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街の音、わたしのリズム

合宿から戻ってきた次の週、玲音はまた少しだけ“引きこもりモード”に入っていた。


彼女の部屋はカーテンが閉められ、パソコンのモニターだけがぼんやりと光っている。

イヤホン越しに流れてくるのは、あのバンドバトルで歌った――あの歌だ。


俺たちで作った音。

俺たちで届けた音。

けど、きっと――


「……今日は、行かなくていいよね?」


玲音が、誰にともなくぽつりとつぶやくのが、廊下まで聞こえてきた。


カフェの窓際、午後の光が少し傾きはじめた頃。

ミレイがアイスコーヒーを吸いながら、あきれたように言った。


「――ってわけで、玲音は今日も“自宅ステージ”から一歩も動いてねーのよ」


俺は苦笑して、思わず眉を下げる。


「やっぱり……少し無理させすぎたかもな」


「ちっげーなあ、奏汰くん。

 あの子は今、“どこで音を鳴らすか”を探してんのよ」


ミレイはストローの氷をカランと鳴らして、いつになく真面目な目をした。


「殻にこもってるわけじゃねー。

 ちゃんと“次の場所”を考えてる顔してたよ」


「“次の場所”……?」


「そう。で、オレ様の天才的提案がコレだ――

 “街そのものをステージにしちまおうぜ!”」


夕方、玲音の部屋のドアの前。

ミレイの突飛な提案に、玲音はちょっときょとんとした顔で俺を見る。


「……街が、ステージ?」


するとミレイが部屋のドアからぬっと顔を出してくる。


「そうそう。

 お前の音ってさ、閉じた世界で完成されすぎてんの。

 でもよ、世界はうるさい。

 風の音、電車、子どもが騒ぐ声――

 そういう雑音と混ざったら、お前の声はもっと生きる」


「……つまり、わたしが外に出ないとってこと?」


「そゆこと。

 でも、ムリにステージ立てとか言わねーよ。

 一歩出て、風感じて、音拾ってくれりゃいい。

 編集はオレ様に任せな」


玲音は少し不安そうな目でこっちを見る。

俺は黙って、そっと手を差し出した。


「……俺も一緒に行く。

 歩くだけでいいから」


玲音は一瞬戸惑ったあと、そっと頷いた。


「うん。……歩いてみる」


数日後、夕方の荒川土手。

玲音が小さなレコーダーを構えて、マイクを風に向けている。


風のざわめき。

子どもたちのボールを蹴る音。

電車の低いうなり。

遠くで鳴る誰かの口笛。


俺はそれを隣で見守っていた。

玲音は目を細めて、ぽつりとつぶやく。


「……わたし、こんなに“音”があるって知らなかった」


そのとき、ミレイがどこからか現れて、自転車を押しながら口を開く。


「だろ?  

 街って“うるさくて最高”なんだよ。

 お前の声と混ざれば、世界はもっと騒がしく、美しくなる」


玲音は、少しだけ笑った。


「……じゃあ、“わたしの音楽”も、生きてていいんだね」


「当たり前だっつーの!」


その後、小町は駅前でインタビューを録音して、

ルナは商店街の喫茶店で、カップのぶつかる音を拾ってきた。


ふたりとも、玲音の“街と混ざる”試みを全力で支えてくれていた。


「玲音、撮ってきた写真、めっちゃ綺麗!

 絶対MVに使うからな!

 音って、場所の記憶だよな。

 そういうの、俺様大好きだ」


玲音はちょっとだけ頬を赤らめて、フードを引っ張りながら言った。


「うるさい……でも、ありがと」


その顔には、確かに“晴れ間”が見えていた。


MVが完成したのは、それから数日後のことだった。


タイトルは、『街のなかで、わたし』。


雑踏、風、ざらついたノイズの中に、玲音の声が静かに響く。

投稿された動画には、すぐにたくさんのコメントがついていった。


「音と風景が一体になってる…心に刺さる」

「生活に寄り添う音楽って、こういうことか」

「ひきこもってた自分を思い出した。

 ありがとう」


玲音はスマホを見つめながら、そっと口元を押さえていた。


「……わたしの声、届いたんだ」


俺は隣で頷いた。


「ああ。

 ちゃんと“街と混ざった玲音”が、誰かの心を揺らしたんだよ」


そう言いながら、玲音の肩にそっと手を置いた。


その夜、玲音は久しぶりに自分の部屋の窓を全開にしていた。

外から吹き込む夜風は、どこまでも自由で、どこまでも静かだった。


「ねえ、兄さん……」


「ん?」


「……次は、もっと遠くまで、音を録りに行けるかもしれない」


「旅、してみる?」


「うん。

 わたしの声が、世界と混ざっていくのを、もっと見たい」


すると、廊下の向こうからミレイの声が飛んできた。


「よっしゃー!

 次は**“ロード・ムービー型MV”**だな!

 オレ様、編集マシン担いでどこまでもついてくぞー!」


玲音は、少しだけ笑って、夜空を見上げた。


風と音と、声と世界――

全部が、彼女の“音楽”に変わっていくのを、俺は見ていた。

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