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リリカル・ノイズ  作者: 寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
わたし、ライブやってみたい
6/66

――はじめての“ファン”

ライブが終わったのは、午前11時すぎだった。

配信終了と同時に、タイムラインはまるで花火のようにコメントで埋まった。


視聴者数:同時接続で5万6千。

トレンド入り:世界10位、国内2位。

#リリカル声出し初披露

#リリカル=玲音説


開演15分後には、すでにネット中がざわついていた。

誰もが口にしていたのは、あの声。

そして、正体。


「“あの曲”を歌ってたのって、あの子だったのか……」


そんな驚きが、世界中を駆け巡った。


俺は、配信機材を片づけながらリビングの壁に背中を預けた。


スマホの通知は止まらない。

大手音楽メディア、SNSのインフルエンサー、有名Vocaloidプロデューサー、果ては海外の批評家までが、

「リリカルの正体」と「初ライブの完成度」について言及していた。


それをひとつひとつ確認するのは――ある意味、俺の仕事だった。


でも、いまは。


いまだけは、画面の向こうより、すぐ隣のことを優先したかった。


玲音は、自室で静かにベッドに腰かけていた。

衣装は脱ぎ、普段のスウェットに戻っている。

メイクも落とし、表情もいつも通り……に見えた。


「……配信、見直した?」


「うん。三回目」


「マジか」


「三回見ても……やっぱり、声が震えてた。

 でも、最後まで歌えたのは――兄さんがいたから、だと思う」


「俺はただの裏方。あれは、玲音のステージだったよ」


玲音は、ちょっとだけ黙ってから、言った。


「ありがとう、って言っていいかな」


「もちろん」


「……ありがとう」


その言葉は、まっすぐで、優しかった。

彼女が“他人に伝えるため”に声を使ったのは、もしかしたら――これが初めてかもしれない。


夕方になって、メールフォームに寄せられたファンメッセージの数は1万を超えていた。

そのうちの1通――たったひとつだけ、玲音が声を出して読んだものがあった。


それは、こう始まっていた。


『君はずっと、ここにいたんだ。

 言葉が途切れても、姿が見えなくなっても、君を忘れたことなんてなかった。


 あのとき、君が静かに手放した言葉。

 それを、そっと胸にしまったまま、ずっと待ってた。

 無理に追いかけなかったのは、君の時間を信じていたから。


 そして今日、君の声と歌が届いた。

 まるで、あの「またね」の続きを、君がちゃんと届けてくれたみたいで。

 ありがとう。


 君の描く世界は、誰にも真似できない。

 その光も、影も、全部が君らしくて、私はそれが大好きなんだ。


 これからも、君の物語が続いていくなら、私はその隅っこで、そっと見守ってる。

 いつかまた、君が「ただいま」って言ってくれる日を、楽しみにしてるね。


 Yunoより』


玲音は、読み終えたあと、ずっと黙っていた。


「……わかる?」


俺の問いに、玲音は小さくうなずいた。


「うん。でも、こわい。

 “またね”のあと、ずっと沈黙してたのは、わたしのほうだから」


「だけど、……“聴いてた”んだろ?

 ずっと、リリカルの音楽を」


玲音は、しばらく考えてから、ノートPCを開いた。

画面には、今日のライブのコメントが流れている。

そのなかに、確かに――

Yunoというアカウント名がいくつも、あった。


『やっぱり、君だったんだね』

『信じてたよ』

『また声が聴けてうれしい』


玲音は、ゆっくりと深呼吸をしてから、静かに言った。


「……返事、書く。今度は、ちゃんと」


その背中は、ほんの少しだけ震えていたけれど、

今までのどの瞬間よりも、まっすぐだった。


ライブの余韻は、まだ消えない。

だけど、玲音はもう次の音を探し始めている。


“リリカル”としてじゃなく、

玲音という名前を、声に出していいと思える自分として。


きっとそれは、音楽を作っていく上で、はじまりの一歩。


そして――あの日、途切れてしまった「ことば」の続きを、

ようやく、奏で始める準備ができたのだ。

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