あなたに、“わたし”を伝えたい
「玲音は、昔から、音でしか生きてこれなかった」
奏汰は語る。
ステージ裏、誰もいない場所で、
彼女が膝を抱えてうずくまる、その隣で。
「言葉で失敗してきたから。
話そうとして傷つけたり、黙って傷ついたりして、結局、音しか残らなかった」
「でも――その“音”が、俺を救ったんだ」
玲音が、顔をあげる。
唇は震えて、目には迷いが浮かんでいる。
それでも、ステージは待っている。
何千人の観客が、まさに彼女の歌を待っている。
それはきっと、彼女にとっていちばん残酷で、
それでも一番やさしい場所だ。
「声じゃなくて、音なら伝えられる」
それが、玲音の願いであり、葛藤だった。
奏汰は、彼女の手をとって、そっと鍵盤に乗せる。
「音でもいい。歌でもいい。――でももし、玲音が“話したい”って思ったら、俺はずっと待ってる」
玲音が、小さく息をのむ。
その目に、涙がにじむ。
そして、ステージ。
イントロが鳴る。
『Our Voice』
静かなローズ・ピアノが、そっと空気を揺らす。
少し曇ったような、でも温かく包み込むような音色。
まるで誰かの記憶に触れるように、静かに、優しく響いていた。
小さくて震える歌声が、会場に届く。
その声は、ローズの音に寄り添うように、ひとつの物語を紡ぎ始めていた。
玲音の歌は、誰よりも不器用で、誰よりもまっすぐだった。
旋律が、サビへと向かう。
いつものパートなら、ここで奏汰のギターが入る。
でも、今日は違った。
音が――止まった。
玲音が、ピタリと止まる。
観客席に、ざわめきが走る。
奏汰が、焦ったように彼女を見る。
でも、玲音は、ただ一歩前へ。
そして――マイクの前で、歌ではなく、言葉を発した。
「奏汰――わたし、ほんとは、ずっと――話したかった」
「音にすればごまかせるって、思ってた。
でも――ほんとは、ちゃんと、“好き”って言いたかった」
会場が静まり返る。
玲音が、震える手でマイクを強く握る。
「わたし……言葉が怖かった。
でも、奏汰は、音の中にあるわたしを見てくれた。
だから――いまは、言葉で、言いたい」
その瞬間、玲音の声が、世界でいちばんまっすぐ響いた。
「あなたのことが――好きです」
観客が一斉に立ち上がる。
涙を流す人。手を胸に当てる人。
何も言えず、ただ見守る人。
玲音の声は、震えていた。
けれど、迷ってはいなかった。
それは、かつて誰にも届かなかった少女の声。
いまようやく、**世界に向けて解き放たれた、最初の“叫び”**だった。
奏汰が、そっとマイクを握る。
「ありがとう。玲音。――俺もずっと、みんなの前で言いたかった」
そしてふたりは、もう一度、曲の続きを歌い出した。
それは、音楽でも、言葉でも、ただの“声”でもない――
ふたりの“魂”だった。
後日談――
玲音のこの告白と歌は、SNSで大きな話題となり、
「声を出せなかった少女が、言葉で想いを伝えた日」として広く拡散された。
あるファンはこう書いた。
「わたしもずっと黙ってた。
でも、玲音の“好き”に、背中を押された」
またあるファンはこう書いた。
「声を出すのが怖かった。
でも、今日から少しだけ、勇気が持てた」
玲音の声は、たしかに“世界を変えた”のだ。
それはきっと――音楽が、言葉を超える瞬間だった。




