける。
口から赤くて熱いものが出た。それがより一層レックスにとある感情を植え付ける。
ーー痛い、怖い、死ぬ、危険、勝てない、不可能、理解不能、痛い、怖い、死ぬ、危険、勝てない、不可能、理解不能、痛い、怖い、死ぬ、危険、勝てない、不可能、理解不能、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……
レックスはまだ戦闘経験も浅く、追い詰められたことがなかった。そこで初めて、戦闘においての『恐怖』という感情を知る。
子供の頃に大きくつまずいてこけた時でさえ、これほどの感情は湧かなかった。今になっては、むしろあの痛みが生温かく感じるほどだ。
「どうした。まだ俺は一発しか拳を喰らわせてねえぜ?これがAさんが生け取りにしろって言ってたガキかよ。期待外れだぜ」
チーフの言うAさんという人物は誰なのかはわからない。それに今は、そんなことを考える余裕すらもない。
「くそっ、痛え……」
立ち上がり剣を持たねばならない。じゃないとさらなる痛みに襲われる。
なのに足が震えて力が入らない。さらに手も痙攣してしまって、まともに剣も握れない。そもそも足に力が入らなく、まともに立ち上がることすらできない。
視界もブレてきた。もう負けてしまうのか?そう思った時だった。
ブレる視界の中で二人の少年と一体の巨体が戦っているのが見えた。まだ諦めず戦っている。なぜあの二人がまだ諦めずに戦っているのに、膝を折ることが許される。ーーだったら、
「諦めるわけにはいかねえよな」
足の震えが止まった。手の痙攣も止まった。これでまともに剣を握れる。そしてまともに立ち上がることができる。
決して『恐怖』が消えたわけではない。だが、その恐怖に負けてはいけない。負けられない理由がレックスには山ほどある。
「そうだ。俺には果たさなきゃいけない約束があるんだ。なんで忘れてたんだろう」
剣を握り、強い決意を抱いた存在が、再びマートに立ち塞がる。
「ほう、まだ立てるのか。なんか安心したぜ」
少年が『恐怖』を乗り越えて立ち上がった。否、乗り越えたのではない。ただ『恐怖』を感じながらも、自分が負けてはならない理由を思い出しただけだ。
「悪いな、待たせた。さあ始めようぜ。決闘の続きってやつを」
「望むところだ」
剣を振るう者と拳を振るう者。両者の対立は、再びこのワイド砂漠の運命を握ることとなった。




