音楽性、ぶっ壊す?
「再生数、もう八万超えてる」
玲音がスマホの画面を俺の目の前に差し出した。
近い。顔が。
……いい匂いするんだよな、まじで。
画面には、動画投稿サイトのサムネイル。
タイトルは『世界妹 -demo alt ver.-』。
投稿者は“小町 official”。
たぶんスタッフが上げたんだろう。
小町本人、機械オンチだし。
動画は一枚絵のまま進むタイプ。
泣き顔の妹キャラが、兄に背を向けている。
背景は淡い薄紅色。
色味もエモい。
あざといくらいに。
「これ、まだ正式な主題歌じゃないっぽいけど……」
「デモってことか」
俺は黙って玲音からイヤホンを受け取る。
指先がふっと触れて、ちょっとドキッとしたのは内緒。
そのままイヤホンを耳に入れ、再生。
流れてきたのは、透明で、繊細で、……なんていうか、
ちゃんと“気持ち”が届いてくる音楽だった。
ストリングスとピアノが絡む王道コード進行。
サビの歌詞──「お兄ちゃん、ごめんね」からの一撃。
言葉のすべてが、妹の心の声に聞こえる。
(これ……完全に“妹視点”で組んできてる)
「ひとりで泣いて、強くなろうとしてたの」
「でも見ててくれてたよね」
……やば。
目が潤む。ていうか、負けた感がすごい。
コメント欄を見たら、案の定、絶賛の嵐。
「泣ける」
「これが正解」
「小町に決まり」
「……完璧すぎる」
ぽつりと漏れた俺の声に、玲音がスマホをぎゅっと握る。
「わたしたち、出遅れてるね……ていうか、正攻法では勝てない」
「正解には正解で勝てない、って感じか」
沈黙が流れる。
でも、それは敗北じゃなくて、たぶん覚悟の静けさだった。
「小町ちゃんは“妹”って属性じゃないのに、ちゃんと“妹の心”を歌い切ってる。
……すごい」
「エンパシーの鬼だな。あいつは」
俺はつぶやき、膝にレスポールを乗せる。
ロックの象徴とも言えるこのギターは、重厚なボディと太く粘りのある音が特徴だ。
弦はオープンEチューニング――スライド奏法に適している。
何気なく鳴らしたアルペジオが、ちょっとだけ心に引っかかる。
コードの響きが、言葉にならない感情をすくい上げるようだった。
「じゃあ……俺たちは、何を書く?」
玲音は黙ってた。けど、やがて静かに言った。
「……妹ってさ。守られる存在じゃないよね。
ときに、自分から踏み込んで、兄を超えて、……でも振り返って、ちゃんと手を伸ばしてくれる」
「それ、玲音のことだろ」
つい、口に出てた。
その言葉に、玲音がふっと笑って――。
「……ずっと奏汰に片想いしてたもん」
……お、おいおいおい。
不意打ちすぎるだろ、それ。
俺の心臓が死ぬ。
思わず顔を上げたら、玲音と目が合った。
目が合って、笑い合って、……なんか、変に照れくさくなる。
「じゃあさ。逆に書いてみよう。
“妹に憧れる兄”の気持ちで」
「妹の心を描くんじゃなくて、“兄の心の中にいる妹”を描くってこと?」
「うん。逆転の視点。
ClariSの曲でryoがやったみたいな」
玲音はうなずいて、ローズ・ピアノの前に座る。
ローズは、金属音叉の振動を電気的に増幅して鳴らすエレクトリックピアノで、
その音色は柔らかく、どこか浮遊感があり、夜の静けさに溶け込むような響きを持っている。
髪がさらりと揺れて、首筋が――あっ、ちょっと見えた。
……って、見ちゃだめだ。
音楽に集中しろ、俺。
奏でられたコードは、まるで濡れた空気のように、部屋を包んでいく。
俺もテンションコードを崩し気味に鳴らして合わせる。
これは“正解”じゃなくて、“記憶の奥底”を拾い上げる曲になる。
そんな予感があった。
そのとき。
「……ねえ、奏汰」
玲音の声が、不意に落ちる。
まるで、ピアノのダンパーがふわっと上がったみたいな、柔らかい間。
「この曲やってると、やっぱり“兄さん”って呼びたくなる」
……ッッ!!!?
そのセリフ、なんか変なスイッチ押すやつ!!!
指が止まる。
ギターじゃなくて、心臓の音がうるさい。
「……じゃあ、呼んでみて」
俺は自分でもびっくりするくらい、低い声で言ってた。
玲音の目がわずかに揺れて、
唇が、すこしだけ開いて──
「……やめとく。まだ完成してないし。
……ご褒美にする」
ああもう、ずるい。
その駆け引き、完全に“女の顔”じゃん。
「そういうとこ、玲音っぽいな」
「うれしい、ってこと?」
「うん。すごく」
気づけば、俺たちの音がまた重なってた。
兄と妹の、曖昧で、甘くて、せつない距離感。
“物語”じゃない、“ふたりだけの気持ち”を音にしていく。
……ねえ、玲音。
その“ご褒美”って、完成したらマジで、くれるの?
たぶん、俺、がんばれる。




