小町の挑戦
夜のスタジオ。
モニターだけが青白く光り、空間を切り取っていた。
玲音はミックス作業に集中していた。
パーカーをゆるく羽織り、スカートの端がくしゃりと椅子に乗っている。
白い太ももが、モニターの光に照らされていた。
俺は隣に座り、コード進行のメモを手にしていた。
ほとんど読んでいない。気が散っていた。
静かな時間だったけど、空気のどこかで何かがわずかに軋んでいた。
そして、その“何か”の正体は、ルナのメッセージでわかった。
小町が、新曲のMVを出したよ。
添付されたリンクを開くと、いきなり世界が変わった。
画面の中の小町は、まるで別人のようだった。
痩せた輪郭、濃密なまつげ、言葉の端に尖ったものが宿っていて──
鋭くて、孤独で、まるで傷口に指を突っ込むような歌詞。
玲音はそれを、無言で最後まで観ていた。
パーカーの袖口をぎゅっと握りながら、ほんの少しだけ息を詰めて。
再生が終わると、すぐにDAWのトラックを開いた。
コードを打ち込みながらも、指先が揺れていた。
「……刺激、受けた?」
俺の声に、玲音はほんの少し間をおいてから頷いた。
唇を噛み、視線を落としながら。
「……すごかった。音も、言葉も、全部」
その声には、悔しさと憧れと、そしてほんの少しの興奮が滲んでいた。
パーカーの襟元がずれて、白い鎖骨がのぞいていた。
SNSではすでに「小町、進化してる」とか「リリカル・ノイズへの挑戦状」なんて言葉が飛び交っていた。
でも俺は、そうは思えなかった。
小町はきっと、俺たちと比べてなんかいない。
あいつは、自分自身と戦っている。
玲音は、コードの入力を止め、椅子の背にもたれて深く息をついた。
柔らかな胸元が上下して──俺は咳払いをして目を逸らした。
「……私も、もっと響かせたい」
玲音がぽつりと呟いた。
その声は、いつもより女の子だった。
誰かに抱きしめてほしいみたいな響きで。
「響いてるよ。もう、十分に」
俺がそう返すと、玲音はふわりと笑った。
恥ずかしさを隠すみたいに、イヤホンのコードを指でくるくると巻いていた。
指先が、まるで無意識に何かを求めているように見えた。
「……でも、もっと。
小町ちゃんみたいに、自分の音で、ちゃんと……感じさせたい」
“感じさせたい”──その響きに、体がわずかに熱を持った。
言葉の意味は分かっているのに、それ以上に想像させるものがあった。
「じゃあ、作ろう。ふたりの音で。
もっと……遠くまで」
玲音は、イヤホンを耳に差しながら、DAWに向き直った。
その背中は、確かにさっきより強く見えた。
だけど──そのスカートの裾が少しだけめくれていて、
俺の視線は、思わずそこに引き寄せられていた。
小町のMVは、きっと戦いの火をつけた。
だけどそれは、音楽だけじゃなくて──
俺たち自身の“距離”にも、火を灯した気がしていた。




