火花は、音で交わる
午後の陽射しが傾きかけたスタジオに、ドレイクとナタリーが現れた。
ドレイクは物静かな表情を崩さず、ベースのケースを片手に、ナタリーはスティックをくるくると回しながら笑っている。
「わぁ……実物だ」
玲音がぽつりと呟く。
緊張しているように見えた。
対する俺は、ピンと張りつめた糸のように集中していた。
頭の中でコード進行とフレーズが回る。けれど、それ以上に彼の指先が“鳴らしたい音”を探していた。
セッティングが終わり、軽くチューニングを合わせる。
玲音はローズの前に腰掛けると、やや深めにディレイをかけて、ふわりとコードを鳴らした。
「Shall we just play?」
ドレイクが言う。その声は低く、渋く響いた。
ナタリーがスティックを振り下ろす。
「Let’s make it hot.」
それは開始の合図でもあり、挑発でもあった。
——一音目。
玲音は、やや緊張した面持ちで手を鍵盤に添えた。
指先がほんのわずかに震える。
それでも、空気を滑るようにローズ・ピアノを響かせた。
ローズは、内部の金属音叉を電気的に増幅して鳴らすエレクトリックピアノ。
その音色は、アコースティックピアノよりも柔らかく、どこか浮遊感がある。
ディレイを深くかけたコードが、部屋の空気に波紋のように広がっていく。
その後を追って、俺のレスポールが応える。
重厚なボディと太い音が特徴のこのギターは、オープンEチューニングにしてある。
このチューニングは、スライド奏法に適していて、コードの響きを滑らかに変化させる。
指にはめた金属製のスライドバーを弦の上に乗せると、リバーブを深めにかけた湿度を帯びたクランチトーンが鳴る。
指が弦に触れるその瞬間、彼の呼吸とリンクするようにフレーズが生まれていく。
ナタリーがリズムを刻む。
跳ねるようなスネアと、押し出すようなバスドラム。
ドレイクはベースで低音の海をつくり、その中を玲音のコードがたゆたう。
即興。
なのに、どこかで“意味”が通じている。
奏汰は、ただ感じたままに指を動かした。
あるときはささやくように。
あるときは唇を吸うように。
玲音のフレーズに寄り添いながら、時に彼女の意図を試すように、コードを裏切る。
玲音は戸惑いながらも、それに応えるように音を重ねる。
ナタリーが応え、ドレイクが笑う。
玲音の音が、ふいに変わる。
少し戸惑いながらも、想いを伝えようとするような、控えめな旋律。
それは、まるで衣擦れのように甘く、濡れた音だった。
——誘ってる。
音で。
官能的に。
奏汰は、それに応えた。
ボディに指を滑らせるように、ポジションを移る。
ひとつひとつの音が、玲音の肌を撫でるように。
ローズが震える。
微細なノイズすら、快楽のため息のようだった。
ドレイクが呟く。
「It’s like Bill Frisell went funky… but it’s got its own color.」
ナタリーが続ける。
「You guys aren’t just mimicking. You’re… tasting each other’s sound.」
それは、称賛にも似たため息。
セッションの終わりは、自然に訪れた。
最後のローズのコードが、まるで甘いキスのように溶けていったとき、ナタリーがスティックを放った。
「Damn, that was delicious.」
ドレイクは軽く息をついたあと、静かに言う。
「Your structure’s a bit rough. But this layering of tones… didn’t expect it to hit like that.」
玲音がふと奏汰を見た。
けれどすぐに目をそらし、頬がほんのり染まる。
その仕草には、言葉にしない熱が宿っていた。
奏汰も、微笑み返す。
音で触れ合ったあとの、汗ばむような余韻の中で。
玲音が、そっと囁いた。
「……今日のご褒美、いる?」
奏汰の指が、無意識にギターのネックを撫でた。
「……もう音で、もらった気がする」
ふっと微笑んだそのあと、奏汰は玲音の方に顔を寄せ、耳元で続けた。
「……けど、それはそれ。ちゃんと、欲しい」
玲音は一瞬、目を見開いた。
その目が泳ぎ、視線が下を向く。
唇がかすかに震えながら、声が漏れた。
「……あの、その……シャワー……浴びてから、とか……?」
「え、どっちが?
それとも……」
玲音は赤くなりながら、袖をぎゅっと握った。
「……どっちも……かも、しれない……」
ふたりの間に、またひとつ火花が落ちたようだった。




