リリカル・ノイズ、そして——
放送開始から、二週間。
『世界妹』のオープニング主題歌は、視聴者の間で静かに、けれど確実に波紋を広げていた。
「“妹”って言葉が、出てこないのが逆に刺さる」
「呼べない気持ち、めちゃくちゃわかる……」
「兄の孤独が音になってる。毎週、イントロで泣く」
SNSでは、毎週日曜の夜になると「#名前を呼んで」がトレンド入りするようになった。
作品ファンによるMADや、考察ポストも増え、
“兄の視点”から描いたこの曲が、物語のもう一つの声として受け入れられ始めていた。
スタジオ。
玲音はPCに向かいながら、少しだけ首を傾げる。
「……ほんとに、届いてるんだね」
その声に、奏汰が答える。
「玲音が書いたからだよ。あの言葉、あの音、あの空白──どれも、玲音にしか作れなかった」
「やめてってば、そういうの……」
玲音は小さく顔を伏せる。
でも、その頬は、うっすらと笑っていた。
ふたりの前には、新しいセッションプロジェクトが開かれていた。
『名前を呼んで』のオープニング版では使えなかったフル尺のセクション。
カットされた間奏と、ラストサビ前のブレイクを、改めて鳴らす作業。
「ノイズ、もう少し強めてもいい?」
「うん。あの一瞬だけ、ちょっとだけ痛くしてほしい」
「痛い音、ね……わかる」
玲音の指が、キーボードのショートカットを素早く叩く。
次の曲のアイデアを話しているわけじゃない。
これは、物語の続きを、音で描くための作業。
そのとき、スタジオのモニターに一通のメールが届いた。
件名は「イベント出演のご相談」。
「……これ、取材じゃなくて、ライブだって」
「へえ……生演奏、ってこと?」
「うん。声優陣のトークステージのあとに、主題歌を“生”で聴かせたいって……オファー」
玲音は一瞬だけ言葉に詰まった。
けれど、今はもう震えていなかった。
「……やってみたい、かも」
「……ほんとに?」
「うん。あのとき、“兄さんが横にいないと無理”って言ったけど──」
そこで一度、言葉を切って、少しだけ照れたように言う。
「今は、“隣にいてくれるから”じゃなくて、“一緒に音を鳴らせるから”、ちゃんと向き合える気がする。……いや、向き合えるように、なりたい」
「玲音……」
奏汰は、何も言わず、PCのトラックを保存した。
外では、春の雨が静かに降っていた。
新しい季節の足音のような音だった。
ふたりは、次の音を鳴らす準備をしていた。
“リリカル・ノイズ”という名前のもとで。
それは、誰かのために歌う歌ではない。
自分たちが、ほんとうに届けたい物語のための、音。
呼びたかった名前。
言えなかった言葉。
伝えられなかった気持ち。
その全部を、これからも音にしていく。
まだ名もない物語の、名前になるような音を──。




