式の開幕
「皆さま、本日はこの麗しき二人の門出を祝うために…!」
ルナの声が、音響ホールの天井を揺らしながら拡がっていく。
その第一声だけで、この空間が“ただのライブ会場”ではなくなったことがはっきりとわかった。
祝福の空気。
集まってくれた人たちの、まなざし。
俺たちの物語を一緒に歩いてきてくれた全員が、今、音もなく息を呑んでいた。
照明がわずかに落ちる。
ステージの奥、スクリーンに浮かび上がった文字──
『リリカル・ノイズの軌跡』
照明卓では、ミレイが黙々とフェーダーを操っていた。
いつもと変わらない手際。
でもその横顔には、どこか誇らしげな光があった。
俺と玲音は、ステージ袖の暗がりに立っていた。
光の境界線の、ほんの少し手前。
玲音は白いドレスを身にまとい、髪をゆるやかに巻いている。
動くたびに揺れる肩のレースが、緊張を隠せない呼吸のリズムにあわせてふるえていた。
今日はきちんと、純白のドレス。
少女の面影を残したまま、大人の階段を最後の一段、登り切ったような──
そんな佇まいだった。
俺の胸ポケットには、昨夜、玲音がそっと差し出してくれた“誓いのメモ”が入っている。
数行だけの走り書き。
それでも、どんな誓約書よりも重くて、真っ直ぐだった。
「……緊張してる?」
小声で訊くと、玲音は少しだけ口角を上げ、でも言葉にせずに、こくんと頷いた。
「でも、ちゃんと見てほしい。私たちの音楽と、生活と、全部」
スクリーンの映像がゆっくりと動き出す。
誰かが鼻をすする音。誰かが、笑い声を飲み込む気配。
そこには、俺たちが生きてきた“時間”があった。
初めて一緒に曲を作った夜。
ローズの前で、玲音が沈黙していた時間。
俺が拙い言葉で歌詞を読み上げて、玲音がただ一度、強くうなずいた瞬間──
ルナが静かに語り始める。
「ふたりの音楽は、生活の中から生まれました」
その言葉に導かれるように、映像が切り替わる。
テーブルの上には簡単な夕飯。
その隣に開かれたDAWの画面。
玲音がマッシュポテトを潰すリズムが、トラックのドラムパターンに変わっていく。
“ふたりの生活”そのものが、曲になっていく──そんな瞬間の断片たち。
「そして今日、ふたりは“生活そのもの”を音楽に変えていきます」
照明がスーッと落ちていく。
世界がひとつ、深呼吸するような静けさ。
俺と玲音は、息を合わせてステージへと歩き出す。
足音ひとつひとつに、これまでの日々が乗っている気がした。
「……準備、いい?」
玲音の小さな声。
そこに宿るのは、覚悟と喜び。
迷いなんてもうない。
18歳──その日を待ち続けて、やっと叶った約束。
中学と高校の境目で交わした、小さなプロポーズ。
“恋”と“家族”のあいだで、精一杯の願いを込めて選んだ言葉──
「うん。行こう」
ステージ中央。
俺たちは手をつなぎ、まっすぐに立つ。
観客席の奥にいるみんなが、息をひそめて見守ってくれているのがわかった。
その瞬間──
ローズの鍵盤が、やわらかく歌い始めた。
玲音が奏でるその音に、俺はマイクを握って応えた。
スポットライトが、ふたりの影をひとつに溶かしていく。
ルナが、最後にもう一度、そっと言葉を添える。
「このステージは、ふたりの音楽が生まれた場所。
そして、これから響いていく場所です」
拍手が、まるで光の粒のように舞い降りてくる。
穏やかで、でも確かにそこにある。俺たちを包みこむような拍手。
この場所に戻ってきたんだ──音楽と、生活の原点に。
俺は歌い出す。
玲音がローズの上で音を紡ぐ。
もう迷わない。
ふたりの結婚は、紙の上だけのものじゃない。
ずっと前から始まっていた、音楽と生活の延長線上にある。
誰かに特別な許可をもらう必要もない。
義理の兄妹であろうと、俺たちは心から、夫婦になったんだ。
──そして今、新しい曲が始まる。
それは、ふたりが生きていく未来の歌だった。




