ラブソング対決、本番!
時計は20時を回ったところ。
マイクを握りながら、俺は軽く手を上げる。
その瞬間、玲音が小さく肩をすくめた。
……ちょっと緊張してる?
いや、違う。あの表情は――何かを決めた顔だ。
1組目は玲音と俺。
曲は『ずっと、いっしょにいて』。
使うのは、フェンダー・ローズとレスポール。
暖かくて丸みのあるエレピの音と、太くて芯のあるギターのコンビネーション。
シンプルな編成だからこそ、ちょっとした息遣いや、視線の揺れさえ隠せない。
緊張感が、むしろ心地よかった。
静かなコードの刻みから始める。
玲音がローズのキーに指を置くと、こっちを見てうなずいた。
その目に、さっきまでの遠慮はない。
まっすぐに俺を射抜いてくる。
歌い出した玲音の声は、透き通ってて、どこか儚い。
でも震えてない。強い。
「この声をずっと――いっしょにいて」
そのフレーズで、俺の視線を正面から受け止めた。
……やばい、今の目。反則だろ。
Bメロで、俺はギターを手に取り、コーラスをそっと重ねる。
玲音の背中に、さりげなく寄る。
その瞬間――
「……っ」
玲音が、わずかにバランスを崩して俺の腕に触れた。
服越しでもわかる、柔らかい感触と体温。
たぶん、ほんの一瞬だけ。
でも、その一瞬がやけに長く感じた。
サビで、ふたりのハーモニーが重なる。
玲音の「暗闇の隙間も 光に変えて」が、まるで誓いのように空間を満たす。
俺は足元に置いたビッグマフを踏む。
分厚く、温かみのある――このファズペダルで、ギターの音が叫ぶ。
その音で、玲音の声の余韻をそっとなぞるように、ソロを重ねた。
最後、ステージ中央で向き合う。
音も、動きも、ほとんど止まった。
玲音が、そっと微笑んだ。
そのまま歌い切る。
静寂。音が、風が、ふたりの間で止まった。
俺の手の中が、少しだけ汗ばんでいることに気づいたのは、曲が終わったあとだった。
照明が切り替わる。
今度は小町とルナの番。
ふたりがステージに歩み出た瞬間、さっきとはまったく違う空気に変わった。
『渦に咲く想い』。
エレキとピアノのビートが混ざった、ファンキーな曲。
でも、それ以上に――演出が、あざとい。
イントロ。
ルナのグレッチ・ジェットが、ギュインと唸る。
メタリックで独特の音色のギター。
甘くてセクシーなあのギターの音が、この曲にはよく似合う。
小町が弾くピアノは、幻想的な雰囲気をまとっていた。
ふたりとも、一言も発さないのに、空気が完全にふたりのものになる。
小町の低くクールな歌声が、空気を染めていく。
でも、その後ろで、ルナがピタッと小町に寄り添った瞬間――
空気が、また変わった。
ルナが真っ直ぐに歌い出す。
「あなたの名前を 呟いてみせる」
その視線の先が、完全に俺で。
え、ちょっと……いや、そういうのはさ……
……距離感、おかしくないか?
Bメロからサビへ。
気づけば、ふたりのハーモニーが強烈な熱を帯びていた。
そしてラスト。
ふたりが前へ出てくる。
俺との距離は、ゼロ。
顔、寄せすぎ。
え、ちょ、これ……キスする寸前だって!!
同時に歌い切り、ビートが止まった瞬間――
ルナが小町の肩を、軽く抱き寄せた。
……勝負じゃなかったら、今の反則だろ。
ルナが、ちょっと挑発するような目を向けてくる。
どうだと言わんばかりに。
「どう? この熱、感じた?」
その隣で、小町が腕を組んで、ボソッと呟く。
「……負けてないわね、ふたりとも」
俺は軽く肩をすくめる。
「もちろん。玲音、最高だったよ」
玲音は少しだけ照れたように笑う。
「ありがとう。……小町ちゃん、ルナちゃんも、すごかった」
しばらく、沈黙が落ちる。
でもそれは、どこか満ち足りた、静かでやさしい沈黙だった。
やがて、自然と拍手が起きる。
誰に向けてでもない、ただこの瞬間と、ここにいる四人へ。
ふと、外で音がした。
ボン、と軽く弾ける音。
窓の向こうに、打ち上げ花火が咲いた。
玲音が小さく驚いて、俺のほうへ寄ってくる。
その肩が少しだけ触れて、俺は変な声を出しそうになったけど、どうにか耐えた。
「花火だわ」
小町がぼそっと言う。
「お約束の演出ね」
ルナがクスッと笑う。
夜空に広がる光の花を見上げながら、俺たちは顔を見合わせた。
誰からともなく、微笑みがこぼれる。
玲音がぽつりとつぶやく。
「……勝ちは、どっちだと思う?」
ほんの少しだけ考えて、俺は答えた。
「俺は……どっちも“勝ち”だと思うよ」
その瞬間、どこかで何かがひとつ、溶けていった気がした。
「これからも、ずっと一緒に――」
そう口にしたとき、玲音が俺のほうを見上げる。
「……うん。ずっと、いっしょにいたい」
その言葉が、やけに真っ直ぐで。
だから俺は、何も言えなかった。
気づけば、少し前を歩いていた小町とルナが、振り返って頷いていた。
まるで、ふたりも同じ気持ちだって言っているみたいに。
恋と音楽が交差する、夏の夜。
でも、まだ終わりじゃない。
きっとこれから、もっと――




