わたしたちは最高!
「……なあ、ルナ。
そのバンド名、マジで言ってる?」
奏汰は、目の前のルナの手元を見て思わず吹き出しかけた。
彼女のスマホには、大文字でこう書かれていた。
『Re:BEAT♡』
「めっちゃ良くない?
“再生”と“鼓動”って意味を込めてんの。
センスあるでしょ?」
「いや、センスは……まあ、あるかもしれないけど……」
彼女の隣では、玲音が真顔で頷いていた。
「いいと思う。
語感、悪くない。
あと、かわいい」
「……玲音が言うと妙に説得力あるのズルいな!」
ことの発端は、数日前のルナの突然の提案だった。
「玲音、小町!
一緒にガールズバンドやらない?」
今、絶対流行ってるし、3人なら何か起こせる気がするんだよね!」
最初は軽いノリだった。
でもルナは真剣だった。玲音も、珍しく即答で「やってみたい」と言った。
そして、小町は――
「……私は、バンドなんて向いてないと思う。
だけど、“やってみたい”って思った。
それだけで、始めてみてもいいのなら」
そう言って、静かに微笑んだ。
奏汰は、彼女たち3人の“火花”が、どこかで交わる予感がしてならなかった。
だからこそ、マネージャー的立場で見守ることに決めたのだ。
「3人とも、ぶつかり合いそうで、妙に噛み合いそうで……。
なんというか、不安と期待が同居してるって感じだな」
ルナはギターとボーカル。
玲音はキーボード&コーラス。
小町はベース。
「ベースなんて……私にできるのだろうか」
小町がギブソンのサンダーバードを肩から下げて、悩むように呟いた。
大きめのボディに、鋭く伸びたヘッド――その独特なシルエットは、どこか頼もしくもあり、まだ彼女には少し重たそうだった。
「できるできる!
小町、頭いいし指先も器用だし!
それに――」
ルナはグレッチ・ジェットを肩から下げ、にやっと笑う。
メタリックなボディに、クラシックなシングルカッタウェイ。
グレッチ・ジェット――ロックにもジャズにも染まるそのギターは、鋭くて、でもどこか艶のある音を持っている。
ルナの手にかかると、その音は感情をむき出しにするように響いた。
「“怒り”とか“焦り”とか、そういう感情がこもってる人のほうが、絶対いい音出すんだよね」
最初のスタジオ練習は、ボロボロだった。
リズムが合わず、チューニングもズレる。
でも3人とも笑っていた。
「“笑いながら”練習できるって、すごいことだよな……」
奏汰はその姿を見つめながら、ふと呟いた。
ある日、小町はTシャツ姿でスタジオに現れた。
父親と大喧嘩したという。
「“そんな格好で外に出るのは娘として恥ずかしい”って……。
でも、これが今の私の“表現”なんだ」
彼女の手には、指の皮が剥けた跡。
「それでいい、小町。あんたの“音”は、そのままで強いよ」
ルナが即座に言った。
玲音は何も言わず、小町の手に絆創膏を貼った。
初ライブ当日――
客席には、SNSで呼びかけた数百人が集まっていた。
だけど、演奏は……失敗だった。
音がちょっとズレる。
照明とタイミングが合わない。
玲音が途中で構成を間違え、小町がリズムを重くし、ルナがフォローに入りきれなかった。
それでも――
曲が終わった瞬間、観客が立ち上がって拍手を送った。
「すげぇ……なんか、伝わってきた」
「音が妙に不器用で、逆に刺さる感じ」
ステージ袖で奏汰は、そっとガッツポーズを作った。
「……伝わった、んだな」
でも、終演後の控室。
「どうしてもっと合わせてくれなかったの?」
ルナが、小町に詰め寄る。
「あなたこそ、テンポが速すぎるのよ」
小町が静かに返す。
玲音は、ふたりの間で戸惑うように立ち尽くす。
「ケンカ……しないで。お願い……」
その声は、どこか震えていた。
だが、沈黙のあと――
小町が言った。
「……でも、わたし、初めて“自分の声”を出せた気がした。ベースで」
ルナが肩をすくめ、笑う。
「わたしも。“うまくいかない自分”って、実は嫌いじゃないんだよね」
そして玲音が、笑った。
「じゃあさ――もう一度、やってみようよ。
今度は、“ひとつの声”になるまで」
再スタートのライブ。
3人は息を合わせて立った。
曲は、玲音がこの日のために書いたもの。
タイトルは、『わたしたちは最高!』
「失敗も、衝突も、バラバラも。
全部抱えて、わたしたちの音楽になる」
奏汰は、袖で見守りながら心の中でつぶやく。
「……本当に、“最高”だよ。お前たち」
3人の音がひとつになった瞬間――
観客席から、大きな歓声が上がった。




