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衣装とリハーサル

鏡の前でくるりと回る玲音は、シンプルで清楚な白いドレスを身にまとっていた。

肩のラインが柔らかく、裾はふわりと広がっている。

髪はいつものラフなポニーテールをやめて、軽く巻かれている。


「……似合ってる」

気づいたら、そう口にしていた。


玲音が、少しだけ不安そうに俺の顔を覗き込む。

「ほんと?」


「うん。……すごく綺麗だよ」

俺は目を逸らしながら答えた。


いつものパーカー姿とはまるで違う、少し背伸びした玲音がそこにいた。

目が合うたび、心臓が強く鳴る。


玲音は少しだけ頬を赤らめて、視線を落とした。

俺は視線を合わせきれず、少しだけ目を逸らした。

胸の奥で、何かがトクンと鳴った。


玲音の“ステージ衣装”としてのドレスだったはずなのに――

その姿は、あまりに“誰かと結婚する人”みたいで、息を飲んでしまう。


「奏汰が、そう言ってくれるなら……信じる」

玲音は、ほんの少し頬を染めて微笑んだ。

その笑顔があまりに眩しくて、ドレスよりまぶしくて、俺は返事ができなかった。


ドレスの裾を持ち上げると、腰元に小さなブローチがついていた。

銀色の細工が繊細な光を放っている。


「これ、母さんが最後にくれたやつ。

 ……こういうときに、つけたくて」


「……すごく、あったかい感じがする」

俺は正直に言った。

それが玲音を包んでいることが、嬉しかった。


ふと、玲音が近づいてくる。

ふわりとドレスのすそが揺れ、甘い花のような香りが鼻をかすめた。


「……奏汰、ネックレス、つけてくれる?」


「えっ……」


「背中、届かなくて」

玲音は背を向けて、うなじをさらした。


乾いた喉を、ごくりと鳴らしてしまったのが自分でもわかる。

白い肌、細い首筋、ふわりとまとめた髪の下――

指先が震えそうだったけれど、慎重にネックレスのフックを留めた。


「……ありがとう」

玲音が、振り向きざまに、ほんの少しだけ顔を近づける。


息がかかる距離。

心臓の音が、音楽よりもうるさく感じる。


「ドキッとした?」

玲音が、そっと尋ねた。


「……うん。正直、かなり」

俺が答えると、玲音は少しだけ、勝ち誇ったように笑った。


「じゃあ、作戦成功だね。衣装選び」


「完璧……すぎる」

本当に、そう思った。


スタジオに戻ると、ミレイが照明の調整をしていた。

ルナは台本の最終チェック。

空気にはさっきまでの緊張がほんのり残っていた。


俺たちは式で披露する新曲のリハーサルに入った。

曲はほぼ完成している。でも、最後の“余白”がまだ決まっていなかった。


「ラスト、どうする? 

 サビのあと、すぐ終わるのもいいけど……」

玲音がDAWの画面を見つめながら、静かに言う。


「……“間”を入れようか。

 無音の時間。

 ふたりで手を握って、照明だけが残る感じ」

俺が提案する。


「……いいかも。音が止まることで、逆に響くものがある気がする」


ミレイがすぐに照明のタイミングを調整してくれた。

光だけが残る演出。

影が、ふたりをひとつに溶かしていく。


「……これ、すごくいい。

音がないのに、音楽がある感じ」


玲音のその言葉に、俺は微笑んだ。


「それ、俺たちっぽいね」


「……うん。静けさの美学、ってやつ」


リハーサルが終わるころ、スタジオはすっかり夜の色に染まっていた。

ローズの音も、パッドの響きも、どこか夢の中みたいにやわらかくなっていた。


玲音はまだドレスのまま、スタジオの椅子に腰かけていた。

イヤホンコードを指でくるくると巻きながら、さっきの無音のシーンを何度も頭の中で反芻しているようだった。


「……もし、あのとき手を握るとしたら、どういう気持ちで、握る?」

玲音が、不意に聞いてくる。


「……守りたい、って思うと思う」

俺は、まっすぐに言った。


玲音の目が、ぱちりと瞬いた。


「じゃあ、わたしは……信じたいって思うかも」

玲音が、小さな声で言った。


その瞬間、スタジオの空気が、ゆっくりと脈打つように変わった。

俺と玲音の間に流れる何かが、音楽よりもはっきりと聴こえた気がした。


式はもうすぐだ。

けれどこの夜、このスタジオ、この沈黙の中――


ふたりは確かに、音楽より深く、互いに触れていた。

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