式の演出会議
「音響ホールを借りよう」
ミレイのそのひと言に、スタジオの空気がほんの少しだけ、湿度を帯びた。
もちろん、そういう意味じゃなくて――いや、まったく関係ないとは言えないけど。
俺と玲音、ルナの三人でホワイトボードの前に立ち、台本案を眺めていたときのこと。
ミレイは照明機材の調整を終えたらしく、いつの間にかこちらを見ていた。
腰に手を当て、少し得意げなその姿は……なんかずるいくらいに決まっていた。
「結婚式というより、“ふたりの軌跡”を音で演出するイベントにしたいの」
その言葉に、玲音がわずかに目を見開いた。
「……ホールで、式?」
「そう。
ライブハウスも悪くないけど、もう少し静かで、ひとつひとつの音がちゃんと“届く”場所で。
ふたりの時間を、丁寧に描きたいの」
「“届く”をそんな風に強調しないで……」
と、ルナがぼそりと呟く。
俺も頷きかけたが、玲音が真剣な顔をしていたので口を閉じた。
ミレイは手元のタブレットを操作しながら、過去の映像を何本か再生する。
初めて人前に立ったときの、やけに緊張した空気。
玲音がマイクを強く握りしめていた夜。
俺が歌詞を一行飛ばして、笑いが起きたシーン――そこから、唐突にスロー再生で俺が玲音の肩に手を伸ばす場面で止まった。
「……いや、なんでそこ?」
「エモいでしょ?」
「うーん……いや、なんかこう……」
「“エモ”と“エロス”って、紙一重だと思わない?」
「誰がそんな美学を……!」
玲音がくすっと笑って、でもその笑顔の奥に、わずかな涙が浮かんでいる気がした。
「でね、昔の音源も使いたい。玲音が初めてDAWで歌を録ったときの。
あれ、すごく……初恋みたいだった」
玲音は、イヤホンのコードをそっと指で巻きながら、下を向いた。
「……あれ、ほんとに恥ずかしいんだけど」
それは、まだ俺たちが「リリカル・ノイズ」になる前、ただネット越しに音を交わしていた時代。
玲音が自分の声で世界に触れようとした、その最初の一歩。
録音の最後、小さく呼吸するように、ひとこと――
「……すき」
って、混ざっていた。本人は、おそらく気づいていない。
玲音の耳まで、じわじわと赤くなっていく。
「……消してないよね?」
「むしろ宝物です」
ルナが後ろで「タイトル、“音が恋をした日”にする?」と真面目な顔で書き始めた。
なんか、ちょっといい……いや、でもちょっと照れる。
「……でも、そういうの全部、ちゃんと残したいな。
音も声も、息遣いも。編集しないで、そのまま」
「……え、息遣いも?」
と、玲音がそっと聞き返す。
ミレイは、静かに笑った。
「リアルって、時々息を呑むほど生々しい。でも、それが一番美しいと思うの」
その空気に、思わず喉が鳴った。玲音が、俺の袖をきゅっと掴む。
「……隣にいてくれる?」
「どこにいたって、ずっとそばにいる」
スタジオの空気が、静かに、でも確実に温度を上げていく。
ミレイが、ふっと息を吐いて言った。
「じゃあ、演出案まとめるぞ。
“ふたりの影が重なる瞬間”を、照明で静かに映す。
音に乗せて、きっと伝わる」
ルナが、ホワイトボードに「タイトル案:Echo of Us」とメモを書き加えた。
今度は、誰も突っ込まなかった。
なんだか、これが本当に始まりなんだと、そんな気がした。
照れと、過去と、少しだけの愛しさが、音になって――きっと未来まで、届いていく。




