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生活設計ノート

春の朝。窓の外では、柔らかな風が街路樹の若葉を揺らしていた。


季節は巡って、玲音の高校生活もいよいよ最終学年を迎えようとしている。

俺たちの共同生活は、もうすっかり日常になっていた。


テーブルの上に、一冊のノートを置いた。

表紙には、俺が丁寧に書いたタイトル――「生活設計ノート」。


湯気の立つマグカップを玲音の前に置きながら、少し照れくさく言った。


「生活設計ノート、って名前にしてみた」


玲音はじっとノートを見つめていた。

ページをめくると、三つの欄が並んでいる。「生活」「音楽」「感情」。

ふたりの暮らしを支える三本柱だ。


「……やってみたい。そういうの、ちょっと楽しそう」


玲音がぽつりと呟いた。声は小さいけど、確かに前向きだった。


「そろそろ、ちゃんと考えておきたいと思ってさ。これからのこと」


俺は「生活」欄にペンを走らせる。


「料理は引き続き俺がやる。掃除はなるべく玲音。週に一回は一緒に外に出るってのはどう?」


「うん。……でも、洗濯は分担しよう。あと、冷蔵庫の中身は一緒に管理したい」


玲音は指で欄をなぞりながら、ぽつぽつと提案を重ねていく。

その姿は、まるで音楽のアレンジをしているみたいだった。


「共同生活っていうより、伴奏生活にしたいんだ」


俺がそう言うと、玲音は目を丸くした。


「伴奏……?」


「うん。お互いの生活に、音を添えるような。そんな感じ」


玲音は少し照れたように「ばか」と呟いて、ノートの端に小さな音符の絵を描いた。


ちゃぶ台を囲むふたりの姿は、まるで小さなセッションのようだった。

音は鳴っていない。でも、確かに“響き”があった。


「契約じゃないけど、ちゃんと決めておくのって、大事だよね」


俺がそう言うと、玲音は静かに頷いた。


「……じゃあ、音楽の欄も決めようよ」


玲音がページをめくる。そこにはまだ何も書かれていない、真っ白なスペースが広がっていた。


「制作スケジュールは週2回。夜の作業は23時まで。

 ……それと、曲のテーマは交代で決めるのはどう?」


「いいね。あと、生活音を録音したい。

 ……この前のジャガイモ潰す音、すごく良かったから」


玲音の目が少しだけ輝いた。音楽の話になると、彼女の表情は自然と柔らかくなる。


「感情の欄は……どうする?」


俺が最後のページを開くと、玲音は少しだけ考えてから言った。


「週に一回、気持ちを話す時間を作る。

 ……言葉じゃなくてもいいから、音でも、メモでも」


「それ、すごくいいと思う」


俺は笑って、ノートにその項目を書き込んだ。


ふたりの間に流れる空気は、春の陽射しのように穏やかだった。

ちゃぶ台の上のノートは、まるでふたりの未来を描く楽譜のように見えた。


「これからも、こうやって一緒に決めていこう」


「うん。……一緒に、響かせていこう」


玲音はそっとペンを取り、ノートの最後に小さく書き込んだ。


「今日の音:春の光と、ふたりの声」


その言葉は、まだ音になっていないけれど、確かに俺たちの一部だった。

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