主題歌に、してみたいんだ
翌日。
『世界妹』のTVアニメ化が正式に発表された。
公式サイトに掲載されたキャストとPVの制作会社に、SNSはまるで打ち上げ花火みたいに弾けてた。
それを見た瞬間、俺と玲音の中で、何かが確かに灯った。
――挑めるかもしれない。
そんな根拠のない衝動。
でも、それは確かに希望だった。
スタジオの空気も、どこか新しい始まりの匂いがしていた
俺はその匂いの奥に、ほのかに漂うシャンプーの香りを感じた。
玲音の、だ。
玲音は、膝に『世界妹』の2巻を乗せながら、トラック制作ソフトを開いてる。
真剣な表情、その横顔。
さらりと落ちる髪が、首筋にふわりとかかって、なんだか――
ちょっと、ドキッとする。
「やっぱり、最初の“沈黙”って重要だと思うの」
玲音が、不意にそう言った。
その声が、不思議と耳に残る。
ささやくみたいに。
「主人公が、妹と初めて二人きりになるシーン。
何も言えなくて、でも、何かが動き出す……あの間を、音で表現したい」
彼女の言葉に、俺はペンを止めて頷く。
「……空白を音にする、ね」
玲音は無言で画面を操作すると、ローズピアノの音を小さくループさせた。
そのディレイが、まるで――
好きな子からのLINEの既読がつかないときみたいに、じわじわ効いてくる。
「あの……仮タイトル、どうしよう」
唇をちょっと噛むような仕草で、玲音が俺を見た。
心なしか、上目遣い。
……いや、心なしかじゃない。
相変わらず可愛い。
「“世界でいちばん、届かない”とか。
ちょっと切ない感じで」
俺が言うと、彼女の目がきらっと光った。
「……いい、それ。
すごく、合ってる」
笑った。その瞬間、俺の胸の奥にビートが走った。
やばい、今の……恋が加速する。
ふたりの間に、静かな集中が流れる。
コード進行、テンポ、語感、ブレイクの位置――
どこか、音を重ねるたびに玲音の表情がやわらかくなっていくのが分かる。
そしてそのとき。
玲音のスマホがテーブルの上で震えた。
画面に映ったのは、小町の名前と投稿。
#世界妹
#提出完了
「もう……出してるんだ」
玲音がつぶやいた。
その横顔が少しだけ緊張しているように見えて、俺は思わず彼女の肩に手を伸ばしそうになった――
けど、やめた。
距離感、大事。色々と。
「小町、動くの早いな」
そう言いながら、俺も内心はプレッシャーでいっぱいだった。
でも、玲音は静かに言った。
「……関係ない。
わたしたちは、わたしたちの音でいく」
その目はまっすぐだった。
不意に、さっきまで気になってた髪の揺れや首筋の白さとか、そういうのがどうでもよくなるくらいに。
「“主題歌に、してみたいんだ”。
この想いに、勝てる音を作る」
玲音の言葉に、俺はうなずいた。
「そのためなら、何度でも壊すよ。
音も、自分も」
そう言った俺の言葉に、玲音がふっと笑う。
……やっぱり、ちょっと色っぽい。
スタジオのスピーカーが、ふたたびローズの音を奏でた。
まだ何も決まっていないトラックに、少しずつ、ふたりの物語が息を吹き込まれていく。
まるで――恋のはじまりみたいに。




