“いたずら”の定義、教えてあげる
ライブ配信が終わった夜。
リビングには、甘い紅茶とマシュマロの香りが漂っていた。
玲音は早々にパーカーを着直し、いつものようにソファの端っこに落ち着いている。
イベントを終えた安心感からか、ヘッドホンを首にかけたまま、うとうとしていた。
その横で、俺はメールチェックをしていたのだが――
「ねー奏汰ー?」
ルナがいつのまにか、背後からぐいっと首に腕を絡めてきた。
「ごほっ!? な、なに?」
「“いたずら”の時間だよ? ほら、“お菓子あげないと”って言ってなかったじゃん?」
「……あれ、比喩だと思ってたんだけど」
「リアルだよ♡」
ルナはウィンクしながら、俺の膝の上にちゃっかり座ってきた。
「おい、重――っていうか! 玲音、見てる……!」
「……見てない」
玲音は顔を背けた。けれど、耳が真っ赤になっていた。
「ルナ」
低くて、静かな声が響く。
「いたずらは、ほどほどに」
「わーお、嫉妬? えー、玲音ちゃん怖~い♡」
ルナはおどけながらも、にやりと笑っていた。
するとそのとき――
「では、私も」
ふわりと風が舞うように、小町が現れた。
「……“いたずら”、ひとつだけ許されるなら、選ばせてもらっていい?」
「お、おい小町、おまえまで――」
「私、奏汰の“弱点”知ってるもの」
そう言うと、小町は扇子の先で、俺の首筋をすっとなぞる。
「ひゃっ……!? やめろ! くすぐった……!」
「ふふ。ほら、玲音。あなたが守らないと、奏汰は“食べられちゃう”わよ?」
その言葉に、玲音の肩がぴくりと動いた。
そして――
「……わかった」
玲音が立ち上がり、ルナと小町の間にすっと入ってきた。
「わたし、“お菓子”はちゃんと用意してる。だから、いたずらは私にだけして」
「え?」
ルナが目を見開いた。
小町も一瞬、驚いたような顔を見せる。
「兄さんにばっかり触るなら……私、ちょっと“怒る”」
玲音の声は、静かだったけれど、確かに強かった。
「……ほぉぉ〜〜〜っ!?」
ルナが両手をバンザイして、ソファに倒れ込む。
「だ、だめだ〜〜! 今日の玲音、強すぎる! 完敗っ!」
「……ふふ。認めざるを得ないわね」
小町も静かに笑って、俺の膝の上から下りた。
「ほんとに、立派になったわ。玲音」
玲音は、照れたようにうつむき、俺の袖をそっと引っ張った。
「……だから、今日の“いたずら”は、わたしがやる」
「えっ、え? あの、何を……?」
玲音はそのまま、すっと顔を寄せて、俺の耳元で囁いた。
「“トリック”されるの、好き?」
「――っ!?」
耳の奥まで熱くなる。
ルナがわざとらしくカメラを構えて言った。
「はい! この夜、最高の“イチャイチャ記録”いただきました〜!」
玲音はあわててフードを被ってソファに座り込み、
俺は顔を真っ赤にして、天井を見上げた。
その夜。
ルナがぽつりと呟いた。
「……いいね、あのふたり。
ちゃんと甘くて、ちょっと苦くて、でも一緒で」
小町は頷いた。
「いたずらなんてしなくても……触れ合うだけで、十分“心をほどく”のね」
「ねえ、次のイベント……バレンタインとか、どう思う?」
「……血のチョコレート戦争にならなければ、賛成よ」
ふたりは顔を見合わせ、くすくすと笑った。
笑い声が溶けていく。
ハロウィンの魔法は、まだほんの少しだけ、残っていた。




