誓いの言葉
ステージの照明がふわりと落ち、会場を包む空気が一瞬、凪いだ。
空気の隙間を縫うように、ルナの声がスピーカーを通して響く。
「それでは──新郎新婦、ご登壇ください」
少し鼻にかかった声は、かつてのステージで無邪気に笑っていたあのルナのままだった。
でも今、その声には違う響きがあった。
感情の波を懸命に抑えながらも、伝えようとする強さと祈りが宿っていた。
ステージの中央、ふたりが立ち尽くすその先に、ルナがいた。
深紅のドレスをまとい、言葉を選ぶように小さく息を吸い込むと、笑顔で言った。
「玲音、奏汰。おめでとう。
……泣いたら、照明映えしないから我慢してたけど……でもさ、もう限界。
あたし、本当に、嬉しいよ」
客席が笑いと涙で揺れる。
ルナはハンカチで目元を拭いながら、ぐしゃぐしゃになった声で最後まで読み上げた。
「ここまで来られたのは、ふたりが、ふたりでいたからだよ」
ステージ横では、黒と金の衣装に身を包んだ小町が、腕を組んでふんとそっぽを向いていた。
彼女だけは最後まで祝辞を拒んでいた。
理由を聞いても「めんどうだ」としか返さなかった。
でも──
「……私は」
ふと、会場に届くほどの声で、小町がぽつりとこぼした。
「ずっと悔しかったんだ。
でも、今日は認める。
君たち選んだ道、君たち選んだ相手。
……悪くない」
それはたった一言だったけれど、小町が本気で人を褒めたのは、おそらく初めてのことだった。
そして彼女の隣には──全身黒ずくめで、演出家然とした雰囲気をまとったミレイの姿があった。
ミレイは無言だった。ただし、客席の誰よりも忙しく走り回り、照明のタイミング、スクリーンの投影、音楽のクロスフェード、すべての演出が完璧に仕込まれていた。
奏汰はそのプロフェッショナルぶりを知っているからこそ、ミレイがこの日にどれだけ力を注いでくれたかがわかる。
ふと──
ステージの片隅。
深い紺のフォーマルドレスに身を包んだ女性が、背筋をぴんと伸ばして座っていた。
冷ややかな視線、完璧な立ち居振る舞い、そしてわずかに眉間に刻まれた皺。
彼女は、奏汰にとって唯一の親族――父の妹だった。
玲音が「怖い叔母さん」と呼んで怯えていたその人だ。
だが今、彼女はクラッチバッグから取り出した小さな財布を、そっと胸元で握りしめていた。
その中には、色褪せたツインテール時代の玲音の写真が一枚、挟まれている。
兄である玲音の父が「かわいい」と笑っていた、姪の幼い日の面影だ。
場の喧騒からわずかに距離を取りながら、彼女は誰にも気づかれぬように目を閉じた。
ほんの一瞬、微かな震えとともに、その頬を一筋の涙が流れていた。
舞台上の玲音が、その視線に気づいたのか、ふっと微笑む。
その瞬間、会場のスクリーンにはふたりのこれまでの軌跡が流れ始めた。
幼い頃の写真、初めてのユニット、喧嘩した日、泣いた夜、抱きしめた朝。
そのすべてを知っている客席の誰もが、目頭を熱くしていた。
そして、最後のカット。
ふたりが並んで微笑む──現在の写真。
そこに重なるように、ルナの声が、今一度、優しく響く。
「どうかこの先も、ふたりで未来を奏でていってください。
わたしたちは、その演奏を、ずっとずっと聴いていたいと思います」
割れるような拍手の中、奏汰は気づいた。
この場所に、かつて出会ったすべての人たちが集っていることに。
それは偶然じゃない。誰かが呼んだのでもない。
音楽が、ふたりの人生が、紡いできた縁が──
今日、ここに、形になったのだ。
そして、玲音が隣でそっと手を握ってきた。
そのぬくもりに応えるように、奏汰も力を込めて握り返す。
──ありがとう。
君が、ここにいてくれて。
拍手が鳴り止まない。
まるで、この祝福が永遠に終わらないことを願うかのように。




