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“世界妹”に、恋をした

昼下がり、コーヒーの香りが広がっていた。

昨夜のセッションを経て、ふたりは遅めだった。


玲音はお気に入りのタンブラーにミルク多めのラテを注ぎ、座椅子にくるまりながらラノベを読んでいた。


俺はその横で、レスポールの弦を張り替えながら、横目でその様子を眺めている。


レスポールは、ロックギタリストに愛される定番のエレキギター。

厚みのあるボディと、太く粘りのあるサウンドが特徴で、特に中低音の存在感が強い。

その重さと構造が、音に深みを与えてくれる。


張り替えたばかりの弦に触れるたび、昨夜のセッションの余韻が指先に蘇る。


「……なんか、すごい真剣だな」


「……ん」

玲音は目を離さずにうなずいた。


「『世界妹』、読めば読むほどすごい。

 わたし……この作品、絶対アニメになるって、確信した」


「へぇ」

奏汰は軽く頷くと、ペグを巻きながら続ける。

「タイトルがちょっとアレだけど……ストーリーはガチなんだ?」


「むしろ、そこがいいの」

玲音は顔を上げた。


「妹モノって思わせておいて、実は“兄が自分の居場所を見つける物語”になってるの。

 キャラの感情が音みたいでさ……静かな間とか、言葉にならない想いとか、すっごく音楽的で……」


「音楽的、ね」

俺はその言葉を繰り返し、弦を弾いてチューニングを確認した。


「で、どうするの。

 それ、アニメ化したら主題歌やりたいんだよな」


玲音は一瞬、目を見開いて、そしてうなずいた。

「……うん。そう思ってる」


いつになく真剣な表情だった。


「この物語の“音”を、わたしたちが描きたい。

 ……そう思ってる」


俺は、張り替えたばかりの弦をひとつ鳴らす。

「俺たちの今のスタイルで、ラノベ原作アニメの主題歌……どう思う?」


玲音は口を噤んだ。

「……ちょっと、難しいかも」


「だよな」

奏汰はあっさりと言った。


「今の俺ら、音楽的にはロックもジャズも“混ざってる”けど、方向性が尖りすぎてる。

 キャッチーじゃないし、物語に寄り添うような歌になってない」


玲音は、抱えていた文庫本をぎゅっと胸元に抱きしめた。

「でも……やりたい。

 音楽で物語を描くこと、挑戦してみたい」


その瞳の奥には、確かな光があった。

俺はしばらく黙っていたが、やがて笑う。

「じゃあ、やるか。物語の主題歌。俺たちなりに」


「……!」

玲音は驚いたように顔を上げる。


「でもそのためには、一回、自分たちの音楽を壊すくらいのつもりで考え直さなきゃな。

 歌詞の書き方、メロディの重ね方、物語を読むように音を並べること……」


「わたしたちが物語の“読者”じゃなくて、“奏者”になるってことだね」


「うん」

奏汰がうなずいたちょうどそのとき、玲音のスマホが震えた。


「……ねえ、これ」


「ん?」


奏汰がのぞき込むと、SNSのトレンド欄に《世界妹 アニメ化》の文字。

まだ公式発表ではなく、一部の関係者リークと見られる噂話だったが──

すでにファン界隈では話題になりはじめていた。


「ついに来るんだ……アニメ化」


玲音の声には、どこか他人事ではない緊張が混じっていた。


「はや」


「で……主題歌の候補として、小町ちゃんの名前が挙がってるって」


その名前に、空気が変わった。


玲音は、目を伏せる。

「小町ちゃん……やっぱり、そうだよね」


俺は淡々と弦を弾きながら言った。

「当然の展開だな。

 今いちばん注目されてるアーティストだし、制作側から見ても“安心できる”存在だ」


「でも……それでも、やりたい」


玲音の声は震えていた。


「小町ちゃんがすごいのはわかってる。

 でも、それでも……この物語の音は、私たちの手で鳴らしたい」


俺はしばらく黙ってから、そっと言った。

「じゃあ、やるしかないな」


ふたりは、目を合わせた。

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