深夜1時、声で笑わせてどうするの
「……今日、ラジオなの?」
「うん。配信スタジオじゃなくて、本物の“放送局”」
「……怖い」
玲音はフードを深くかぶって、コーヒーを抱えたまま小さく震えていた。
けれど、“あのトーク番組”の名前を出した瞬間――
「……ちょっとだけ、出てみたかったかも」
と呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
その番組名は――『月曜午前1時の音楽室』。
深夜ラジオ界のカルト的人気を誇る音楽番組で、ゲストの素が引き出されることに定評がある。
「ゲストが照れ死ぬ」「NG無し」「変なあだ名がつく」と噂される伝説の番組だ。
そして迎えた収録日。
玲音はめずらしくメイクまで整えて、黒のハイネックに小さなイヤリングという“ちゃんとミュージシャン仕様”の姿だった。
けれど、いざブースに入ると――
「…………」
玲音はマイクの前で固まった。
「ようこそおふたりとも! いや~今日は楽しみにしてましたよ!」
番組MC・シバタさん(47歳)がテンションMAXで迎える。
「“リリカル”ってのはユニット名ですけど、おふたりの関係は兄妹……ってことなんですよね?」
「はい。兄妹で、ユニットです。はい」
俺が答える。
「……付き合ってたりしないですよね?」
玲音が、ばちんと咳き込んだ。
「っごほ、ごほ……!!」
「いやーごめんごめん、冗談冗談! でもSNSとかだと“尊さの極み”とか言われてますけど、実際どうなんすか?」
玲音は顔を真っ赤にして俯いた。
俺は笑いをこらえながら答えた。
「まあ……“音楽的に”近い距離感ってことで」
「いやそれ余計に怪しいやつ!!」
スタジオ内に爆笑が走る。
「玲音さん、しゃべれないって聞いてたけど、いま咳き込んだ時めっちゃ素出てましたよね?」
玲音はパソコンのタイピングで【照れてない】と表示する。
「うわ! それ既視感あるやつ! 昔のV系バンドとかでやってたなぁ~。懐かしいわ!」
「でも玲音さん、あれでしょ? ちゃんと“歌”では話せるんですよね」
玲音は、コクンと頷いた。
番組中盤、「ゲストに10の質問」という名物コーナーが始まった。
「質問その1! 最近ハマってるものは?」
【……虫の鳴き声の周波数分布を見るアプリ】
「どういう趣味だそれ!?!? 虫の歌を聞いてる!?」
「質問その2! 苦手なものは?」
【ラジオ】
「今やってるんだよ!? 今まさに!!」
「質問その3! 好きな食べ物は?」
【焼いたマシュマロ(兄さんが焦がしすぎたやつ)】
「いやそこ限定なの!? 焦げ具合指定とか初めて聞いた!!」
質問が進むごとに、スタジオの笑いは止まらなくなる。
番組終盤。
「じゃあ最後に、おふたりの音楽に一言でキャッチコピーをつけるなら?」
「……玲音、どうする?」
玲音はしばらく考えてから、ゆっくりとタイプした。
【“聴かれたくない気持ちほど、音になる”】
その言葉に、スタジオが静まり返る。
「……それ、名言すぎません?」
シバタさんが思わず呟いた。
「たまに名言で空気変えるタイプだ……天才か……」
玲音は、ちょっとだけ照れながら、キーボードを閉じた。
エンディング。
「今日はほんとに、ありがとうございました! いや~こんなに笑って、こんなに心動かされた回は久しぶりですよ!」
「こちらこそありがとうございました」
俺が頭を下げると、玲音も深くお辞儀した。
番組公式SNSには放送直後からコメントが殺到。
《リリカル最高すぎる》
《玲音ちゃんタイピング無双》
《兄さんとの距離感で死ぬ》
《キャッチコピーに泣いた》
深夜1時台としては異例のトレンド入り。
そして――
「トリックでもトリートでもない、“リリカルの気持ち”。」
それが、言葉じゃない声で、確かに届いた夜だった。




